第6話 わんちゃん


「飲み物」

「…はい。こちらをどうぞ」

「その本、もう読み終わったから」

「…はい。片付けさせて頂きます」


 次の日も、七瀬は変わらず図書室にやってきた。


 流石の俺もすぐに謝罪し、一応冗談だということは説明したのだが、まあ簡単に許してもらえるわけもなく今は埋め合わせ中というわけだ。


 流石に申し訳ないことをしたと反省している。


 最近裏で取引されているという写真を大介から貰ったのだが、アングルが完全に盗撮写真だったのでこれは流石にやばいだろと思い、いつかは教えようと思っていたのだが…タイミングが悪かったな。


 それに言葉も悪かった。七瀬は女の子だし、そういう目にも晒されてきたこともあるだろう。男同士のノリとは訳が違う。


 いや、本当に申し訳ないことをしたと思う。


 なので、今日は自主的に彼女の犬である。


 ちなみにあの写真は彼女の目の前でしっかりと削除した。なんであんな写真が出回っていたのかも聞かれたので全部話した。裏取引している生徒たちがどうなるかは俺のあずかり知らぬところである。


 全部正直に話したので俺だけは許してほしい。


「…お手」

「……」


 そうやって彼女の命令に従っていると、彼女は俺にそう命令する。


 お手って、あれだよな?犬に覚えさす芸ランキング第二位のあれだよな。当然わかってるとも…


「………お手?」


 彩人が言った言葉を理解できず復唱すると、七瀬は怒ったように手を彩人に向けて強めに出し、もう一度言う。


「お、手!」

「………はい」


 とりあえず足を組んで偉そうに座る彼女の前に立ち、彼女の右手に左手を重ねる。


 すると、七瀬は少し満足そうな顔をして続ける。


「おかわり」

「ハイ…」


 七瀬の機嫌を損ねないようにと、次は早めに手を出すが、彼女は何かが違ったのか少し考え、口を開く。


「ハイじゃないでしょう?」


 そう命令する彼女は、小悪魔のような、嗜虐的な表情を浮かべていた。


「…………ワン」


 俺がそう答えると、七瀬はニッコリと笑う。


 ここ最近で、一番いい笑顔である。


「これを着けなさい」


 すると、彼女は鞄から物を取り出し、俺に投げる。


 それは犬耳のカチューシャであった。


 用意周到である!!


 それを拾い上げ、彼女を見つめる。


(え?これ着けなくちゃ駄目ですか?)

(当然でしょう?それを頭に着けなさい)


 視線でそう訴えるが、彼女は無慈悲にも犬耳カチューシャに指を指し、俺につけろとジェスチャーをする。


 震える手で、頭にそれを乗せると、彼女は満足そうに床を指差す。


「仰向けに寝そべりなさい」

「…クーン……」

 

 逆らえず、指示通り仰向けに地面に転がると、彼女は俺のそばにしゃがみ込み、俺の腹に手を伸ばす。


「ちょっ…まっ…冷っ…ひっ…ヒヒヒヒッッ…!!!」


 ひんやりとした真っ白な手で、本当に犬を撫でるかのように俺の腹を撫でる七瀬。


 待って!滅茶苦茶くすぐったい!!ま、マジでやばいこれ!!!?


 体を動かし、彼女の手から逃れようとする。と…


「…逃げるのかしら?私にあんなことしたのに?」


 俺が一番突かれたくない弱点を突かれる。いや、俺が悪い、俺が悪いんだ…


 そうして、抵抗を諦め恥ずかしいのとくすぐったいのを目を閉じ歯を食いしばりながら我慢していると…


 カシャッ


 そんな音が図書室に響く。


「…え?」

「どうかしたかしら?」

「い、いやそれ…」


 目を開くと、そこにはこちらに向けてスマホを向ける七瀬がいた。


 俺の腹を撫でる手を止めず、彼女は俺に向けてスマホを向ける。


「それは一体何を〜…」


 ピロン


 続いて、先程とは違う音が彼女のスマホから鳴る。


「え?いや、いま…」

「ほら、ヨシヨシヨシ〜」

「うっ…わ、わふ…」


 強制的に演技を続けさせられる。


 は、恥ずかしすぎる!?!


 撮影されているというのを意識した瞬間、顔が熱くなるのを感じる。


 それから10分間、俺は彼女から撫で回され続けた。


 俺はその日、二つの学びを得た。


 一つ、彼女を遊び半分で揶揄ってはいけない。


 そしてもう一つ、初めて触れた彼女の手は、とても柔らかかったということだ。


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