十一話 傷ついた顔をしないで

第12話

らんかが焼き芋を完食したころ、眠気に耐えかねた孫雁が眉間を手で押えながら言う。


「もう寝る。らんか、この後の予定は」

「特にありませんけど……」


 なぜこの後の予定を聞くのだろうと小首を傾げつつ、そろそろ帰りますねと立ち上がると、孫雁に呼び止められる。


「待て。誰が帰っていいと言った?」

「えっ?」

「私は寝る。――が、お前もここにいろ」

「は……?」


 孫雁は腰掛けに横になりながら、不躾に命じた。自分がいることになんの意味があるのだろうと思い、疑わしげな眼差しを向けると、孫雁が言う。


「子守唄を、歌ってくれるのだろう?」

「あれは冗談で……」


 きっと彼はあの冗談を真に受けているのではなく、ただ単純にらんかのことをからかって楽しんでいるのだろう。不満に思いつつ、腰掛けの隅にちょこんと座る。


「もしかして、ひとりで寝るのが怖い、とか?」


 からかうつもりで言ったのだが、彼は深刻な様子で沈黙した。


「あの、陛下……?」

「……樹蘭が死んでから、毎夜のように悪夢を見る。どうせ眠れないから、政務に没頭していた」

「そう……だったんですね」


 夢の中に樹蘭が出てきて、全部お前のせいだ、と責め立てられるという。彼はこのままだと、本当に身体を壊してしまうのではないか。


 らんかにも、そのような時期があった。部屋で一人寝台にに入ると、漠然とした不安感や恐怖が押し寄せてきて、寝付けなかったり、眠れたとしても浅い眠りを繰り返していた時期が。


 彼は横たわり、らんかの腕を掴んだまま言った。


「お前が傍にいれば、眠れそうな気がする」

「分かりました。部屋から書物を持ってくるので、そのまま眠っていてください。お隣にいますから」

「ああ」


 彼の心細さを察し、なんとなく放っておけなかったので、らんかは要求を承諾し執務室を出た。

 らんかが本と大判の毛布を持って執務室に戻ると、すでに孫雁は眠りに落ちていた。よほど疲れていたのだろう。安らかな寝息を立てている。


(ふ。寝ていたら、子どもみたいな寝顔)


 小さく口を開けた無防備な彼の寝顔を見下ろし、彼の身体に持ってきた毛布を掛けた。

 それから、腰掛けに腰を下ろし、読書をして時間を潰した。しかし、しばらくして隣から小さく呻き声が聞こえ始めた。


「…………うっ」


 それは孫雁の声だった。うなされているようだ。

 彼の喉からくぐもった声が漏れ聞こえてくる。心配して書物を机に置き彼を観察すると、額に脂汗が滲み、整った顔を歪ませていた。


 孫雁があまりにも苦しそうに顔をしかめているので、思わず彼の手をぎゅっと握って声をかけた。


「陛下、大丈夫ですか? 起きてください。陛下、」


 何度か声をかけるが、孫雁は目を覚まさない。刹那、瞳から涙が一筋零れる。


「樹蘭、すまない……」


 薄い唇から漏れ出た言葉に、はっとするらんか。毎日のように、樹蘭は彼の夢の中に現れて、彼のことを苦しめているのだ。


(どうして、この人のことを苦しめるの? 樹蘭様)

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