第31話 エピローグ 上

幼馴染は変態だった。性根と性癖がねじ曲がった、気持ちの悪いオタク。

 奴の本棚に、男と男がハードに絡み合う本が増えるたびに、友人を辞めようと思った。「当事者でもない外野が、ゲイの恋愛をエンタメとして消費するのってどうなの」と聞いた日には、取っ組み合いの大喧嘩になった。ボコボコにした。そんな、順調とは言い辛い関係性ではあったが、何だかんだ俺は今でも、幼馴染の幼馴染として、やつとの交流を保ったままでいる。

 そして、そんなド変態幼馴染には当然、俺以外の友人らしい友人はいない…………というわけでもなかった。

 大抵の人間は、その混沌とした中身を知らないからだ。あいつは基本無口で大人しい。眠そうな、どこを見ているのかよくわからない目でのそのそ動く。常に無気力で、あらゆる事柄に能動的に動かない。テンプレ的な、男子学生への擬態が異様に上手かった。

 ただ思い返せば、化けの皮が剥がれる……とはまた違うが。

 5年に1度くらいの頻度で、奴は妙な行動力を発揮するタイミングがあった気がする。

 熊と恐れられたガキ大将をビンタで張り倒したり、5徹でゲームをしてはぶっ倒れたり、オタク祭りに参加するために120㎞ママチャリを漕ぐと言い出したり。最後のに至ってはもはや、トライアスロンでもすんの?というような無茶だが、兎にも角にも。

 なぜか常に隣にいたものだから、俺はそのたびにあいつの発作的な破天荒に巻き込まれては煮え湯を飲まされてきた。

 だから、油断していた。

 あいつが無茶をするとき、俺はいつも自分が隣にいるものだと。そんな根拠のない慢心を、どこかで抱えていた。

 推しが死んだだか何だかで、いつもよりペースが早いとは思っていた。千鳥足で反対方向へと歩いていく背中に、声をかけて。「大丈夫」なんて返事を鵜呑みにした自分は、世界一の阿呆だったと断言できる。当時の自分が眼前にいたとして、俺はそいつを100回は絞め殺していただろう。

 引き留めるべきだった。引き摺ってでも、問い詰めるべきだった。何が、「大丈夫」なのか。終電を逃したからと言って、山を歩いて超えようとすることの何が。

 結果あいつは遭難して死にかけた。世界一の阿呆が俺ならば、世界一の馬鹿はあいつだった。



「やや」

 そんな声に、足を止めて振り返る。あわただしく闊歩する医療従事者や病衣に身を包んだ患者が、立ち止まった俺を一瞥しては追い越していく。

「これはこれは、ご友人。また会いましたな」

「ああ、ゴリさん。久しぶり」

 体格の良い男は、身目に似合わぬ高い声で「先週ぶりですかな」と早口で言う。相槌を打ちながら並び歩く俺たちを、いくつかの好奇の視線が透かす。

 『ゴリさん』は、幼馴染の友人らしい。

 俺みたいな、長く一緒にいるというだけではない。ちゃんと、趣味と話の合う友達だった。いわゆるオタクである。それでも幼馴染と話しているときに度々感じる、異星人と対面しているような感覚を覚えることはなかった。

 現に、初日に見舞いに行った時に会って以来だが、コミュニケーションは滑らかだ。根明なのだろう。それでいて、人のことを言えた身分ではないが、学生時代の友人相手にこうも頻繁に見舞いに来るところから見るに、かなり情に厚いのだろうと思った。

「それよりご友人、見ましたかな」

 他愛のない話の中で、不意に声のトーンが落ちる。意識をゴリさんに向けると、中指で眼鏡をクイクイ押し上げる。

「『コンビニパフェの貴公子』」

「妖怪?」

「拙者、貴公子って言ったよね?」

 大仰に仰け反る。そういう所作は幼馴染に似ている。「妖怪すか」と聞くと、残像が見える速度で首を振る。愉快な人である。

「毎回そっとパフェだけ差し入れていくイケメン」

「やっぱ妖怪じゃん」

「出現率100%。2回しか来てないけど。共通の知人でござるか?」

「さぁ…………」

「拙者てっきり、ご友人のコミュニティかと」

 頭頂から爪先まで。舐め回すような態とらしい視線に、口元が引き攣る。

 確かに俺が所属するコミュニティには、『イケメン』という評価が合うような──垢抜けた男が多いように思う。けれども、ゴリさんが言う『イケメン』が、俺の知り合いであることは億が一にも無いだろう。

 俺と幼馴染は基本違うコミュニティで生きていたし、何より、両者の邂逅を積極的に妨害してきたのは俺自身だ。幼馴染から友人を守っていたのか、はたまた反対か。ただ、何となしに両者に面識ができることが嫌だった。

 考え込みながら、「どんな人?」と言えば、ゴリさんは葉巻みたいな指で顎先を擦った。

「こう、シュッとした…色白で…イケメンと言うよりかは、男前でもなくて……ううむ、美…王子様系の美青年ってかんじの……」

「あんなかんじ?」

「そうそう……じゃない、本人!」

 幼馴染の病室の前に、細長いシルエットが佇んでいる。オーラというのだろうか。遠目から見ても、俺たちと違う世界の住民であることが分かる。芸能人だろうか、と目を凝らしてみるが、どうやら違うらしく。

 俺の背後に隠れてしまったゴリさんは、頼りにならない。溜息を吐いて、立ち尽くす男に声をかける。

「こんにちは。浅葱のお見舞いですか?」

 薄い肩が跳ねる。

 やや於いてこちらを振り返ったのは、やはり、中々お目にかかることのできないレベルの美人だった。

 くすみひとつない白い肌に、鼻梁の通った繊細な顔立ち。そして二重幅の広い双眸は、ことさら目を惹く琥珀色をしていて。

 そんな、黙っていれば一種の冷たさを感じさせるような相貌を、今は狼狽一色に染めている。「あ、えっと……」なんて情けない声で呻いては、目をぐるぐると泳がせる。

 あまりにも挙動不審だった。どう見ても不審者だ。

 パフェは所持していない。病室を覗くと、すやすや眠る幼馴染の枕元に、ちょこんと供えてあった。そういう妖精みたいだと思った。

 病室へと目を向けた俺たちをよそに、青年は妙な挙動のまま後退りしては、「おじゃ、おじゃましました!」と、走り去っていく。

 その背を見送って、ゴリさんと顔を見合わせて。

 同時に首を傾げたタイミングで、ドァ~~みたいなあくびの声が病室から聞こえてきた。


「大将やってるぅ?」

「ここで酒盛り始めようとすんのやめろ……4人部屋だぞ」

「だれも居ないじゃーん。しかも、ウィスキー。甘い物にも合う」

 袋を掲げながら言えば、幼馴染は怪訝な表情のまま俺の視線を追う。枕元に置かれたパフェを認めると同時に、眉間に皴を寄せて。ただでさえ陰気な顔が、さらに陰鬱な形に歪んだ。

「お前、あんなお友達いたなら紹介しろよな」

「左様!左様!!」

 俺の背後から飛び出てきたゴリさんは、鼻息荒く幼馴染に詰め寄る。「ゴリ!」という喜色の滲んだ声に、俺はちょっと悲しくなったぞ。反応がえらい違う。

「水臭いですぞ!あんな…逸材!何がとは言わんでござるが!」

「へぇ。お前、あんなかんじが好みなんだ?」

「ぶっっっちゃけ理想…………」

 神妙な声音で顔を覆う所作に、やっぱこいつ気色悪ぃなと思った。挙句患部に響いたのか、「痛゛ッ……!」とか言いながら涙目になる。気色悪いだけでなく頭も悪いらしい。もう死ぬしか無いんじゃなかろうか。

「初見のとき公式のキャラデザかと思ったもん…………理想の顔面すぎる……あんま生身の人間をこういう目で見るのは良かねんだろうけどさ………」

「わかるでござる、あれは紛れもなく理想の…………」

「受け…………」

「美形攻め…………」

 ガ!と胸倉を掴みあう両者。幼馴染だけかと思っていたが、オタクにはどうやら、意見の衝突につき胸倉を掴みあう独自文化があるらしい。正直見ていて愉快なので、一足先にウイスキーを開けて鑑賞する。

 成人男性の乱闘をつまみに飲む酒って、こんなに美味かったんだ。

 時々野次をいれたり煽りながら観戦して、酒瓶とパフェの容器が空になる頃にナースコールを押した。青筋を浮かべた看護婦に仲裁されていた。

「で、実際のところは?ただの友達?」

「…………」

「……の、ツラじゃないねそれは。ワケありか」

 ひっかき傷とタンコブをこさえた幼馴染が、ふいと顔を逸らす。ちなみに負傷の7割が看護婦によるものだった。

「いつから?」

「…………」

「じゃあ、どこで会ったの」

「…………」

「もう一度聞くけど、友達?」

 実害……というか、成したことがパフェの配達だけなところを見ると、彼に悪意はなさそうだ。しかし、幼馴染の性質を鑑みるに全くのノーマークというわけにもいかない。やつは昔から、変なのを引っかけてこちらへやってくることが稀にあった。

「友達…………だと思いたい……。というか、俺はそう思ってる」

「向こうは違う?」

「ああ……それだけのことを、したから」

「…………」

「…………嫌われても、仕方のないことを」

 字面こそ御大層なものだが、その声音には怯えが滲んでいる。

 ────幼馴染が行方を眩ませる前。

 最後に幼馴染と会話をしたのは、恐らく俺で間違いはないだろう。だが、ハイペースで酒を煽る彼は、終始マンガのキャラクターが死んだ話しかしなかった。リアルの友人と仲たがいした話なんて、話題に登りもしなかった。

 考え込む俺を他所に、ゴリさんは歪んだ眼鏡をかけたまま「腰抜けめ」と言った。友情に亀裂が入っている。

「拙者やご友人に話しても仕方がないことでござろう」

「ぐうの音も出ない……」

「フン」

 鼻を鳴らし、ゴリさんは踵を返した。引き締まったケツを、プリプリ揺らしながら。病室から出る直前に、「感想、3日後にまた聞きに来るでござるからな」と捨て台詞を残して帰って行った。

「…………シコリンティウス先生の、グチャドロヌトヌル猟奇bl(新刊)……」

 ゴリさんの置いていった紙袋を覗き込みながら、「感想って。……趣味じゃないだろうに」と苦笑いする。

「読めなくなっちゃったな」

 哀愁の滲んだ横顔に、額から嫌な汗が吹き出てくるようだった。

「…………モヤシ?」

「あ、」

 幼馴染の声に、我に返って。焦燥のまま伸ばした手を見ては、幼馴染の強張った相貌へと視線を移す。行き場の失った手を引っ込めて、後頭部を掻いた。


****

 

あの後どうやら、幼馴染は無事にコンビニパフェの妖精と和解できたらしい。何よりではあるが、あれ以来、俺の胸中にはしこりのようなものが燻り続けていた。

 あの時の──幼馴染が見せた、初めての表情。

 それを見たとき咄嗟に、誰だ、と思った。焦燥の根本にあったのは、喪失感。

 まるで、幼馴染が全く違う人間になり替わってしまったような。そんな感じ。

 成長と共に人は変化するものであって、それは幼馴染とて例外ではない。けれども今回の変化は、何というか、こう。──まるで、魂の形から変質してしまったような。

 そんな、取り返しのつかない変化に思えてならなかった。

「あの4日間で、何があったのか」。その一言を口にすることを、今も躊躇ったままでいた。


 腕時計を一瞥しては、薄暗い院内を早足に歩く。平生残業はしない主義だが、社会人は度々、自分の主義主張を曲げてでも組織に寄与することを求められる。それも大抵、「よりにもよって」というタイミングで。

 一応、手術は無事に終わったとゴリさんから連絡は貰ったけれど、危うく俺は幼馴染の山場に駆けつけない薄情者になるところだったのだ。

 面会終了時間ギリギリに滑り込んだ俺に、受付は良い顔をしなかったが、今日くらいは許してほしい。

 見慣れた通路を辿っては、幼馴染の病室へと辿り着く。

 手術終わりともあって、眠っているのだろうか。扉の向こうからは物音ひとつしない。

 扉に手を掛けては、音を立てないように引いて。

「……っ、」

 爛々と輝く黄金が、暗闇に二つ浮かび上がっていた。

 跳ねる心臓のまま、目を凝らす。

「…………何してる?」

 低く、強張った声音が聞こえたと思えば、それは俺の声だった。

 目を凝らした先。

 暗闇に溶けるようにして蠢くそれは、男だった。

 男が、眠る幼馴染の相貌を、ベッド脇に手を付いたまま覆いかぶさるように覗き込んでいる。

 真っ直ぐに幼馴染へと向けられていた焦点が、やおらこちらへと向けられる。

 まるで、俺がここに居ることを最初から知っていたような。そんな反応だった。

「そいつに、何してる?」

 もう一度尋ねれば、影が完全にこちらへと向き直る。猛禽を彷彿とさせる、爛々とした金眼と睨み合って。

「……ああ、『マブ』」

「なに、何だって?」

「け、圭一のお友達、ですよね?」

 最初の呟きこそ鮮明に聞き取れなかったが、その気弱な声音には、聞き覚えがあった。

「あ?!ようせ……狩野さん?」

「陽性……?そ、そうです、狩野です」

 暗闇に慣れた目は、美しい男の、間抜けな困り顔を捉える。

 そして、銃を向けられた立て籠もり犯よろしくホールドアップされた手には、小さな糸くずが摘ままれているのが見て取れた。

 そして今も、差し込む月光を反射して、瞳だけが妙に冴え冴えと輝いている。人の外見の事をとやかく言うのはよろしく無いのだろうが、紛らわしいことこの上ない。見知った顔に毒気を抜かれつつも、俺はどこか、肩の力を抜くことが出来ずにいた。

「何してんすか、電気も付けずに。俺はてっきり、」

────てっきり、こいつを絞め殺そうとしているのかと。

 そんな言葉を飲み込んで、鞄を持ちなおす。俺の沈黙をどう解釈したのか、男は人差し指をこね合わせながら「いや……その…………」などと弁解の姿勢に入っていた。

「仕事で日中会えなかったけど、居てもたっても居られなくて……でもその、起こしちゃ悪いし……」

「じゃあ、俺と同じだ」

「あ、お疲れ様です……」

「狩野さんも」

 言いながら、部屋の照明を点ける。「ぎゃん!」と目を覆う男をよそに、つかつか幼馴染のベッドへと歩み寄る。マユ゛……!と眉間に皺が寄るが、起きる気配も無い。

 思ったよりも元気そうで拍子抜けだ。腹いせに鼻の頭を摘まんでやると、眉間の皴が更に深くなる。ハヒハヒ口呼吸をし始める様が面白くて、口端を吊り上げて。

「…………っ、」

 全身を貫いた寒気に、咄嗟に手をおろす。

 うなじをピリピリ刺されるような。学生時代、竹刀を構えながら相手と対面した時の────既視感のあるこの感覚を、何倍も濃縮したような。

 息の詰まるような殺気に、嫌な汗が噴き出てくる。

 手を下ろし、恐る恐る正面へと視線を移す。ベッドを挟んで正面。窓の前に佇む男は、落ちてきそうな満月を背負ったまま、首を傾げる。

 その表情には邪気というものが全くないが、それでも俺は、今度こそこの男を訝しまずには居られたかった。

「狩野さんは」と切り出した口内は、妙に乾いていた。

「浅葱と、どんな関係なんですか」

 俺の言葉に、アンバーがきょときょとと無邪気に瞬く。

「……友達、ですよ?」

 柔らかな笑顔のまま、「友達」と復唱した俺の言葉に「はい」と答える。

「今はね」

「…………?」

「あなたは確か、幼馴染で、『マブ』でしたよね。……ええと、」

「萌黄。……浅葱がそのように?」

「そう、モエギさん。とっても大事な友達だって、話してましたよ」

 うっすらと弧を描く双眸。妙にゆったりと紡がれる言葉に、わけもなく口元が引き攣る。

「…………いつ?」

 そして、気付けばそんな言葉が漏れていた。自分でも、なぜ自分がそんな質問をしたのかは分からない。

 ただ、終始緩やかだった男の雰囲気が、一瞬だけ張りつめたように見えた。

「お見舞いのときに」

「そう、だよな。すんません、変なこと聞きました。というか、狩野さんって浅葱といつどこで……」

「そういえばおれ、ちゃんと名乗りましたっけ?」

「え?」

「あ」

 衝突した言葉に、互いに仰け反る。俄かに緩んだ空気間のまま、どうぞどうぞと譲り合って。

 結局男が折れる形で、後頭部を掻く。

「圭一は、恩人なんです。色々と助けてくれて」

「…………」

「…………本当に、助けてくれて。圭一だけが」

「具体的には」

 俺の言葉に、男は形の良い笑みを浮かべる。

「ゲームで。圭一が色々教えてくれたから、……うん、少しは、楽しいと思えました」

 教本でも読み上げるような、滑らかな答えだった。

 奴は気持ちの悪いオタクであると同時に、ハードゲーマーでもあった。だからその主張に、特に不自然なところは無いように思えるが。どこか釈然としない心地のまま顎を引けば、男は不思議そうな表情のまま首を傾げる。

「けれど、なぜ?」

「いや…………」

 今度は俺が目を泳がせる番だった。

 この男は、どこか得体が知れない。

 ここまで話して、直感的にそう思った。男には、まだこちらに見せていない側面がある。かなりの食わせ者だろう。

 ここで、不信感を露わにするのは、得策では無いと思った。

「何というか、タイプが違ったので…………」

「タイプ……?」

「狩野さん、多分よく言われますよね。美人だって」

「ええと…………」

「半面こいつは、不細工……というわけでは無いですけど。平凡な顔をしているでしょう」

「かわい……愛嬌のある顔だとは思いますが…………。そっか、『平凡』。『平凡』かぁ」

 男に、世辞を言っているような気配はない。しみじみと噛み締めるようなリアクションに首を傾げつつ、「あとは」と言葉を継ぐ。

「奴、とんでもないオタクなんで。あいつの話の内容、理解できます?一緒にいて楽しいですか?」

「おれは話してて楽しいですけど…………。ああ、確かに、圭一はわからないかもですね。おれが、一方的に追いかけてるようなものだから…………」

「…………だから、不思議で。話聞くかんじ、あんま趣味合わなそうだから」

「話」

 妙な所に食いつく男に、頬を掻く。「ええ」と言った声音には、気不味さがにじんでいた。

「ええ、浅葱から、あなたの話は常々。だからその、あんまり初めてあった気がしないっていうか………」

「…………」

「…………狩野さん?」

 男がすっかり黙り込んでしまったことに気付いて、呼びかける。俯いたままなので表情こそ伺えないが。よくよく目をこらすと、真っ白な耳が今は赤く染まっていた。「はァ?」と漏れかけた声を呑み込んで、「大丈夫すか」と声を掛ける。

「け、圭一が………」

「?」

「おれの話を……そ、そっかぁ…………えへえへ……」

 えへえへって。

 この男、本当にその顔に生まれてきて良かったなと思う。いや、その顔でも若干キツい部分はあるが。

 静かに距離を取る俺には気付かずに、ラッコのように両手で頬を包み込んだまま、クネクネ妙な動きで喜んでいる。それこそ、幸せで堪らないとでも言うように。

 不気味というか、底の知れない男だと思った。けれども、確かな事が2つあった。

 幼馴染を大好きであること。あとは、俺がこの男をやはり好きになれないということ。

 眉間を揉み解しては、わけもなく幼馴染の寝顔に助けを求めた。

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