第16話 『強欲』の愛犬 下

 沈んではいたが、心中は凪いでいた。

 奥に進むほどに濃く香り立つ血の香りに、鼻を啜る。

 トンネルを抜けた先。グリードは半身でこちらを振り返っては、「遅かったね」と言った。

 頷きつつ、穴から這い出た足で、ヨタヨタグリードの元へと向かう。

 石碑へと注がれた視線を追うも、相変わらず何の情報も拾えない。

 早々に諦めては、相貌を擡げて。

「──ぁえ、」

 世界が、赤く染まった。

「『覚悟のある者だけ』」

「…………」

「今更こんなことを聞かれてもねぇ」

「…………」

「…………圭一くん?」

 頭が、痛かった。

 赤一色の視界が、直ぐに青に戻ってはまた赤く染まる。

 絶え間なく鳴る鐘の音に、等間隔に明滅する信号機。

 赤、青、赤、青、赤、青。

 甲高く鳴く車輪の音が、脳内に重く響く。

 列車を、見送った。

 それで、線路沿いを走って。終電を追いかけていた?それとも、何かから逃げていた?

 わからない、でも、ああ。

 そう。そうだ。

 結局俺は、列車には乗れなかった。

 耳の奥。脳髄の底。

 耳を塞いでも、信号機の音が奥底から響いてくる。

 焦点が定まらない。瞳孔が収縮したまま戻らない。

 呼吸の仕方も、目の閉じ方も分からなくなったけれど、一つ、思い出したことがある。

 走って、走って、走った先。

 終点は、深い崖の下だった。

 指一本動かなくて、どこから出血しているのかも分からない、血だまりが広がった。

 刺すような激痛と、血液と一緒に体温が流れ出していくのを感じながら。

「──死、んだ、」

「は、」

「あ、あぁ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

 全身に叩き付けられた激痛に、ただただ頭を搔きむしる。

 それでも、どこもかしこも焼けるみたいに痛くて、身体を追っては地に額を擦りつける。

 口から垂れた唾液が、冷えた地面を濡らす。赤が混じったかと思えば、床を引っかいた指の爪が剥げていた。

「ああ、おれ、あ、死んで、電車が、違、バラバラで、死ん────」

「圭一くん!」

 ひゅ、と。

 喉から変な音がした。軋むような力で手を抑えられて、より鮮明な痛みに、意識が引き戻されるようだった。

 小刻みに震える手から、力を抜く。

 すると、手首を抑えていた手が、そのまま両頬を包み込んで。

「私を見て」

「……あ、」

「そう、落ち着いて。息を深く吸って」

 丁寧に織り込まれた絹みたいな声に、徐々に思考が冷めていく。

 頬を包み込む体温に、呼吸の仕方を思い出すみたいだった。

 不規則な呼吸の音と、遠くで水滴が地面を叩く音だけが聞こえる。

 そんな沈黙の末に、唇は独りでに「おれ」なんて声を漏らしていた。

「……狩野と一緒に帰れるって。そう、勝手に思ってて、」

 ──『ゲームをクリアすることで、あなたは元の世界へ帰ることができます』

 あの一瞬。カフェテラスで差し出された手帳には、確かにそんな文言が刻まれていた。

「でも、ああ。そうですよね。そんな、上手い話あるわけない」

 帰る場所なんて、なかった。

 あちら側の俺は、とっくの昔に死んでいた。

 元の世界に戻ったとして、それで?

 待っているのは、ボロボロの肉袋だけだ。誰にも見つけられないまま、激痛のなか死んでいく結末しかない。

 覚悟なんて、とっくの昔にできていると思っていた。

 けど、違った。知らなかっただけ。何も、見えてなかっただけだ。

 脚が地面に張り付いたみたいに動かない。視界に入った手のひらが、小刻みに震えていた。

「あ、そうだ」

 不意に、視界に白い指が入り込んでくる。

 かと思えば、それは指切りをするように俺の小指に絡み付いて。

「あ……へ……なに…?」

「言ってなかったことが一つ」

「ぅえ……って!痛!?」

 柔らかな声音に反して、小指の第二関節に鋭い痛みが走る。

 そして、指が解けた後には、指輪のような赤い痣が残っていた。

 頭が真っ白になる。

 脳内にフラッシュバックするのは、右手首を奪われた男に巻き付いた、赤い痣で。

「…………は?」

「『君は私の許可なく、この部屋から一歩たりとも出ることができない』」

「なに、え、じょ、だん……ですよね?」

 答えは無い。

 代わりに薄ら寒い笑みを張り付けたまま、天井にぶら下がっていた小動物を一所作で引き寄せる。

「…………何を……」

「見ててね」

 言いながら、グリードは自らの右手へ視線を移す。その右手では、尻尾を掴まれたコウモリみたいな生物が、振り子みたいにユラユラ揺れていた。

「『この先お前は、この部屋に踏み入ってはならない』。────さあ、抵抗するならキイキイ鳴け」

 尻尾を揺らせば、コウモリがキイと甲高い悲鳴を上げる。

「良い子だ」

 パン、と。

 軽い破裂音と共に、鮮やかな血潮が飛び散った。

 血に汚れる俺とは対象的に、グリードは真っ新なまま微笑んでいる。彼の鼻先で静止した血が、命を失ったようにぼたぼたと床を揺らして。

「見ての通り。ある程度魔力量を上回っていれば、履行魔法の行使に合意は必要ないんだ」

 くすくす笑う男に対して、部屋の中の温度はどんどん下がっていく。

 頬に張り付く、生ぬるくて粘ついた感触に、吐き気がした。

「制約があると勘違いしてくれる方が、何かと都合がいいのだよね。私の場合」

 俺の混乱を見透かしたように、グリードが和やかな口調のまま言う。

「知らなかった?」なんて。そんな茶目っぽい態度に、眼前に火花が散るようだった。

「…………痛いな」

 気付けば、その胸倉に掴みかかっていた。

 笑みの削げ落ちた、醒めた表情でこちらを見遣る男。昏い海底みたいな色をした碧眼に、うなじがピリピリ痛む。

「お、れに、履行魔法を使ったんですか」

「…………やはり、君は全知全能というわけではない。ある程度知識に偏りがあるみたいだね」

「…………っ、」

「固有魔法は、罪源者の手を渡るごとに少しずつ形を変える。後学のために、覚えておくといい」

「質問に、答えてください。俺は、……俺は、あのコウモリと一緒ですか」

「あはは。ああなりたくなかったら、おとなしくここで待っていてね」

 自分の中で、何かが粉々に砕けるような音を聞いた。

 無残に打ち捨てられた『信頼』なんて物を、呆然とただ眺めて。

「どうして」なんて。失意の滲んだ、か細い声に、グリードは俺の手をやんわりと跳ねのけた。

「最後の最後に裏切られたら、わけないからね」

「……裏切り?」

「きみ、今迷っているだろう。それも、当初の目的を違えるほどの、致命的な迷いだ」

「…………」

「不安要素は、できるだけ取り除いておきたいんだ。…………わかるね?」

 何も、答えられなかった。グリードの指摘は、的を射ていた。

 代替器を集めて、和解エンドを迎える。

 そんな当初の目的を果たすことを、俺は確かに恐れていた。

 俺の反応に、何らかの確信を得たのだろう。

 襟を正しながら、グリードは左目を細める。「とはいえ」なんて処世の滲んだ声に、無性に情けなくなった。

「何も難しいことを言っているわけじゃない。約束を守る限り、君は大切なビジネスパートナーだ」

 綺麗な笑みを張り付けたまま、通路を一瞥しては「不満そうだね」と小首を傾げる。

「まあ、そうだな。どうしてもこの部屋から出るというのならば──」

 整った指先が、スローモーションみたいに眼前に迫る。

「私の犬になろうね」

「は、」

「それはそれで素敵。困ったな」

 藍色の夜空に、金色の星がきらきら瞬いている。

 濡れた瞳がうっとりとたわむ様は、いやに蠱惑的で。熱い指先が、つ、と唇を滑る感触に、か細い悲鳴が漏れた。



 ***



 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 列車の揺れに、目を覚ます。以前と同様に、車窓は締め切られている。

 腐った花の香りが充満する車内は、相も変わらずがらんどうだった。

 奇妙な感覚だった。

 何度経験しても慣れない。夢の中で夢を見ている。そんなかんじ。

 けど、全てを知ったいまの所感は違う。どちらかといえば、こちらの方が現実に近いのではないか、だなんて。

 結局俺は、現実では列車に乗れなかったはずだけど。

「家族?」

 不意に響いた声に、一気に意識が引き戻される。

「狩野…………?」

 弾かれるみたいに、上体を起こす。硬い背もたれに頭をぶつけた。

「父親と、母親と。…………2つ下の妹が一人」

「ああ……前に言ってたな」

 俺は話していないが、それは確かに俺の声だった。ややおいて、気付く。

 これは、記憶だ。過去の会話の焼き増し。

 初めてカフェテラスで話した──ほんの一握りの、ささやかな思い出だった。

「おまえ、いいお兄ちゃんだったろ」

「ええ。どうしたの、急に」

「別に、深い意味とかはないけど?……ケーキのイチゴとかも、頼んだらくれそう!」

 ショートケーキを見ながら言えば、狩野は、俺から遠ざけるように皿を両手で持ち上げる。

 態とらしくツンと尖った唇が、無性におかしくて笑った。そしたら狩野もまた、噴き出すように笑って。

 胸が、もうずっと痛かった。温かな思い出を見せられる度に、もう戻れないのだと、嫌でも思い知らされる。

「でも、そうだなぁ」なんて。

 久しく見ることのなかった友人の穏やかな微笑みに、また胸が軋む。

「頼まれたら、大抵なんでも譲ってたかも」

「ほらみろ」

「ふふ。好きな人が喜んでくれたら、おれも嬉しいもの」

 はにかむように笑って、俺の皿にイチゴを置く。

 象徴を失ったケーキにフォークを刺すその表情は、幸せでたまらないとでも言いたげで。

 お貴族学校といえど、ありふれた最安値のケーキだ。

 今ならば分かる。美味しすぎて、あの幸福顔というわけでもなかったのだろう。

「…………そっか」

 口から転がりでたのは、そんな言葉だった。

 湿った頬を、袖口で拭う。

 車窓に映し出された虚像に、目を細めて。

 枯れた花を踏みにじりながら、腰を上げた。


 ***


 白い祭壇が、鎮座していた。

 巨大なそれは、汚れどころか余計な装飾一つ無い。執拗なまでに個性を削ぎ落としたような風態で、ただ静かに存在している。

 信仰と、廉潔を絵に描いたような造りだった。徹底的に管理され、洗練された人工的な美。

 だからこそ、この自然の産物である空間では一際異彩を放っていて。

 他の部屋とは異なり、やけに明瞭に刻まれた文言。

 祭壇に刻まれた文字を、青年の無機質な視線が追う。

 ──『赦しを知る者だけ』

 長い睫毛が、ゆったりと瞬いて。

「…………やられたね」

 薄い唇が、歪に弧を描く。

 3つの試練を潜り抜けた先の、4つ目の試練。

 際限の無い欲望と暴力の中枢。実に数百年もの間、裏社会という伏魔殿を牛耳ってきた男。

 そのムール鳥のような男は、何処までも性悪で、凶暴で。

 何よりも、狡猾だった。

 数分にも渡る沈黙の後。青年の造り物じみた相貌に、色がつく。

 それは、自嘲だった。

 伏せられた瞼が、小さく痙攣する。

 諦観の滲んだ笑みを佩いて、祭壇へと手を伸ばして。

「……ただでは、済まないんでしょう」

 背後から降った声に、散瞳する。

 重ねられた手を辿るように、視線を上げる。

「…………どうして」

 眠たげな。しかし、どこか強い光を湛えた目をした青年が、ゆっくりと首を振った。



 ***



 肩で息をする。

 男を引き留めた手の甲は、汗でじっとりと湿っていた。

 平生なら羞恥ですぐに仰け反っていただろうが、生憎俺の脳内を占めるのは、「間に合った」の一言だった。

「…………どうして」

 呆然と呟くその表情は、どこか青ざめている。

 初めてこの男が見せた、純粋な感情だと思った。

「それは俺の台詞ですよ。分かってるんでしょう。手出したら、ただじゃ済まないって」

「……何の、話かな」

「とぼけないでください。あんた、ずっと怒ってるでしょうが」

 男の──グリードの双眸が、また見開かれる。

 底の見えない碧眼が、俺の首元を見て、また手元を見て。

「知ったような口を利くね」

 次に発露したのも、剝き出しの感情だった。

「だが、当たりだ。私のことをよくわかっている」

 剝き出しの、憎悪だった。

 態とらしいまでの軽薄さは、すでに見る影もない。真っ新になった相貌からは、こちらが肩を抱くほどの怒りが、ひたひたと滲み出ていた。

「ああ、そう。確かに、私は怒ってる」

「…………王家に?」

「世界の全てに」

 空気が、質量を持ったようだと思った。

 細い腰を折って、両手で顔を覆う。指の隙間から覗いた瞳の色に、咄嗟に浮かんだのは、「見つかった」という一言だった。

「赦さない。王家も、孤児院も、この森も」

「…………っ、」

「彼の死の上に成り立つ幸福全てを、私は許さない」

 淡々と吐き出される呪詛は、重く、冷たい。

 やけに酸素の薄い部屋の中で、気付けば息を殺していた。

 口を開けば、殺される。誰に言われたわけでもなく、本能的に理解させられる。

 確かに、殺気と呼ばれるそれだった。

「……矛盾、しています」

 そして、それを理解したうえで、俺は知らなければならない。

 この男の目的と、腹の内。

 世界の全てを憎む男が、なぜ世界を救い得る選択に甘んじているのか。

 俺は腹を決めた。何が何でも、狩野を現実へ──家族の元へ帰すという覚悟だ。

『憤怒』ではない。愛する人の幸せを喜ぶことができる、『狩野幸人』を。

 だから俺は、彼奴に世界を壊させるわけにはいかない。

 眼前の男がその不安要素となるならば、見逃すわけにはいかない。

 顎を引いて、昏い碧眼を睥睨する。

 そして、風が吹く早朝の湖面のような。そんな僅かな揺らぎに、眉根が寄る。

「…………彼が、必死に頼むから」

「は、」

「『この世界を壊したくない』『自分がこのまま死んだら、放たれた罪源が、また厄災になってしまう』」

「…………」

「あまりに、そう。あまりに無様に泣くものだから」

 ぽつり、ぽつり。

 内面を吐露する声音は、どこか拙い物だった。

 頑是ない子供が、初めて見る生物を見つけたときのような。

「…………ああ、酷い。全くもって、あいつはひどい男だ」

「私は、孤児院も森もどうでもよかった。彼が生きてさえいれば、それだけで良かった。なのにあれは、ちらとも私の懇願に耳を傾けなかった。全てを──私以外の全てを救う事を選んだんだ。目の前に居るのは私なのに」

「挙句私に──目の前の親友に、自分を殺せとまでのたまって──」

 言葉が途切れる。

 きろ、と。

 ガラス玉みたいな目が、ここにきて初めて俺に焦点を結ぶ。

「…………おかしなかお」

 すうと開いた双眸は、どこか気だるげで。やはり酷薄な笑みを浮かべたまま、「ああ、そう」と藍髪を耳に掛けた。

「知らないんだ、それも」

「…………」

「罪源の継承はね。罪源者を殺害することで果たされるんだよ」

 …………俺が知っているのは、自分の作った設定だけだ。

 代替器の存在と正体は知っていても、学園に渡って来るまでの在処は知らない。グリードの背景を知っていても、彼の学園外の人間関係を知らない。

『罪源の継承』。その方法も、そういった設定上のブラックボックスの一つだった。

 罪源の継承者とは、罪源そのものではなく、罪源者から選ばれることで生まれる。

 その設定自体を作れども、本編に関係の薄い────具体的な罪源の継承方法について、俺は知ることができない。

「罪源者を殺し得るのは、罪源者だけ。凡夫がそれを成し得るならば、それは、罪源者本人の合意の上でしかありえない」

「それが、『罪源者に選ばれる』って。そう言うことですか」

「…………だから王家もまた、継承の方法は徹底的に秘匿する。『傲慢』の継承のために、親殺しを容認しているなんて。そんな事実が民に知れれば、王家の沽券に関わる」

 …………言葉が、出なかった。信じられなかった。

 罪源者の最期は、決まって悲惨な物だ。彼らの殆どは、最期にはこの世界を憎みながら死んでいく。

 だからこそ、人々は罪源者を恐れこそすれ排斥することは無い。彼らという受け皿がなければ、放たれた罪源が厄災としてこの世界を脅かすと分かっているから。

 それだけに、重い業なのだ。罪源の継承とは、間違っても二つ返事で背負うことが出来る業ではない。

 それがたとえ、友人からの頼みだったとしても。

 けれどもグリードは、了承した。

 彼にとって、それだけ大事な友人だったからだ。

 そして、その友人から「殺して」と懇願され、実際に手にかける他無い状況に立たされる。

 想像も及ばない──想像することすら、したくないほどの苦痛だと思った。

「……あのとき」

 口を開く。祭壇に手を伸ばせば、グリードの目元が小さく震えた。

「不安要素の排除というなら、俺を問答無用で支配下に置けば事足りるはずだった」

 けれど、そうはしなかった。思えば彼はあのとき、単にこちらを案じていただけなのではないか、だなんて。

 あまりに不器用な人だと思った。愛おしい不器用さだ。

「…………何が言いたいのかな」

「あなたは優しすぎる」

 世界の生贄になって、自分の感情すら殺して。

 全てを踏みつけてでも、たった一つの、尊い約束を果たす。その並外れた信念と優しさこそが、彼を『強欲』たらしめるのだと理解する。

 祭壇の上。

 小さなペンダントに触れた指先が、鋭く痛む。熱を持ったそれに、左目を細めて。

「良いよ。赦します。俺は、あなたを赦す」

「犬に成り下がっても?」

「……あなたの善性を信じています」

 鈍く痛む腕を引く。

 拳の中の、ペンダントの感触を確かめる。

「それと」と言葉を継げば、ランタンの炎が揺らいだようだった。

「何より、あなたを失わずに済んで安心しています」

 切れ長の瞳が、虚を突かれたように見開かれる。

 そしてそれは、瞬く間に微笑へと塗り替わって。

 眉を寄せた笑みは、出来の悪い生徒に向けるそれのようだった。

 無性にむず痒くなって、視線を逸らす。

 切り傷だらけの手に、一際色濃く残る赤い痣。

 そして、不意に伸ばされた指先が、ついと痣をなぞる。

 いやに恭しい手付きに、呼吸が引き攣った。

「帰るところがないなら」と。そう囁くような掠れ声は、どこか艶っぽい。

「…………うちの庭に住むと良い。死ぬまで養ってあげよう」

 茶化すような文言は、よく知る彼の物だった。

 それでも、何故か俺の背には嫌な汗が滲んでいて。

「とびきり優しく飼ってあげるからね」

 そんな甘ったるい声音に、痣が僅かに熱を持つようだった。

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