第4話 6人のイカれたメンバーを紹介するぜ!

「さて」

 魔術刻印の施されたペンを持って、俺は口を開く。

「ただいまから、ハッピーエンドに向けた作戦会議を始める」

 明確に勝利条件が提示された以上、現状の『その場しのぎ』的なプレイを続けるわけにはいかなくなった。必要なのは明確なターゲット設定と、ハッピーエンドに向けた中長期的な目標の設定である。

 そのために、実働体である彼とは、一度方針をすり合わせておく必要がある。

 サラサラとペンを動かせば、虚空に『「魔導物語」攻略に向けて』という文字が浮かび上がった。

 おー!とベッドの上から拍手をする狩野。つくづくノリが良い男である。この男の担任は、さぞかし授業がしやすかったことだろう。

「本題に入る前に、まず攻略対象の基本的な設定を整理する」

 言いながらペンを動かせば、空中に①~⑦の番号が記される。視界の端で狩野が首をかしげるのが見えたが、答える代わりに俺は言葉を続ける。

「このゲームにおける攻略対象は、七つの罪源がモチーフになっている」

「七つの罪源」

「そう。暴食、嫉妬、強欲、傲慢に色欲、あとは──怠惰に、憤怒だな」

「へぇ、おれカトリックじゃないからよく知らないや。圭一は博識だねぇ」

「博識というか、界隈の必修科目というか……ゴニョゴニョ……」

 オタクコミュニティに身を置きすぎて、「知っていて当然」みたいなテンションで話してしまった。そうだよな、「七つの罪源」も「四聖獣」も「円卓の騎士」もオタク間だけで通じる共通言語のようなものなのである。

 とても恥ずかしい気持ちになったので、狩野に背を向けたまま番号の横に罪源を書き出していく。

「おまえもご存じ、『暴食のグラトニー』てな感じで」

「葬送のフリーレンみたいだね」

「あ……フリーレンは知ってるんだ……」

「鬼滅の刃も知ってるよ、おれ」

 フンスと、何故か胸を張って得意げに鼻を鳴らす。狩野は、オタクに疎まれる陽キャ仕草を地で行く男だった。

俺に合わせてくれているのか、狩野は最近やけに「サブカル・オタク文化に理解がありますよ」ムーブをしてくるようになった。こいつが爽やか陽の者たる所以なのだろうが。

その歩み寄り、何故か胸が苦しくなるよ、俺。

 俺の微妙な表情を察してか、狩野は「じゃあ、あれかな」と空気を除湿するように声を上げる。

「『嫉妬のエンヴィ』とか?」

「そう、よく分かったな。それで、『強欲のグリード』」

「……『傲慢』の…『プライド』」

「『色欲のラスト』。あとは?」

「怠惰の…怠惰の……何?」

「『怠惰のモーガン』」

「ルール違反だ」

「……………」

「頭痛が痛いネームは何処に行ったの」

「……聞こえねぇなァ!」

 左耳を塞ぎながら、「⑥怠惰」という文言に「モーガン」と書き足す。「納得いかないよ、おれ!」という真っ当な抗議を、議長権限で捻り潰して。

「憤怒は?」

「憤怒……」

 少しだけ考えて、肩をすくめる。

「憤怒、は。……まぁ、今はいいよ。別に」

俺の答えに、やはり釈然としない表情をする狩野。それを無視して、話を進める。

「で、こいつらは大方モチーフ通りの業を背負ってる。業というか、性癖だな。現に設定としても呪われているし」

「……?」

「呪われるタイミングは個体差があるが、罪源に呪われた人間を、ゲーム内では正式に『罪源者』と呼びます」

「はい」

 び!と手を上げた狩野を指し示す。

「罪源者と普通の人との違いって具体的には何なの」

「アブノーマルな性癖に目覚める」

「嫌すぎる……」

「例外なく破滅する」

「可哀想すぎる……」

 そんな呟きに、「たとえば」と補足を入れる。

「先代の『強欲』。略奪の限りを尽くしては貴族王族の怒りを買ったせいで、当時の憤怒と傲慢にボコボコにされた。最後は火刑からの晒し首だ」

「良いこと無しじゃん、罪源者……」

 青い顔で仰反る狩野。

 ごもっともな意見である。ただ、完全なる貧乏くじというわけでもない。

 「反面メリットもある」と加えて、クルクルとペンを回した。

「単純に魔導士として破格の才能を持ってる」

 言いながら、静止したペンを差し出す。ペンに浮き上がった魔術刻印を見せながら、人差し指を立てた。

「例えば、そうだな。普通は魔法を使うとき、こんな感じの魔術刻印か詠唱が必要不可欠だろ。並みの人間の頭の容量じゃ、複雑すぎて処理しきれないから。ほら、複雑な計算するときって、大体途中式書くだろ。そんな感じ」

「…………」

「でも罪源者は違う。その素質だけで、刻印どころか無詠唱で魔法を行使できる。頭に魔法専用のスーパーコンピューター飼ってるかんじ」

 今挙げたのは、あくまで一例に過ぎない。魔力量、魔導士としての内面。それ以外のどこをとっても、彼らは並みの魔導士とは一線を画すスペックを誇っている。

 そして俺たちは、そんな『化け物』を、今から相手取ろうとしている。

 大方認識は共有出来ているのか、狩野の相貌には、先刻までは無かった緊張感が蹲っている。

「だから、そう。俺たちは各攻略対象の性質をよく分析、理解したうえで攻略に臨む必要がある」

 俺の声もまた、自分のそれとは思えないほどに硬い物だった。

「で、現時点でのねらい目は──」

「『嫉妬』……」

「そう。あくまで俺の見解だけど」

 『嫉妬』に〇を付けながら頷く。攻略難易度と、狩野の精神的な負担諸々を考慮して出した結論だった。

「まず暴食は、ほぼ全部のエンドで食われる。ハッピーエンドでも全然食われる。このゲームの18Gは9割型こいつのせい。お前の精神的な後遺症を考慮して無し」

「強欲は、金がめっちゃ要る。『か、可哀想だよぉ~』とかほざきやがって。モンスター討伐ができないお前には、無理だ、無理無理」

「傲慢は猫が死ぬ。論外だな」

「色欲は深刻な心的外傷が懸念される。その年でEDは辛いだろ。……まじで?じゃあその……おまえ、ウンコとか食える?」

「怠惰は、ある意味一番攻略難度が高い。基本こちらに興味がないので、好感度がマジで上がらない。あとハッピーエンドが近親相姦しかない」

「反面、嫉妬はプレイヤーレベルさえ高ければどうにかなる場面が多い。この中じゃ一番現実的でいて、安全パイと言えるな」

 一つ一つにバツ印を着けていく。一息で言い切って、「ここまでで、何か意見は?」と振り返った。

「狂ってる、このゲーム」

「感想は別に求めてないかも」

 反論らしい反論がない所を見るに、大方結論は一致していると見て良さそうだ。俺が発言するより先に、狩野が「質問が一つ」と挙手したので、大人しく口を閉じる。

「だから、憤怒は?」

「まあ、やっぱり気になるよな……」

 頭を掻きながら、考える。少し逡巡するも、出る結論は同じだった。

「……追い追い説明するよ。そもそも攻略対象じゃないし──何より、『憤怒』ルートで、おまえが幸せになることは絶対にないから」

 言い切って、狩野を見る。狩野もまた、俺を真っ直ぐに見据えていた。

 幾千年の叡智を詰め込んだような金眼に、やけに透徹した光が過る。底冷えするようなそれは、普段の温厚さからは想像もつかないほどに怜悧で。

 この青年が時々見せるこの表情が、俺はどうにも苦手だった。

 腹底まで、何もかもを見透かされているようで、自然と背筋が伸びてしまうのだ。

 息の詰まるような静寂の中、俺が唾を嚥下する音だけが響いて。

「うん、わかったよ」

 微笑んだその相貌に、訳もなく息を吐く。へにゃりとした柔らかい笑みは、平生の彼のそれと変わらない。

 未だ俺たちの間に横たわる不信感に、気づかぬふりをして。俺もまた、狩野から目を逸らした。

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