第13話
突然の出来事に驚いた美保奈は気絶していた。そして夢を見た。
いつかの桜祭での出来事だった。何年も前の桜祭。小さな針金細工屋台の前……そこから少し離れた木陰にとても長い間佇んでいた男がいたのだ。幼い美保奈は男の顔を横から見上げる形でのぞき込んだ。
「どうしたの?」
男は屋台を無表情に見つめたまま反応しない。美保奈は首を傾げると、男の足を軽く叩いた。
「ねえねえ」
男は屋台に顔を向けたまま目を見開き、ゆっくりと美保奈の方を向く。
「お前、私に話しかけているのか」
美保奈は大きく頷いた。それを見た男は小さく笑う。
「祭は特別な空間。人が人の時間をこえて外に在ることを許される。しかし夜は元来人ならざるものの時間。あまり長居をするのはすすめられない」
言葉の意味を理解できない美保奈はキョトンとした。男は再び屋台に向き直った。男の意図を汲もうとした美保奈は男が見つめる先に顔を向ける。美保奈はハッとした表情になった。
「お金足りないの?」
男は無反応だった。美保奈は男の顔と屋台を交互に見る。男は無表情のままその場を動こうと足を踏み出した。
「まって!」
美保奈の手が男の服のすそをつかんだ。男は振り向いて美保奈を見た。男の服をつかんだまま、美保奈は逆の手で手提げをあさっている。男は少しだけ目を伏せた。何か言おうと口を開いた男に、美保奈が勢いよく手を差し出す。男は数度目をしばたたかせた。男の視線の先……美保奈の手に乗っていたのはトカゲを模した一風変わった針金細工だった。それを選んだとき美保奈は結子に最後まで別のものをすすめられたが、美保奈は頑として譲らなかった。
「はい!」
男は怪訝な顔になる。対する美保奈は満面の笑みだった。
「大丈夫! あげる!」
怪訝な顔のまま男は首を傾げた。
「何故?」
美保奈は言葉を選んでゆっくりと話す。
「悲しそうな顔して、ずっと見てたから」
先ほどとは比べ物にならないほど男は目を丸くした。美保奈はにっこりと笑っている。
「だからこれ! お兄さんにあげる!」
小さな沈黙があたりに広がっていった。沈黙を破ったのは、男の大笑いだった。何がおかしいのか分からない美保奈はキョトンとするばかりだった。男はひとしきり笑うと優しく話し始めた。
「それはそれは。いやはや、悲しそうな顔か。そういうことならありがたく受け取らせてもらおう。」
男の大きな手が、小さな美保奈の手のひらから針金細工を取り上げる。男は針金細工を目の近くに持っていった。
「これは、トカゲ……か」
「うん! かわいいでしょ!」
「かわいい?」
男は曖昧な口調で問いかける。美保奈は目をきらきらさせた。
「舌チロチロしててかわいいよ! 私トカゲだいすき!」
男は吹き出すと少しだけ目を伏せる。
「お前は実に愉快な子どもだな。トカゲもお前が好きだろうさ」
「ほんと!?」
「おうともよ」
「やったあ!」
その場で美保奈は何度もぴょんぴょん跳ねた。飛び跳ねる美保奈を見つつ男は針金細工を袖にしまった。そしてニヤリとした笑みを浮かべた。
「さて、素晴らしい贈り物の礼がいるな。お前の願いを叶えよう。お前は何がほしい? お前は何を望む?」
美保奈は考えをまとめようとキョロキョロしたり腕を何度も組みかえたりする。男はゆったりとした立ち姿で美保奈の言葉を待っていた。数分後、落ち着いた声音で美保奈は答えた。
「今は困ってないから……いつか私が困ったとき、助けてほしいな」
言い終わると美保奈は柔らかな頬をいっぱいに上げて微笑んだ。男もつられるようにくすくすと笑った。
「委細承知。この恩は借りておこう。その時が来たなら必ずや返しに行くさ」
美保奈は思い出した。あの時針金細工を受け取って嬉しそうに微笑んだのは、間違いなく美保奈を救ったあの眼帯の男だった。
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