第8話

『笑った……』


 その笑顔に美保奈は今まで感じたことのないときめきのようなものを覚えた。振り返った眼帯の男と目が合い、美保奈は思わず目を泳がせた。美保奈の様子に気づいているのかいないのか、眼帯の男はひどく優しく美保奈に微笑みかける。美保奈は真っ赤になったが、何故か目をそらすことが出来なかった。


「私の眷属が世話になったらしいな」

「え。え?」


 美保奈はキョトンとした。


「お前の親切に深く感謝する。ありがとう」


 そう言うと眼帯の男は恭しく頭を垂れた。自分より一回りは年上に見える男に頭を下げられて美保奈は焦った。両手を何度も横に振り、美保奈はあわあわと口を開く。妖しげな香りも相まって、美保奈の頭はほとんど働いていない。


「そ、そんなこと! 人違いです、多分。あの、あの。頭を上げて……!」


 眼帯の男は美保奈の言葉を聞きながら静かに微笑んだ。顔を上げた眼帯の男は美保奈を真っ直ぐに見つめた。


「……受けた恩を返すためお前を導いたが、今日また新たな恩を受けてしまったようだな」


 美保奈はまたキョトンとした。眼帯の男が頭を上げた安堵感と、男の心地よい声……そして甘ったるい香にとかされた美保奈の意識はどんどん不鮮明になっていく。


「お前の願いを叶えよう。お前は何がほしい? お前は何を望む?」


 問いかけの答えを考える間もなく、美しい男の声に押される形で美保奈は夢の中へと落ちていく。完全に眠りにのまれる寸前、美保奈は自分の口から無意識に問いかけへの答えが出てきたのを感じた。


「あなたにずっと笑っていてほしい」


 眼帯の男が大笑いする気配を感じつつ、美保奈は意識を手放した。




 次の瞬間、美保奈は鳥居の前で結子に揺り起こされていた。夢を見ていた。そう思った美保奈は、冷たく鈍い寂しさを覚えた。

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