第6話

参道の大木……その木陰で美保奈は息を殺していた。


『なに……あれは、なに?』


 周辺では様々な姿の妖怪たちがうろうろとさまよっていた。しかしそのうち、妖怪たちは方々へと散っていった。瞼を閉じてほっと息をつくと、美保奈は顔を上げた。美保奈の目の前には一つ目の大入道があらわれている。声にならない悲鳴を上げ、美保奈は尻餅をついた。大入道は美保奈から自分の背後へと顔を向けた。


「兄貴ィ、いやしたよ」


 下駄の鳴る音が響く。美保奈は音の方に目を向けた。立っていたのはすらりとした狐だった。狸と同じく着物を着て二足で歩いている。


「こいつは珍しい。桜祭で掘り出し物なんていつ以来だろうね」


 狐の横からたぬきが顔を出した。


「待てお前。こいつは俺が見つけたんだ。俺がもらうのが筋だろう」


 鼻を鳴らして抗議するたぬきを狐はせせら笑った。


「冗談はよしなさいよあんた。あんたなんかが持ってっちまったら、こいつの価値がなくなっちまうよ」


 魚や猫の他、よくわからない風貌のものも大勢狐の側に集まってくる。皆、じっとりとした目で美保奈を見ていた。


「どうするんだい、これ」

「決まってるだろ、食っちまうのさ」

「俺たちももらえるのか」


 がやがやと聞こえる物騒な言葉に震えつつ、腰が抜けてしまった美保奈は動けずにいた。


「なんとまあなんとまあ。随分騒々しいとは思ったが」


 瞬間、妖怪たちが皆口を閉じた。その凛とした声は美保奈の耳にも届いていた。誰一人として口を開かず、静寂が辺りを包んでいる。その間に美保奈の前に影がかかった。ハッとして振り返った美保奈の目に、眼帯をつけた美丈夫の姿が映る。


「こんな小さな子ども一人にどいつもこいつもよってたかってぞろぞろと……みっともないことだ。ああ嘆かわしいとも」


 眼帯の男はわざとらしく肩をすくめた。狐は舌打ちを響かせる。


「無粋なまねはよしてくんないかい? いくらあんたの力が強いからって、後から来てごちゃごちゃ抜かされる筋合いないんだよ」

「いやお前、お前も後から来ただろう」


 たぬきの言葉を無視し、狐はじっと眼帯の男を睨みつけた。眼帯の男は大きくため息をつく。


「私は悲しいほどに温厚だからな。私の大切な娘を怖がらせたことを不問にしてやると言っているんだ」


 狐は眉をしかめた。


「それとも、お前達は私の仕置きを受けたいというのかな?」


 鋭い目つきで狐に圧をかけ、眼帯の男は言い放った。狐以外の妖怪は縮こまったり、そそくさと逃げだしている。狐は再度舌打ちした。


「ああ、ああ。分かったよ。勝手にしな」

「賢い選択だな。話が早くて助かる」


 眼帯の男は薄く微笑んだ。狐はニヤリと笑い、煙管を取り出して吸った。


「当たり前だろ。あたしは長い物には巻かれる性質さね」


 尻餅をついた姿勢のまま、美保奈は呆けた顔をしている。眼帯の男が美保奈の顔をのぞき込んだ。


「お前よ、大丈夫か?」


 あまりに美しい眼帯の男の顔に美保奈は思わず体をのけぞらせた。かまわず眼帯の男は美保奈に顔を近づける。


「ヒェッ」


 美保奈は更に体を縮こませた。


「可哀そうに。ぶつけたところは痛むか?」

「い、いえ。大丈夫、です……」


 眼帯の男の優しい声音を聞き、美保奈は徐々に冷静さを取り戻していった。柔らかく微笑むと、眼帯の男は言葉を紡いだ。


「なら良かった。おいで。大通りまで案内しよう」


 眼帯の男にそっと差し出された手に、美保奈はおずおずと自分の手を乗せた。眼帯の男は眩しそうに目を細める。そんな眼帯の男の無垢な笑顔に、美保奈の頬は赤みを増した。

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