妖怪

第5話

時間が経つと共に賑わいは落ち着き、境内の祭客の姿もまばらになっていった。美保奈は小さなお面屋台の前で首を傾げている。


「おかしいな……」


 小さく口に出した美保奈はキョロキョロとあたりを見回した。


『ここ、さっきも通ったはずなのに……。久しぶりだから迷っちゃった、のかな』


 美保奈は鞄の取っ手を両手で強く握りしめる。そのまま美保奈はゆっくりと深呼吸した。丁度その時、美保奈の目の前を着物の男が通った。


「あ、あの!」


 美保奈ははきはきとした調子で声をかける。のったりと美保奈の方を向いた着物の男はどこか虚ろな目をしていた。美保奈はつとめて明るい声で続けた。


「ちょ、ちょっと迷ってしまって。大通りに出るのって、どっち、ですかね?」


 着物の男はニヤリと笑う。


「行きはよいよい。帰りは怖い」


 美保奈はビクッとして顔をこわばらせた。


「あ、あの」


 さらに続けようとする美保奈を無視し、着物の男はへらへらと笑いながら去っていった。美保奈は口を引き結んで俯く。


『大丈夫。他の人に聞けばいいだけ。大丈夫、だいじょうぶ』


 俯いたままの姿勢で何度も頭を横に振ると、美保奈は顔を上げて祭客達を眺めた。


『優しそうな人は……あれ?』


 美保奈の額を汗が伝う。美保奈は目を見開き、行きかう様々な祭客達を観察した。美保奈の唇がかすかに震える。


「どうして……みんな、左前に……」


 美保奈の口から思わず声が漏れた。それに重なるように低い声が空気を震わせる。


「死んでるんだから当たり前。死に装束は左前」


 バッと声の方を向き、美保奈は悲鳴を上げた。美保奈の視線の先にいたのは、着物を着た大人の男性ほど背丈のあるたぬきだった。美保奈ははじかれたようにたぬきとは反対方向に走り出した。完全に日は落ちており、辺りは暗闇に包まれていた。

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