第3話

帰り道、美保奈は母・結子の運転する車の中にいた。

 新品の鞄を抱えた美保奈は助手席に座っている。車は赤信号を受けて停車した。


「じゃあもう友達が出来たんだ」

「うん」


 結子の問いに、美保奈はこくんと頷いた。


「よかったわね」

「うん」


 はにかみ、美保奈は再び頷く。結子も美保奈の様子を見て微笑んだ。間もなくすると信号が変わり、車は発進していった。美保奈は窓から歩道を見つめる。


「なんか人多いね」

「ほんとね。今日何かあったかな」


 結子もちらっと外に目を向けた。沈黙が車内を包んだ。


「あっ、今日桜祭じゃない?」


 結子の言葉に美保奈はハッとした表情になる。


「そうだ。桜祭だ」


 美保奈のきらきらした眼差しを見た結子は思わず笑みをこぼした。


「せっかくだし寄ってったら?」

「え、いいの?」

「なによ。ダメなことあるの?」

「ないです!」


 結子のおどけた口調をまねて美保奈が返した。


「お母さん会社戻らなくちゃだからさ。一人になっちゃうけど大丈夫?」

「大丈夫だよ。子どもじゃないんだから」


 微笑みつつも結子の目が少しだけ潤んでいることに気付くものはいない。己が子どもの成長の速さに対し、結子は寂しさや喜びの混じった複雑な感情を抱いていた。抱えきれなくなった感情が涙となり、結子の眼がしらに浮かんでいた。


「お母さん?」


 美保奈にのぞき込まれた結子は手早く涙を拭きとって元の明るい表情を作った。


「はいはい。じゃあ山門の前で降ろすからね」

「はーい」


 嬉しそうな表情の美保奈が鞄をぎゅっと抱えなおす。歩道でにぎわう人々を結子の車は追い抜いていった。

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