第2話

都内某所、中高一貫女子校。重厚な黒い門柱には春宵女子学院と彫られている。門の奥には古風な建物が数棟立っていた。

 新入生オリエンテーリングを終えた中等部1年桜組教室は恐怖の只中にあった。窓のそばの床にいるトカゲが恐怖の原因だった。教室に残っている数人の女子生徒達全員、たまたま爬虫類が苦手だったのである。女子生徒たちは廊下側に固まり、一様におびえた表情で立っていた。トカゲは動かない。教室真ん中後方の席に座っていた永月美保奈は立ち上がった。右手に下敷きを持っている。美保奈はそっとトカゲに近づいていった。トカゲは向きを変えたり少し動いたりするが、大きくその場からは離れない。美保奈はトカゲの側にしゃがんだ。


「ほら、こっち。違うって、こっち」


 美保奈はトカゲが下敷きに乗るよう手でトカゲの進行方向をふさいで誘導した。数秒の格闘の後、無事トカゲは下敷きに乗った。美保奈は下敷きを持ち上げて窓へと歩き出す。動き回るトカゲが落ちないよう、美保奈は下敷きを動かしながら窓まで歩いていった。窓にたどり着いた美保奈はゆっくりと下敷きを外に出す。美保奈の手と下敷きが木の枝までの橋となった。木の枝に乗って去っていくトカゲを見た美保奈は柔らかく微笑んだ。窓から教室に向き直った美保奈の目に、キョトンとした女子生徒たちが映る。


「あ、えーっと……」


 美保奈は気まずそうに目を泳がせた。


「すごーい!」

 一人の女子生徒が声を上げたのを皮切りに、女子生徒たちは口々に賞賛の言葉を美保奈に送る。突然の祭り上げに驚きつつも、美保奈は照れくさそうに笑った。

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