第9話 一番楽しい

 セーラさんが作ってくれたてるてる坊主のおかげか、まだ雲行きは怪しかったが雨は降っていなかった。

 教室に入ると、いつも早く来ている瑛が居なかった。

 たまには遅いことくらいあるだろうと思っていた。


 だが、いつまで経っても瑛が来ない。


 今日は休みなのかと思っていたら、もうすぐ一限目が始まってしまうという頃、瑛が息を切らしながら教室に入ってきた。


「ヤバい!もう一限目始まんじゃん!」

「お前なんでそんなに遅かったんだ?」

「詳しくは後でに話すから!」


 瑛は本当に焦っている様子で片付けをしてから一限の準備をしていた。


 一限が終わり、休み時間に入った。僕は普段遅刻することが無い瑛が遅刻した理由がとても気になっていたので、すぐに瑛の机に向かった。


「早速だが、なんで朝あんなに遅かったんだ?」

「お前この前登校中に厨二病に出くわしたって言ってただろ?」


 セーラさんのことか。僕は「おぅ」と適当に返す。


「俺も朝、その厨二病に会ったんだよ。でも、なんかお前から聞いてた話と違って、凄い金ピカなごっつい服を着てて、髪はショートで筋肉のしっかり付いた女だったの」

「確かに、俺の時とは違う......」


 セーラさんに最初出会った時はボロボロの服を着ていたし、髪も長い。筋肉が付いた感じの人でもないから、もしかしたら別人......?

 大体、セーラさんは最近こっちの世界に慣れてきて、かなり普通の人になっている筈だ。

 金ピカな服も持ってないし......。


「その人、先端が渦巻いてる杖とか持ってたか?」

「いや、でっかい剣を持ってた。刀じゃなくて剣。両刃のデケェやつ。」


 何だよそれ。でっかい剣って。今どきそんな物持ってたら捕まるだろ。


「あ、でもなんか鞘みたいなやつに入れてた。で、なんかその人が、『運命の殿方!』とか、『別の世界からやってきました!』どうのこうの言って抱きついてきて、離してくれなかった。そして遅れたってわけ」


 おそらくセーラさんでは無いだろう。瑛は髪が短いと言っていた。僕を見送った後すぐに髪を切って瑛の前に現れることは難しい。セーラさんがウィッグでは無いことも間違いないし......。


「それ、帰りも気をつけときな。なんだかまた瑛がその厨二病に絡まれる気がする。」

「え?まぁいいや、気をつけとくわ。」


 このときの僕は厨二病なんてその辺にいるだろうし、今度こそ動画配信者かもしれない。どうせ大事にはならないだろうし......。

 帰ってからセーラさんに聞いてみよう。


 僕が家に帰ろうとすると、いつもは帰り道の途中で会うセーラさんが校門の前に立っていた。


「偉於〜!助けてくださ〜い!」

「ど、どうしたんですか?」


 彼女は僕の胸に飛び込んできておでこをスリスリしてくる。


「り、履歴書が無いんです〜」

「え、履歴書?どうしてですか?」

「バイトですよ、バイト!」


 あぁ、なるほど。確かに今のセーラさんには履歴書がないだろう。


「と、取り敢えず、家に帰りましょうか」


 僕は気付いていた。周りからものすごい羨望の視線が向けられていることに。

 別に嫌なわけでもないが、ずっとこのまま此処に居るわけにもいかない。


「はぃ............」

「ほら、来てください」


 僕はセーラさんの手を握り、いつもの帰り道まで軽く引っ張っていった。


「私、どうすれば......」

「確かに学歴ばっかりはどうしようも無いですもんね......」

「そうだ!偉於の学歴を使えば良いじゃないですか!」


 彼女の目に光が宿った。でも......


「駄目ですよ、そんなの。」

「どうしてですか?偉於の高校在学中、夏瀬せら、みたいな感じだと結構自然だと思うんですけど......」

「だってそもそも、義務養育とか受けてないですよね?それだと多分話についていけないと思いますし、自分のキャパを超えた仕事を任せれますよ?」


 セーラさんが「ほぇ?」みたいな顔になる。


「ギムキョウイク?なんですか、それ。美味しい食材ですか?」

「ということなので、これからもバイトは僕が頑張るので、セーラさんは家でゆっくりしていてください。」

「で、でも......私、もう元の世界には戻らなくて良いって思ってるので、ずっとこのまま偉於に負担を掛け続けるわけには行きませんよ......。自立して一人暮らしとかもしないといけないのに......。」


 セーラさんは俯いて元気がなくなる。自然と彼女は僕から距離を取るように歩いていたので、僕が彼女に近づく。


「前、言いませんでしたっけ。ずっと僕の家に居てもいいですよって。バイトとかしなくて良いですよ。生活に困らないくらいの給料も貰って、特に趣味もないし、親から一円も借りてないですから、結構余裕あるんですよ。だからその辺心配しないでください」

「でも駄目です!私がお金を稼げば、もっと余裕ができて、偉於も新しい趣味とかも見つけられるかもしれないのに......」


 彼女を元気づける明るい言葉を掛けたいが、いい言葉が見つからない。

 僕は自分の気持ちを素直にセーラさんに言う。


「気にしないでください。セーラさんと楽しく暮らすことが一番楽しいので、そこにお金をたっぷり注ぎ込ませてください」

「偉於......!」

「ちょ、セーラさん!」


 セーラさんが猫のように甘えてくる。


「いつもありがとうございますっ!私もお手伝い頑張りますねっ!」

「はい、これからもよろしくお願いします」


 僕らは笑い合いながら帰り道を歩いていた。

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