雨夜の品定め(下品注意)
第26話
ザアアッ、という雨の音が止まない夜。
珍しく、サヤさんだけが自室に戻っていて、男五人はリビングにいた。
示し合わせた集合ではなかった。僕は祐希の勉強を見ていたし、北条くんと笠原くんは、仕事の話をしているようだった。五人中四人は、それなりに真面目な用件のために、偶然、その場にいるだけだった。
時間がたったら誰かしら部屋に引き上げて、何事もなく終わっていただろう。
ただ、そこに一人、不真面目な人間がいたせいで、台なしになった。
「好きなタイプは、って質問によぉ、好きになった奴がタイプ、って答える人間がいるだろ」
何となくろくでもない話題である予感がして、出し抜けの言葉を、僕は無視した。
「あれ俺、ぶん殴りたくなるんだよな。そういう話をしてんじゃねえだろ、って」
敬司の手には、表紙にグラビアアイドルが大きく配置されている漫画雑誌がある。健康的な笑顔はとても魅力的で――けれどどうしても、笑顔の下にある谷間に目がいく。
そういう質問が載っていたのだろうか。読んでいて何となく思い出したのか。
「じゃあ敬司くん的には、どういう答えならいい訳~? 誰かの名前とか?」
すぐ話に乗るんだよなぁ、と呆れて笠原くんを見る。隣の北条くんは黙々と、スマートフォンに何か入力している様子だった。誰かと頻繁にメッセージをやり取りするタイプではないから、仕事のメモか何かを取っているのだろう。
「タイプは、って聞いてるんだから、タイプを答えろよ。巨乳とかエロいとか髪が短いとか――女ならデカいとか上手いとか筋肉あるとか、何かあんだろ。何か。好きなタイプは好きになった奴、って言うのはさぁ、好きな食い物は好きになった食い物、って言ってるのと同じくらい、訳分かんねえ答えだろ。トートロジーって言うんだったか?」
「そこはほら、質問が悪いって側面もあるんじゃない? 食べ物に比べると異性の好みは複雑なのに、そんなシンプルな質問してもねぇ」
「質問が悪い――なるほど、確かに。じゃあ、だ。どういう質問なら、欲しい答えが手に入るんだ?」
祐希の手がしばらく止まった。そろそろ集中力も切れてくる頃合いだ。
「理想の体をしてる子がどんな性格だったら嬉しいか。それと、理想の性格してる子に、どんなオプションがついてたら嬉しいか。――の二つの質問で絞り込む、どうよ?」
「ほほう。自分自身だったら何て答える?」
「え〜悩む〜。前者は年上のリードしてくれるお姉さま系、後者は……顔の良さ? 顔が良ければ、まな板でも何でも」
「マグロでも?」
「あ~……理想の体って感度も含むの? それは性格じゃねえ? 演じてくれる優しさってことで」
「質問そのものより、質問した後で、顔がいいとか性格がいいって言う前提条件自体をどう想像したか聞き返す方が、分かりそうな気もすんな」
「そうねぇ。祐希で試してみる?」
「な、何で僕!」
「手が止まってたから〜。何か考えあっかな? と思って」
「そう聞かれると分かってて答えないし!」
「じゃあシンプルに、好きなタイプは?」
「え、うーん」
「うーん、じゃない。うーんじゃないよ、祐希。笠原くんの話術に引っかかってる」
勉強に飽きてきたのは分かるけど、逃げる先を間違えている。
「おお? 検証の邪魔かい秀人さ~ん。こっちは真面目に聞いてるんですけど〜」
「そうそう。あのエンタメってものを何も理解してねぇ答えを撲滅するために尽力してんだよ。横から邪魔されちゃあ困るね、全く。奪うならせめて、代わりを用意してくれや」
「自分が実験台になるか、別の生贄を寄越すか、より良い質問文を考案するか」
「何もなし、ってのはなしだぜ。祐希にまとわりつくぞ」
部屋で勉強すれば良かったな。左右から交互に絡まれると鬱陶しさが跳ね上がる。
「実験台でいいよ。質問したら?」
「理想の体をしている女の子がいたとして、どんな性格だったら嬉しい?」
「僕がいないと生きていけない子」
「……。理想の性格をしている女の子がいたとして、どんな見た目だと嬉しい?」
「見た目にしたんだね。柔らかめでかわいい雰囲気だと嬉しい、くらいかな」
「最初の質問で想定した、理想の体ってどんなのだった?」
「おっぱいが大きくて小さくて柔らかくて細身でかわいい系の顔で清潔感のある雰囲気」
「お? ずるくね?」
「理想と聞かれたらそうなるよ。好きな要素が全て同時に存在している状態を、理想と言うんじゃない?」
「……ダメだな! この質問じゃ」
敬司は大きく舌打ちした。確かに敬司の望む答えではなかっただろう。
けれど、答える方は案外面白かった。
「理想の見た目で聞かれると一時的な関係を想定するけど、理想の性格で聞かれると、自然と結婚を想定するね。どちらかに絞った方がいいんじゃない?」
「それ以前に、現時点で質問文が長過ぎる。こんなもん実用に耐えねぇ」
「君たち二人が質問者ってところもなぁ。既にいいなと思ってる子とか、逆に、近寄ってきてほしくない人に聞かれたら、だいぶ変わるよね。好きになった相手がタイプって答えも結局は、質問者に興味はない、ってことでしかないと思うし」
「核心をつくんじゃねえ」
「自分は恋愛対象になり得るかどうか、を聞いた方が早いんじゃない? 誰に質問したいのか知らないけど」
敬司は皮肉っぽく笑った。
「そういう答えをされるとうぜぇよな、って話であって、特定の誰かに聞いてみよーって話ではねぇよ」
そうかなぁ。まあ、僕はどうでもいいけど。
「とにかく答えたから、僕と祐希のことはもう邪魔しないでね」
「へえへえ。まあ、どうせ祐希の好みなんか、足も腕も枯れ枝みたいに細い外国人美女だろ? 聞いたってしょうがねえわ」
「ちょっと! モデルさんのこと言ってる? 殴るよ、顔を」
「ニヤニヤしながらいっつも写真見てるじゃねぇか」
「あの人たちは憧れの人であって、恋愛対象ではないから。枯れ枝でもないし。下半身で考えてるケージくんには分かんないと思うけど」
「じゃあどんなのだよ。光と同じで、ぐいぐい引っ張ってくれるお姉さん系とか?」
「それは別にそんな……。いるし、姉」
「妹系? わがまま気味でうるせぇけど、かわいさと愛嬌で許せるタイプ。お前みたいな」
「妹にすんな! と言うかこれかも。素の僕にかわいいって言わない人がいい」
僕が実験台になった意味、何もなかったな。
「と、そんな感じで、具体例を出したり、消去法で絞り込んでいく――って方法が、やっぱり王道かねぇ。自分が恋愛対象になるかって質問にも通ずるけど」
「付き合いたい芸能人、辺りで攻めるってもんか」
「……その人が芸能人について知ってるとは限らないんじゃない? ムラサキも、ちんぷんかんぷんでしょ」
「知らないな。キャラクターならいくらか分かるが」
祐希の口から名前が出た途端、北条くんがスマートフォンに目を落としたまま喋り出す。聞いていたのかと少し驚いた。北条くんはいつも、話を聞いているのかいないのか、よく分からない。
「ゲームだか漫画だかのキャラで言われても、こっちが分かんねぇんだよ」
「気になっている相手なら、知る努力をしたらどうだ」
「え~その人知らないどういう感じ~? で話題作って距離詰めるのはアリよね」
「ムラサキとヒカル、ほとんど同じこと言ってるのに、印象が全く違うね」
「そうだね祐希。よく覚えておいた方がいいよ。あの差が人間関係では大切になってくるから」
「ちなみに紫純が好きな女のタイプは大人しめ、ミステリアス、足綺麗め」
「言うな」
「こいつの趣味なんか聞いてねぇよ、光。……にしても趣味悪ぃな。そういうタイプ大体面倒くせぇぞ」
「聞いていないなら黙れ」
「あぁ? 言葉強くない?」
喧嘩になる前に、話を戻しつつ、終わらせることにした。
「結局、好きになった人がタイプ、って答えられたら「その答え以外で」って言うのが一番簡単で確実じゃない?」
「えーつまんねぇ結論。それだから秀人は秀人なんだよ」
「僕は僕で満足してるよ」
「せっかくだし敬司も暴露してけば~?」
「乳がでかくて感度良くて浮気しねぇ女」
「……何かガチっぽくて嫌」
「ガチっぽいって何だよ」
「いや〜何かこう、夢とか希望がない感じ? 現実しか見てなさそうな雰囲気? ほら紫純も引いてる」
「俺を道連れにするな、笠原」
その時、ダイニングの方の扉が開く音がして、ぱたりと会話が止んだ。
ここにいない住人は一人だけ。
冷蔵庫に向かって歩き、何気なくこちらを見たサヤさんは、ぎょっとした顔をした。
「うわ、全員いる」
嫌そうだなぁ。盗聴器の回収でもしたかったのか、それとも自分の行いがバレていないか不安なのか、と考えるのは穿ち過ぎだろうか。まあ、自分以外が全員リビングにいたら、僕でも何事かと思うかも知れない。
「おい。うわ、って何だ」
「空耳じゃないかな。こんばんは、皆さんお揃いで。何してるの?」
「堂々としらばっくれようとすんな。……まあいい、檜原」
「ん?」
「好きな男のタイプは?」
リビングの空気が変わったが、サヤさんには伝わっていなさそうだった。
「え、何? 何で?」
「いいから答えろ。ただし、好きになった人がタイプ、はなしで」
「はぁ……」
サヤさんは困惑はしていたけれど、葛藤はなさそうに、あっさりと答えた。
「ハルマゲドンが起きても生還してくれる人」
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