小ネタ
ムラサキと敬司
第25話
「檜原ァ、暇なんだけど、何か面白い映画とかない? 一緒に見ようぜ」
「清佳さん、絵を見て感想をくれないか。何も分からなくなった」
そう二人に言われた。
冷蔵庫と見ながらスマートフォンに買い出しメモを入力している途中で、立て続けに。
返事をする前に、横に立って清佳の頭をぱしぱし叩きながら、敬司が言う。
「残念。清佳ちゃんはこれからオレと映画見るんで」
「まだ了解してないよ」
「率直な感想がほしいだけだ。すぐ終わる。こっちを先にしてくれ。締切が近い」
「マネージャーに頼めよ」
「バイトでいない」
「肝心な時に使えねぇなあいつ。まーでもオレのが先に誘ったんで。諦めて。祐希とかに頼め」
「女性に訴求するためのイラストだからできれば女性目線の意見が欲しい。仕事なんだ。譲ってくれ」
「仕事だからなんだよ。遊びは仕事より下か? 私と仕事どっちが大事なの、って言われたら仕事って言うタイプ?」
「何の話をしてるんだお前は」
「清佳ちゃんは渡さねぇよって話」
いつの間にそんな話に。
「そもそも清佳さんはお前の所有物ではないだろうが。渡すも渡さないもあるか」
「予約済だから。実質オレのもんー」
「清佳さん!?」
「聞いてないし、されないし」
「何だよ、忘れたのかよ……」
「え、何……? 何もないよね? ちょっと不安になるから意味深な雰囲気出すの止めてよ」
「清佳さん、とりあえずそいつから離れてくれ。常に一メートル以上距離を取った方がいい」
「そう言われても……。冷蔵庫見てるし」
この後、買い出しに行くために。このところ無計画に買ってしまっていたせいか、冷蔵庫内の整理をしたら、ちらほらと賞味期限切れの食材が見つかってしまった。経験則や感覚ではなく、明確に、足りないものと買い過ぎなものを仕分けしておきたい。使っているのは自分の金ではなく、みんなから預かっている金だ。
肩に置かれていた敬司の手が、ラリアットと同じ要領で首に巻きついてきた。
「ぐぇ」
「だから言ったのに!」
「さーやかちゃんはーオレのもんー」
「不愉快な歌を歌うな気安く触るな。――あぁもう!」
首に巻きついた腕をはがそうとしている気配があるけれど、敬司がますます腕の力を強めるせいで、うまくいかないようだった。
スマートフォンを持っていない方の手をつかまれて、引っ張られた。
「離せ。すぐ終わるんだからこっちが先でいいだろ!」
「落ち着いて見させてー……」
「結局あれこれ聞いて中々終わらせねえだろうがお前。檜原もお前には甘いしよ」
「電気代もったいないからー……」
「仮に長引いたとしても、清佳さん自身が了解していれば問題ないはずだ。文句を言われる筋合いはない」
「あるわ。オレ、こいつの意志だから、とかどうでもいいし。オレの都合に配慮しろ」
改めて見ると、値引きシールがついているものを買いながらも、使い道を考えていないせいで扱いに困って、中途半端に余らせていることが多いような気がする。自分の経験値だと、あらかじめ決めた献立に忠実な買い物を――「つーか描いた後に感想もらってどうすんだよ。変えられんの?」「今回はデジタルだから変えられる」「じゃあ上に連れて行かずに、こっちにデータ持って来れば良かっただろ」「……息抜きも兼ねてる。悪いか」「悪いわ。むっつりが」――した方が、結果的には無駄が少なくて済むのかも知れない。けれど、事前に献立を決めておくのも中々大変で、結局その場その場で考えるしかないことが多いのも現実。
あと、やたらと冷凍うどんが
「あぁもうしつけぇ! じゃんけんだ、じゃんけん! 負けたら一言も喋らず一人でアトリエに帰れ」
「分かった。お前もすぐに離れて廊下の掃除でもしてろ」
「じゃんけんぽん!」
咄嗟に冷蔵庫の中にスマートフォンを置いて、右手を出した。
パー、グー、グー。
「よっしゃ私の勝ち。買い出し行ってくる。ムラサキさん、絵はデータ送ってくれたら、スーパーまでの道中で見るよ。敬司くんは掃除よろしく。映画は帰ってから、時間があったら見よう」
スマートフォンを回収して、しゃがみで二人の手から抜け出す。
買い出し用のバッグと財布を拾いつつ、買い出しメモの末尾に、人数分のポップコーンとコーラを追加した。
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