第24話

side:咲坂敬司


 秀人にはああ言ったけど、実際のところ檜原、吹っ切れ過ぎだろ。いくら疲れてるとは言え、よく自分をぶん殴った男に寄りかかってぐーすか寝れるよ。いっそ尊敬するわ。


「祐希、そのグミ寄越せ。清佳ちゃんの鼻の穴に詰める」

「させるかバカ」


 向かいに座る祐希に手をのばしたが、グミの袋はめいっぱい遠ざけられた。

 無理やりやれば取れなくもないが、そこまでの元気はオレにもない。それに、グミを取ったとしても、清佳のところまで行くにはさらに、横にいるムラサキを越えなきゃならない。さすがに面倒くせぇ。

 舌打ちしながらロングシートから目を背けて、すぐ隣の窓に目を向けた。

 大して面白くもない町並みが、あっという間に流れていく。


「まあ、ちょーっとイタズラしたくなる寝顔ではあるよな~。ガチ寝だろあれ」

「あ、ムラサキも寝てる」

「……起きてる」

「いやもう声が寝てるって。ケージくん、ムラサキにだったらしてもいいよ」

「祐希、何故……。止めろ咲坂」

「とか言いつつ俺も眠くなってきたかも~。祐希ぃ、寄りかかっていい?」

「だめ」

「みんな寝たら? 僕、起きてるから」

「テメーはこういう時に限ってポカするからだめだ。オレと祐希は、お前の「仮眠したら? 起こしてあげるから」の言葉を信じて寝て、普通に翌日のテスト遅刻したあの日の過ちを繰り返さないと決めてんだよ」

「今回の場合、寝過ごして終点まで行っちゃったりしたら、今日中には家まで帰れないよねー。ホテル……は高いし、漫喫?」

「高い以前に、ホテルや漫喫があるかも分かんねえよ。野宿かも。あ、なあなあ、そう言えば俺キャンプ行ってみてぇんだけどさ~、いきなりソロはハードル高いから、誰か一緒に行かない?」

「キャンプはだりぃ。バーベキューならしてもいい」

「温泉行きたいな」

「カラオケ行かない?」

「紫純、キャンプ行こ」

「やだ……」

「庭でやれ庭で」

「と言うか三年生、遊んでていいの? 受験は?」

「いきなりぶっ込んで来るねぇゆっきー」


 げんなりとした雰囲気のため息が二つ。珍しく秀人も顔をしかめている。

 それなんだよな。

 高校三年生って言ったら、遊びよりもまず進路のはずだ。二人とも普段から勉強する方だから、まるで身動き取れねえってことはないだろうが、それでも色々と考えることは多いだろう。

 秀人は政治家になることを親から期待されてたが、この夏で色々と揉めたっぽいし。

 光は、ムラサキの画業のサポートをどの程度続けていくのか――止めるのか。

 さしものオレも、横から口出しするには少々の覚悟がいるお話。

 この面子で遊べる時間は、実はそう多くはない。


「やることが多ければ多い程、ほっぽり出して遊びたくなるんだよな~。ねー秀人」

「ねー笠原くん」

「秀人がノッてくれた……」

「ほんとに大丈夫……?」

「真面目に答えると、心配しなくていいよ」


 こいつらの「心配しなくていい」は、全く信用ならない。


「だめそうだったら、ちゃんと相談するから。相談しないうちは、大丈夫」


 ――お。でも、いくらか成長してる。

 実際に「だめそう」って言うまではやっぱり信用しねぇけど。今日だってぐずぐずしてたし。


「まあそれに、基本的に俺ら、要領良い方だしな~。お前らが思ってるよりは計画的にやってますんで」

「ほんとかなー……」

「そーれーよーり、自分のこと心配しておいた方がいいんじゃねえの、祐希くん? 期末の成績、下から数えた方が早かったって聞いたけど?」

「はぁ!? 何で知ってんの! シュートくん教えた?」

「カマかけだよ、祐希……」

「遊びの前に、勉強会でもするかねぇ。うちの子もちょっと目離すとサボりだすからな〜……寝てるわ」

「はぁっ! 寝てた!」

「そっちが起きるんかい」


 声を上げたのは、ムラサキではなく檜原の方だった。

 だが、まだ覚醒したとは言いがたい様子だ。膝の上に置いたバッグを抱え直しながら、不思議そうに周囲を見回して、首をかしげた。


「まだついてない……?」

「まだついてないよ」

「そっかぁ……」


 秀人が答えると、檜原は再び秀人に寄りかかって、目をつむった。

 馬鹿笑いしそうになって、咄嗟に腕で口を抑えた。


「んでまた寝ッ……た……クッ!」

「ちょっとヒカル、僕の膝叩かないで。……笑っちゃうのは分かるけど」

「完全に寝ぼけてたな。敬語抜けてたし」


 穏やかな夢でも見ていそうな寝顔をしている。

 穿った見方をすれば、隣にいるのを亡くなった父親か、以前の学校にいた友人か何かと勘違いした――とも考えられなくもないが、知らぬが花という奴だ。

 あいつは穏やかで、オレらは可笑しい。今はそれだけでいい。

 寝ている奴らを起こさないように声をひそめながら、オレたちは帰路をだらだらと過ごす。

 日はまだ長い。夏が終わるのはもう少し先だ。

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