第23話
side:小野寺秀人
職員さんに挨拶をして迷子センターを出た途端、頭を浮き輪で叩かれた。
「迷子センターにいるせいで迷子になってるとか、ミイラ取りが云々のお手本か?」
ついさっきまで迷子センターの職員さんと、年端もいかないちゃんとした子供の相手をしていたせいか、敬司の暴力性をいつも以上に強く感じた。この金髪、教育に悪すぎる。
早めに場から離れる必要性を感じて、目的地を決めず歩き出しながら応えた。
「迷子にはなってないよ……。まだ集合時間じゃないでしょ」
「ずっと探してんのに見つからなかったら迷子も同然だろ」
探されていたのか、と少し申し訳なく思う。
何も僕も隠れようとしていた訳ではない。北条くんと一緒にプールサイドでのんびりしていたはずなのに、迷子を見つけたところからだんだんと妙な流れになって、いつの間にか迷子センターで子供の相手をすることになっていた。
ちなみに北条くんは、知らないうちにいなくなっていた。
「まあごめん。それにしても、よくここにいるって分かったね」
「檜原がずっと気にしてるのに見当たらない、ガキに絡まれてたってムラサキの目撃証言、あとお前の性格。この三つの手がかりからオレの金色の脳細胞が導き出した。真実はいつも一つ」
「金色の脳細胞、ばかっぽいなぁ」
「当てただろうが」
「他の人、今はどこにいるの?」
「あー……さっきまでは一緒にいた」
「さっきまで」
「流れるプールにいるうちに、オレ以外の奴らは迷子になった」
「それ、迷子になってるのは敬司の方じゃない?」
「や。まあ、大体どの辺にいるかは当たりついてる」
敬司が向かった先は、併設されている屋内プールだった。
こちらはこちらで、スライダーやジャングルジム風のアトラクションなど、色々と目玉は多い。ただ、年中やっている屋内プールよりも、営業が今月終わりまでの屋外プールの限定感に惹かれるのか、それとも夏の日差しを浴びたいのか、どちらかと言えば屋外プールに行く人が多いようだ。屋内プールは存外空いていた。
そんな中、サヤさんはジャグジーに、一人で悠々と浸かっていた。
「やっぱここいたか」
「お、咲坂くんどこ行って……と小野寺先輩! どこにいたんですか!」
「迷子センター」
「ま、迷子になっておられて?」
「大体そんな感じ」
「あきらかに適当な答えですが……納得しておきます。プライバシー、詮索、良くない」
「お前、秀人とどうなりてぇんだ?」
「え、何急に。小野寺先輩とどうなりたいか……? そんなの三日くらいもらわないと答えられないよ……」
「そんな考えることある? サヤさん」
「あ~……ぬっくいぬっくい」
「敬司は質問ぶん投げたまま放置しないで」
二人とも会話に頭を使っているように見えない。僕も子供たちの相手でいささか疲れているけれど、二人もそろそろ遊び疲れているのかも知れない。
ジャグジーの温かさが体に沁みる。温泉行きたい。
「ところで、他の三人は? サヤさんもはぐれたの?」
「いえ、あっちにいますよ。あっち」
サヤさんはジャングルジムを指した。言われてよく見れば、祐希と笠原くんと北条くんが、ジャングルジムから噴き出る水を浴びてはしゃいでいた。
「楽しんでるなぁ」
笠原くんが普通にはしゃいでいるのは、ちょっと不思議な感じがする。笠原くんは学校でも家でも、表面上では軽いノリに見せかけながら、内心では一歩引いていることが多い――と言うと、何かクールな感じになっちゃうな。性格が悪くて何事にも斜に構えているせいで、いつも心の底から楽しむことができていない、という方が正確か。
今の笠原くんは、構えずに楽しむことができているように見える。
何にせよいいことだ。
「小野寺先輩は何か面白いことありました?」
隣からそう問いかけられた。すぐには答えられずに、少し唸る。
「面白いことって感じでもないけど……小さい子供っていうのは本当に無軌道だなぁとは思ったかなー」
「迷子センターにしか行ってないんですか?」
「いや、最初は子供用のプールでだらだらしてたんだけど、色々あって」
「不審者の発言か?」
「楽しんでるなーって見てただけだよ」
「そこはかとなく怖ぇよ」
「咲坂くん深掘りしないでおこう。じゃあ小野寺先輩、基本的にアトラクションとかでは遊ばずに、一人でいた感じなんですね」
「まあ、そうだね」
「それならあとで、中でも外でも、どこでも先輩の好きなところでいいんですけど、一回くらいみんなで一緒に遊びません? せっかく一緒に来たってのもあるし……」
この子、僕に軽く殺されかけたこと忘れたのかな。
まじまじと顔を見てしまう。気まずそうな苦笑いが浮かんだ。
「止めておきますか」
忘れてはいなかったらしい。
謝罪はしたけれど、さすがにまだわだかまりを完全に消せた訳ではない。表面上は何でもないふりをしているけど、感情の部分にはまだ整理し切れていないものが残っている。水着の購入費と交通費を出した動機にも、ほんの少し罪滅ぼしの気持ちがあった。
元々あまりこういう場所で思い切り遊ぶ性格ではないこともあるけど、まだはしゃぐ気分にはなれないのが、正直なところだ。
「うん、止め」
「あーじゃあ、外のスライダー行こうぜぇ」
遮られた。
「さっき祐希と一緒に行った、浮き輪乗って滑る奴、確か六人乗りもいけたろ。檜原、あいつら呼んでこい」
「えぇ……いやでも、小野寺先輩、今、何か……あんまり乗り気じゃなさそうかな、みたいな気配がしたような、そんな気が、しないでもないような」
敬司を横目に見ると、しらっとした顔で見返された。
「気のせいだろ。行くよな?」
敬司はばかだけどばかじゃない。他人の弱点に対する嗅覚が抜群に秀でている。嫌がらせの才能がある。何も考えずの言葉ではなく、狙っている。
「小野寺先輩……」
それに対してこっちは天然だろうけど、今度は仲違いした人間を遊びに誘う無謀さが嘘だったみたいに気をつかってくる。図々しいんだか遠慮しいなんだかよく分からない。
そんな顔をされたら、僕はかえって断れない。
「気のせいだね。行くよ。全然行く」
「気のせい……でしたか……」
「早く呼びに行っておいで。僕の気が変わらないうちに」
「……はい!」
サヤさんは犬っぽい笑顔を浮かべてジャグジーを出て行くと、急ぎ足に三人のところまで歩いていった。
様子を眺めていると、「全く」と呆れた声がする。
「お前、いつまで自粛するつもり?」
「いつまでと言われても……」
「檜原はあの調子だし、オレらは全部済んだと思ってるし、光だって気にしてねぇし、お前も気にすんなよ」
「笠原くんは、あれはあれで切り替えが早過ぎだとも思うけど……」
笑顔で何か話している四人を見るうちに、少しばからしくなった。
「まあ、いいのか」
「いいんだよ、あれで」
もちろん、まだ到底、納得という気分にはなれないんだけど。
そろそろ自分の反省と後悔ばかりでなくて、サヤさんとの関係をどうしていくかについても、考えるべきかも知れないという気にはなった。
――ただ、困ったことに。
彼女の内に抱えている弱々しさを知ってから、極たまに、かわいく見えるようにもなっちゃったんだよなぁ。
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