第21話
side:田中祐希
「サヤカ、初手でジャグジーはない」
「な、ないとまで言う?」
ヒカルがナンパのために消え、シュートくんがケージくんを探すために消え。
ひとまずどんな物があるのか見たい、というサヤカの言葉で、一緒にプールサイドを歩き始めたけれど「ジャグジーとか行ってよっかなぁ」という呟きに、この人に任せたらだめだなと僕はさっさと見切りをつけた。
「スライダー行こう、スライダー」
「初手スライダーも結構じゃない?」
「いやもうスライダーじゃなくて流れるプールで何でもいいけど。プールだよ? 高校生だよ? 遊ぼ。キャーキャー言おう」
「ジャグジーもいいよ……」
「いいから行くよ!」
それで行ってみたら、スライダー待ちの列の中にケージくんがいた。
「一人で満喫してるなぁ……。咲坂くん、小野寺先輩が探してたよ」
「探させとけ。それがあいつは楽しいんだよ」
「さすがの小野寺先輩もそんな趣味はないと思う」
いやどうなんだろう。シュートくんは誰かと一緒にいなければあんまり遊ぼうとしない。本当にずっとケージくん探してるかも。
まあ、シュートくんも僕らも、お互いに距離感を考えた方がいい、というのは夏の一件で分かったから。心配だけど、とりあえず今は放っとこう。
列の後ろに並び直して、さすがに二人一緒はまずい気がして、それぞれでスライダーを滑る。サヤカの様子が見られるかなと思って先に滑っておいたら、プールから上がる時に後ろから、水音に混じって笑い声が聞こえてきた。
「楽しかったー!」
無邪気過ぎる笑顔に、釣られて笑った。
ちょっと安心もする。
「でしょー? もう一回行く? 他のところ行く?」
「色々行ってみたい!」
「じゃあ次、あっちの浮き輪乗って滑る奴やろうぜ!」
「うっわぁ!」
先に滑って待っていたケージくんに背後から肩を組まれて、サヤカが飛び退いた。
顔がじわじわ赤くなる。
手のひらで顔が隠された。
「……さ、触んな」
「童貞か?」
サヤカには悪いけどしっくり来た。
「女ですー……。いや普通に、いきなり他人の直肌はびっくりするでしょ。しないの?」
「しねぇよ。いつまで思春期やってんだお前」
「え、私が変なの……?」
「変じゃないよサヤカ。こいつぜんっぜん下心で適当言ってるから。さっきからずっと通りすがる女の人横目で見てるし。拒んで正解」
「あぁ? 普通に見てるだけでそんなん言われるの心外なんですけど~。自分が下心で見てるから他人も同じように見えるだけだろ。祐希くんのエッチ」
「違うし」
「じゃあ檜原の水着見ても何とも思わないんだな?」
「いや別に――」
あっぶね。「はい」でも「いいえ」でもミスになる質問止めろバカ。
「ぼ、僕のことは関係ないでしょ。サヤカを騙すな、って話をしてんの」
「はー、ガキ共がうるせぇな。いいから次行こうぜ」
「何が「いいから」だよ」
腹は立つけど、せっかく六人で一緒に遊びに来たのに、全く一緒に遊ばずに終わるのも何だということで、今度は浮き輪に乗って滑るスライダーの列に並ぶ。これなら多少触れることはあっても、密着まではしない。
でもまあ、それでも、カップルか同性同士の組み合わせが多い。
「……何か、ずっと誤解を受けている気がするんだけどさぁ」
誤解、と聞き返す声が、ケージくんと重なった。
「私、自分で言うのも何だけど、かなり地味な女子と言うか……本来、教室の隅にいる方の女子なんだよね。同級生にも檜原さんって呼ばれるタイプの。ふざけたら「檜原さんってふざけることあるんだねー意外ー」って言われるタイプの。お腹出てる水着なんか絶対買わないタイプの。さすがに家政婦って立場になって、色々と頑張りはしたけど」
「別に誤解してねぇよ。こっちが愛想よく絡みに行っても引き気味に笑って逃げるクソノリ悪いカス女と同じタイプだと思ってる」
「そんな悪く言われる筋合いはないが? 咲坂くんが愛想いい時って大抵カツアゲかイジリだし、誰だって逃げるよ」
口ではサヤカが言ってくれたので、僕は脛を蹴っておく。
「何となく分かるよ。サヤカ、実は内弁慶気味だよね」
「はっきり言うなぁ。まあ……うん。本来はそうなんだよ」
「それで? それが?」
「だからさー……私、男子……男友達? ……と休日に遊びに行くのとかも、はじ……あんまりなくて。あらためて考えてみたら、ノリが分から……ん。のよね。正直」
ほんのり顔を赤くしつつのその言葉に、ケージくんと二人で無言になる。
これ、もし恋人の立場で言われてたら、かなりヤバかったな。初々しさってこういうのを言うのか。
「同性同士の方が遠慮しないでいいだろうし、一人でゆっくりしようかなーとか思ってたんだけど……みんな巻き込んではしゃいでいいの? 私の立ち位置における正解って……何?」
こっちに聞かないでほしい。
サヤカの気持ちは分からなくもない。最近まではお互い、何か秘密を隠しているんだろうという探り合い、警戒の雰囲気があったから一定の距離が保たれていたけれど、その辺りが解決してからここ最近、距離感を測りかねているところはある。異性だからという理由も込みで。表立っては言わないけど、みんなそうだと思う。
そもそも、この六人は友達なのかってところも微妙だ。六人で遊びには来るけれど、各々好きなところに行っている、みたいなこの現状が良い例だ。お互いに趣味とかは合わないけど、一応、変な連帯感はある。
「まあまあまあまあ!」
「う、うるさ。外では静かにしてよ。目立つ」
「考えんな。正解とかねぇから。どん詰まってから悩め」
「どん詰まってからじゃあ手遅れじゃない?」
さすがにこのケージくんの言いようは適当過ぎるけど、一理ある。
「せっかく遊びに来てるんだから。そんな色々考えずに、楽しそうなこと全部やったら?」
「うん……」
「サヤカが楽しんでたら、見てるこっちも楽しいし。今更サヤカが変なことしたって、引く奴もいないし」
と言うかもう引く以上のことされたし。
それでも誰もサヤカを嫌いにはならなかったんだから、ノリがおかしいくらいで距離を置く奴は、プラントポットにはいないと思う。
サヤカは「そっか。ありがとう」と笑うけど、まだ微妙に自信がなさそうだった。それを見て、僕ももう少し真剣に考える。
「まあでも、気持ちは分かる、かなー……」
そう言えば前、それぞれアナウンサーとモデルをしている二人の姉に連れられて、女子会に何故か連れて行かれたことがあった。他人に話すと羨ましがられるけど、あんなに居心地の悪さを感じたことはなかった。外国にいるみたいな疎外感、一人でいる時以上の孤独感。ノリが分からないっていうのは結構キツい。ある意味では実家以上に嫌だった。
「んー……とりあえず、今日は僕、サヤカと一緒にいるようにしよ。何か、例えば本当に心底スライダー嫌だとかお腹痛いとか疲れてきたとか、全員に言いにくいことあったら、こっそり僕に言って。何とかするから」
「え、あ、何かごめん。大丈夫、そこまでしてくれなくても。ノリが分かんないって、それだけの話だし……スライダーは楽しかったし」
「まあサヤカから言われなければ、特にお節介はしないよ。ただ、サヤカは今日、何をしても一人になることは絶対にない、ってことだけ、頭に刻んでおいて」
そう言うと、やっとサヤカの顔から、不安そうな気配が消えた。
「ありがとう、祐希くん。何か……かなり安心したかも」
「サヤカなら大丈夫だとは思うけどね、僕も。まあ、でも、一応」
できるだけ心置きなく楽しんでほしいから。
ケージくんが冷やかすような口笛を吹いた。
「かっこいー祐希くん」
「……言ってろバーカ」
自分でも、ちょっと背伸びしてるなとは思うけど。
サヤカにかっこよく見られたいんだから、そりゃ少しはかっこつける。――自業自得ではあるけど、たぶんちょっと背伸びしたくらいじゃ、手のかかる弟扱いからは抜け出せないし。
「何かあったらケージくんじゃなくて僕に! 相談してね! サヤカ!」
「はは、うん。頼りにしてるよ祐希くん」
一歩ずつ頑張っていくしかない。
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