第3話
side:小野寺秀人
「あ、小野寺先輩だ! 小野寺先輩小野寺先輩!」
「おい、はしゃぐな。犬かお前は」
横合いから聞こえた声に、僕は無視をしようか、少し迷った。
理事長からの許可が出たとは言え、男女混合の子どもが六人、保護者のいない場所で共同生活を営んでいるという事実は、隠すべき事柄だ。隠すためには、学校でもできる限り、関わらない方がいい。
特に今は、後夜祭の体育館。一応クラスごとにいるべき位置は決まっているけれど、いつもの全校集会などと違って誰も守らず、皆、好きな場所に散らばっている。誰がどこで聞いているのか全く分からない状況だ。
だけれど、さすがに目の前に立たれてしまったら、無視という訳にはいかないな。
「どうも、サヤさん。楽しんだみたいだね。お化け屋敷をやったんだっけ?」
「はい! 私はお化けに向いているかもしれません」
「犬だかお化けだか」
馬鹿にした風ではあるけれど、敬司の目は優しい。
こいつも丸くなった。
いや、単にサヤさんを好きになっただけか。
どちらにしても、ずいぶんと変わってしまった。文化祭に来ることだって、夏までは考えられなかった。中学の時の文化祭は、結局ずっと欠席だった。
その変わり様には、いまだに複雑な気分にはなるけれど、顔には出さない。
「敬司も来てたんだね、珍しい」
「おー。母さんに、こいつに会わせろって頼まれてな。一人で寄越しても良かったんだが、一人にさせたら余計なこと言われそうだったから」
「あぁ、おばさん来てたんだ」
「来てたぜー。そう言や、お前のことはちらっとも言ってなかったな。もしかして嫌われてんの?」
「僕とは時々会ってるからじゃないかな。定期的に連絡もしてるし」
敬司と祐希について報告するために、咲坂家と田中家とは、時々連絡を取っている。会う必要性は感じない。
ただ、恐らく、良く思われてもいないだろう。僕のしていることは、家出している友達を保護していると言えば聞こえは良いけれど、家出先を提供して、家出を幇助しているとも言える。
敬司は自分で聞いた割にどうでも良さそうな相づちを打った。サヤさんに至っては何か探すように、全く違う方向を見ている。
「あ、光さんがいる。……けど、女の子と一緒だなぁ」
「女と一緒? 絡みに行くっきゃなし」
「え、やだよ。行くなら敬司くんだけで行って」
あれ?
「咲坂くん、じゃなくなったんだ」
サヤさんは「あぁ、はい」と今思い出したかのようにうなずいた。その様子を見ると、呼び方の変更は彼女にとって、大したことではないらしい。
「咲坂さんとかぶるから、変えたんです。敬司くんもその方がいいらしいし」
「そうそう。名字って呼びってよそよそしいだろ? なあ、小野寺先輩?」
僕はどっちでもいいけどなぁ。
何なら僕はサヤさんに対して、微妙に恨みがある。敬司と祐希の保護者役という立場を、半ば「消滅させられた」という恨みが――いや、恨みというのは言葉が強いか。夏休みの事件で、憎悪に近い思いは解消された。
今となっては、ライバル意識、くらいが適当かもしれない。
だから、よそよそしいくらいでちょうどいい。
「別に、名字で呼んでるのに、そんな意味ないけど……。大体そんなこと言ったら、敬司くんこそ私のこと名字で呼ぶでしょ」
「名前で呼ぶこともあるだろ、清佳ちゃん?」
「私を舐め腐ってる時ね」
敬司、好きな女の子にこんな認識をされていていいんだろうか。
「――秀人先輩、って呼んだ方がいいですか? それとも秀人さん?」
敬司には意味はないと言いながらも、律儀なサヤさんはそう問いかけてきた。
「そう言えば、光さんには、光くんって呼〜んで、って言われたんですよねー。初対面で。妥協案でさん付けになりましたけど」
「はは……」
笠原くんは、人との距離感に癖があるからなぁ。
あの馴れ馴れしさが好きだという人もいるのだろうけれど、僕は真似しようとは思えない。サヤさんも基本的には僕と同じタイプだ。何故か僕に対してだけは、嫌がらせみたいに妙に懐いてくるけど。
「僕のことは、好きなように呼べばいいよ。小野寺でも秀人でも、先輩でも、さんでも、くんでも。あんまり上下関係を気にする方でもないから」
「意味はないとは言えさすがに、呼び捨てやくん付けは難しいですね……。前も言った通り、私はファンクラブを復活させたいくらいには、小野寺先輩を尊敬してるんですよ」
「かつてファンクラブがあった、みたいな言い方は止めてね。あったことないでしょ」
サヤさんのこれだけはよく分からない。僕のどこに尊敬できる箇所があるんだろう。
かなり、酷いことをした記憶しかないんだけどな。
「まあ、じゃあ、小野寺先輩のままで」
「うん」
現状維持。いいんじゃないだろうか。
変化が必ずしも良い結果を生むとは限らない。
例えばそう、呼び方が「咲坂くん」から「敬司くん」に変わったことだって、揉め事を引き起こしかねない。
「お。檜原、ムラサキいた。ちょっかいかけに行こうぜ」
いや、揉め事が悪いこととも、限らないのか。――難しいな、人間関係って。
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