第2話
side:咲坂敬司
文化祭なんてつまんねぇもんだと思って、今までずっとサボってきたが、案外悪くねぇじゃねえか。
面白いって程でもねぇけど。
ちゃちなことしてんな、と思う。ペラい普通紙やお花紙で、何とかアラが見えないように飾り付けているが、その飾り付けこそがアラになっている。屋台飯は大してうまくもなく、ステージ発表は目も当てられない出来。クラス展示にも目新しいものはない。
ただ、大して面白くないのが自分のせいだってことは、まあ分かってる。学校でのイベントが楽しいのは、自分がその学校の身内だからだ。文化祭で言えば、その準備に深く携わって祭の内側にいたり、内側にいる奴とつながりがあるから、楽しいと思える。一言で言えば内輪ノリ。
だから、文化祭準備に全く関わることなく、祭の内側にいない、あくまでお客さん気分のオレは、心底からは楽しめない。
そういう自分の非を差っ引いて見た場合、文化祭は、悪くなかった。装飾からは健気さを、屋台飯からは努力を、ステージ発表やクラス展示からは青い春を感じた。賑わっているところを見ると、まあ良かったんじゃねえの、と思った。
だが、さらに深掘りして、そもそも何でオレは祭の内側にいねぇの、って理由まで考え始めると、再び印象は反転する。オレが準備に参加しなかったのは、もちろん面倒くさかったのが第一の理由ではあるが、クラスの連中から「お前は邪魔をするな」という無言の圧を出されていたから、だ。
そういう雰囲気を出されるからぶっ壊したくなるんだよな――という話は置いておいて、つまり、咲坂敬司はクラスの連中に、文化祭という内側から排除されていたということになる。その雰囲気を尊重し、極力準備には顔を出さないでいたことが、オレの唯一の文化祭準備だったとも言える。楽しみたくても楽しめない場ができていた。
オレを排除した連中の健気さ、努力、青春なんて、クソ喰らえだ。
それでも、全員が全員、オレを排除しようとした訳ではなく、むしろ引き込もうとした奴もいる訳で――などと考えていると、キリがない。
よってオレは、今までだらだらと考えてきた自分の感想を全部捨てて、無思考に言われるがままに文化祭を案内するのでした。
言われるがまま。
そう。悪くないけど良くもない文化祭をオレがサボっていないのは、自分のためではなく、他人のためだから。
他人と言うか。
「敬司、敬司。清佳ちゃんから「今ならすいてるので、良ければおいでください」って連絡来た。早く行きましょう。案内して!」
「いい年してはしゃぐんじゃねえよ」
血のつながっている相手への無遠慮さで、母さんはオレの背中をばしばしと叩いた。
さすがに毎日通っている学校だ。あらためてパンフレットを見るまでもない。オレは檜原清佳の在籍しているクラスが演し物をしている教室に、足を向けた。
あれは四月の頃だったか。まだ出会って間もない頃だ。
オレは清佳と、五百円の借金で喧嘩をした。
その経緯は今は置く。関係があるのは、その揉め事の過程でオレの母さんが、清佳と知り合いになったという事実だ。
その時から母さんは、「息子に新しくできた、数少ない善良そうな女友達」である清佳を気にしていたらしい。オレが実家に帰っていなかったので、その心配はしばらくタンスの中に仕舞われていたようだが、オレが夏休みに帰省して、話し合いやら謝罪が一段落した途端、母さんは言い出した。「清佳ちゃんと最近は会っている?」「清佳ちゃんに迷惑をかけていない?」と。
ちらっと「まあ会ってる」「迷惑はかけられてる」などと話はしたものの、オレにはどうも信用がないらしく、母さんは同じことを何度も聞いた。
で、じゃあ本人に直接聞けや、となった。
ただ、清佳をオレの実家に連れていくのは若干、意味合いが変わって来ると言うか勘違いされそうと言うか。しかし、一緒に生活しているプラントポットの方に呼ぶ訳にもいかない。外で会おうにも、近場にはいい店がない。
それで、外部の人間が出入り可能な文化祭に、母さんを連れていくことになった、という訳だ。
「つーか、檜原の連絡先知ってるのかよ、アンタ。じゃあわざわざ本人と会う必要ねぇじゃねえか」
「何言ってるの。言葉じゃ聞きにくいこともあるでしょう。直接、顔を見ることが大切なのよ」
言っているうちに、目当ての教室が見えた。入り口にはぽつんと受付が座っている。オレが近づいていくと、受付は目を泳がせた。おい、客に対する態度じゃねえだろ。なってねぇな。
「おい、今入っていいんか?」
「ちょっと敬司、その態度はどうなの」
「うっせぇな……」
「すみません、こちらのお化け屋敷に入りたいんですけど、今、入って大丈夫ですか? この子と二人」
「あ、お客さんでしたか! どうぞどうぞ。こちらの提灯を持って、祠にある御札を取って、出口に向かってください。提灯は終わった後に、受付に返却をお願いします。ではいってらっしゃ~い」
アトラクションをやるつもりはなかったのだが、入ることになってしまった。
高校生にもなって、母さんと二人でお化け屋敷て。
終わってから清佳に何か言われそうだなと思いつつ、断り切れずにお化け屋敷に入った。意外と力の入った見た目に少し驚く。そう言えばこのクラスにはムラサキもいるんだったな。美術関係で、さぞかしこき使われたんだろう。いい気味だ。いつもやたらオレに突っかかってくる罰だ。
母さんは年甲斐もなく、結構楽しんでいた。
回り終わって、受付に提灯を返していると、通り過ぎたばかりの出口から、ついさっき見た覚えのある幽霊姿が出て来た。
顔の前に垂れ下がる髪を避けながら、彼女は笑みを浮かべた。
「咲坂さん、来てくれたんですね!」
「清佳ちゃん! 元気そうね~!」
「今は
息子の友達と言うよりは、友達同士の距離感で再会を喜んでいた。オレが思っていた以上に仲が良かった。単に息子の友達だから会いたがっているのだと思っていたが、案外、息子の友達という以上の思い入れがあったのかもしれない――そう言えば五百円の件の時、食い物や服を譲ってたな。
こうなると居心地が悪い。オレは廊下の壁に寄りかかって、女同士の和気あいあいを眺めることにする。
「お化け屋敷、敬司くんと一緒に回ってくれてましたね。どうでした?」
ふと、清佳の口から出てきた自分の名前に、おぉと思った。いつもは「咲坂くん」と呼ばれている。母さんと差別化するための、他意のない変更だろうが、ちょっとばかし気分が良い。
プラントポットにいる五人の中で、名字で呼ばれているのはオレと、秀人だけだ。
呼び方、呼ばれ方っていうのは、人間関係において重要なファクターだ。例えば、恋人になったら相手の呼び方を変える、って人間は珍しくない。名前呼びは、概ね、距離が縮まったという感覚を与えるから。
それが嫌いな人間であったなら、距離が縮まることはマイナスでしかない。だが、オレは光と違って、清佳が嫌いではない。むしろ割と好きな方だ。金を貸してくれるし、料理と掃除ができる、便利な奴。頑固だが大体は扱いやすい。
あとまあ、たまにかわいく見えることもある。
距離が縮まるのは普通に嬉しい。今だったら五百円くらい許してくれねえかな。だめか。
「元気そうな顔を見られて良かった。もし良かったらまた、家に遊びに来てね。前と違って大したものはあげられないけど、お茶菓子くらいは出せるから」
「咲坂さんと会えるだけで嬉しいです! 敬司くん引っ張って遊びに行きます」
話が一段落したようなので、壁から背中を離した。
「おい、母さん、そろそろ帰ろうぜ。大体回ったろ」
文化祭は悪くはないが、やっぱり、家でゲームでもしている方がまだ楽しい。
「敬司は帰っちゃ駄目でしょう。生徒なんだから。そうじゃないの?」
「はぁ?」
「あー……一応、生徒は帰りのホームルームまではいなきゃならない、ってことにはなってますね……」
清佳の言い方からして、オレ以外もさっさと帰ったりしているんだろう。だが、母さんは「ほら」と眉をひそめて、オレをにらんだ。
他の人間なら無視して帰るところだが。
オレは、母さんには弱い。
出ていった父親の代わりに、母さんを守ろうと強くなったくせ、初心を忘れて母さんを殴った。その上に殴ったことを謝れず、今年の夏休みまでずっと逃げ続けていた。もう謝ったし許されたが、後悔と負い目はまだある。
「……わぁかったよ。残りますー」
「清佳ちゃん、敬司のことよろしくね」
「了解です!」
知らないうちに、何とも面倒くさいタッグが結成されたものだと、顔をしかめた。
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