第55話 和合
「坂上……」
貝殻やゴミが集まり人型となったそれは、今まで戦ってきたゴーレムよりも遥かに小柄で、二メートルあるかどうかといったところだったが、ゲルズさんの肉体から解き放たれたことで、より一層剥き出しになった殺意と憎悪を迸らせる姿は、僕を戦慄させるのに十分なものだった。
生身の状態でも、ある程度は粘れるのではないかと考えていた過去の自分が、どれだけ愚かだったのかを思い知らされる。
ここからが本番だ――
「ゲルズさん、お願いがあります」
彼女を砂浜にそっと下ろしながら、僕は言った。
「……えっ?」
「決して、手を出さないでください」
返答を待たずに、僕はバルファスのいる方向に向かって足を踏み出した。
相変わらず殺意は全開だが、まだ攻撃を仕掛けては来ない。
おそらく、腐っても戦友であるゲルズさんを、巻き込みたくはないのだろう。
逆に言えば、彼女を巻き込む心配がない距離まで近付いた瞬間――
「坂上ィィィィィィィ!!」
予想通り、バルファスは絶叫し、拳を振り上げながら迫ってきた。
僕は冷静にそれを見極め、体を捻ってかわす。
続く裏拳は手のひらで受け止め、そのまま軽く跳躍して距離を取る。
するとバルファスは一瞬にしてこちらに肉薄し、嵐のような攻撃を浴びせてきたが、僕は一切の反撃を行わず、防御と回避だけに専念した。
そう。
僕が考案した「バルファスの怒りを鎮める方法」というのはこれなのだ。
彼はゲルズさんのように、言葉で説得できる相手でも、そうすべき相手でもないことは明白である。
かといって、武力で討伐すべき敵でもない。
そうした相手に対して、取るべき方法は一つしかないだろう。
すなわち、言葉ではなく行動によって、「自分は先祖とは、信義とは違う」ことを示す、という方法だ。
僕がこうした発想に至れたことには、生兵法とはいえ合気道の「和合」の精神を学んでいたことや、インドの偉人マハトマ・ガンディーの「非暴力・
言葉でしか知らなかった「
無論、僕だって死にたいわけではないし、誰が相手であっても、このような方法を選択するわけではない。
バルファスに対してなら通用するかもしれないと、彼の行動の断片から判断したからこそ、こうして「非暴力的抵抗」を行っているのだ。
そして実際、目の前の相手に対して、この手段は完全に効果がないというわけではなさそうだった。
「…………?」
攻撃の手を止めてはいないものの、明らかにバルファスは困惑しており、当初よりも動きが鈍くなっている。
だが、まだだ。まだ足りない。
罠を警戒しているだけ、という可能性もある。
僕が信義のように、武力や暴力のみを信ずる人間ではないということを伝えるには、もう少し時間が――
そう考えた時、僕の視界の隅に、攻撃魔法を発射しようとしているゲルズさんの姿が映った。
まずい。
あれはおそらく、援護射撃のつもりだ――
ゲルズさんの手のひらからエネルギー弾が放たれるのと、僕がバルファスを庇って射線上に出たのは、ほぼ同時のことだった。
防御魔法の展開は――間に合わない。
三大欲求のバランスが崩れていない優秀な魔法使いの攻撃をまともに食らい、僕はフレイヤさんとの「
やってしまった。
まだ、バルファスの怒りを鎮めることはできていないというのに。
地獄への道は善意で舗装されている――
砂浜に仰向けで倒れた僕の脳裏に、そんな言葉がよぎる。
ゲルズさんの行動は、おそらく「バルファス相手に防戦一方の僕を助けたい」という、善意によるものだったはずだ。
あらかじめ、彼女と作戦を共有できていれば、こんなことにはならなかったのだが――それは不可能だった以上、今更どうこう言っても仕方がない。
それよりも、どうにかしてフレイヤさんたちを逃さなければ――
僕はそう考えて、数メートル離れた場所に倒れた彼女に向かって、バイクの鍵をポケットから取り出して投げた。
近くに止めてある僕の愛車はスクーター、すなわち
間近で何度も、僕がエンジンを始動させる様子や運転中の様子を見ていたフレイヤさんであれば、ゲルズさんを後部座席に乗せて、逃げることも不可能ではないだろう。
もっとも、困難であることには違いないが――後は彼女の勇気と聡明さ、そして行動力を信じるしかない。
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