第49話 覚醒魔法
公爵は一切の見返りを求めておらず、本当に下心は何も抱いていなさそうだったので、僕たちは彼を信用し、王から簡潔に話を聞いていただけの彼に、詳しい事情を説明することにした。
「なるほど……おそらく、一週間というのはバルファスが娘の肉体を完全に乗っ取るのに要する時間でしょうな」
「完全にって……そうなってしまったら、終わりなのではないですか?」
「失敬、言い方がまずかったですな……娘の意識を完全に封じ込めるのに必要な時間、と表現すべきでした」
フレイヤさんに問われ、公爵は訂正する。
「それって、どう違うんですか?」
だが、それでも納得が行かず、僕はそう尋ねた。
「いかにバルファスといえど、我が娘の意識――魂を消し去ることはできないはずだ、ということです。いや、厳密に言えば可能ではあるのかもしれませぬが、そうする可能性は極めて低いでしょう」
「どうしてですか?」
僕はバルファスの良心を信じてはいるが、そうではないであろう公爵がそう主張する根拠がわからなかったので、間髪を入れずに質問する。
「奴らが擬似的な『
そういえば、ゲルズさんの肉体を強制的に乗っ取ったにも関わらず、心身を一致させた僕たちの「
素の力が「一」しかない僕が「
「『女の魂』まで欠く状態になってしまったら、その力は更に低下し、我々と戦えるレベルではなくなってしまう……と」
「はい。ですから、『覚醒魔法』によって我が娘の意識を呼び覚まし、彼女にバルファスの魂を自分の肉体から追い出させれば、ゲルズの救出は叶いましょう」
フレイヤさんの推測を、公爵は首肯した。
「わたくしも結人さまも、覚醒魔法は使えないのですが……」
「なあに、覚醒魔法は簡単ですからな。勇者様であれば、一週間もあれば習得できるでしょう。それよりも問題なのは……覚醒魔法をどう当てるかという点と、当てた後にどうするかという点です」
「確かに、覚醒魔法は本来、味方に使うものですから、肉薄しなければ当たらないでしょう。しかし、当てた後の問題というのは……?」
当然といえば当然だが、こちらの世界で生まれ育ったフレイヤさんは、覚醒魔法というのがどういったものなのか、説明されなくても理解しているようだった。
もっとも、話を聞いていれば、「なんらかの理由で眠ってしまった味方を起こすためのもの」だろうと察しはつくので、わざわざ解説を求めたりはしないが。
「殿下は不自然だと思いませぬか? それだけ強い憎しみを抱いているバルファスが、八百年もの間、潜伏していたことが」
「憎悪が強いからこそ、現世に留まることができたのでは?」
「それは奴の魂が消滅しなかった理由であって、復讐を決行しなかった理由ではないでしょう……これは私の推測ですが、奴は心に闇を持ち、なおかつ自分の魂を宿すことで『召喚魔法』が使えるようになる人材を探していたのではないかと思うのです。ただでさえ、召喚魔法は使い手が少ないですからな。この条件に合致する者は、そうはおらんでしょう」
「バルファスがそこまで、召喚魔法に拘った理由は?」
公爵にそう聞いたのは、フレイヤさんである。
「部下を皆殺しにされた奴には新たな駒が必要だった、という理由もあるとは思いますが……それよりも、もしもの時の保険という面が大きい気がしますな。契約者と自分の利害が一致しなくなり、その肉体から追い出されることになったとしても、その直前に召喚魔法を使えば、自身をゴーレムとすることも、バルファスであれば可能でしょう」
「なるほど……」
だからバルファスは砂浜を戦場に指定したのかもしれないな、と僕は思った。
あそこなら貝殻や海藻、それにゴミなど、ゴーレムの素材となる物には事欠かない。
「では、そのバルファスの魂が宿ったゴーレムを倒せば、脅威は去る……のでしょうか」
「一時的にはそうなるでしょう。ですが、それで奴の魂が滅びるとは思えませぬ。むしろ、ますます恨みを募らせて、いずれまたゴッドランドを襲うものだと思われます。そうなれば、今度こそこの国は……」
自信なさげなフレイヤさんの言葉を、公爵は消極的に否定する。
「………………」
「あ、あの……」
重苦しい沈黙が場を支配する中、僕はおずおずと手を挙げた。
「それについて、僕に考えがあるんですけど……ゴーレムになったバルファスって、ゲルズさんの肉体を使っていた時よりは弱くなるんですよね?」
「相当、弱体化すると見て良いでしょうな」
「だったら――」
そう前置きして、僕は先日、バルファスと戦った直後に浮かんだ、「彼の怒りを鎮めたい」という考えと、それを実現するために思案した方法を二人に話した。
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