第50話 地獄の底まで
「………………」
僕の話を聞いたフレイヤさんはしばらくの間、下を向いて押し黙っていたが、やがて口を開き、
「なぜ、結人さまがそこまでしなくてはならないのでしょうか……?」
と、困惑に満ちた顔で言った。
「えっ?」
「巻き込んでしまった張本人であるわたくしが言うのも、おかしな話ではありますが……これは本来、我々ゴッドランド人と魔族の問題です。結人さまがバルファスに対して、引け目を感じる必要はないでしょう。まして、そのような危険を冒されることは……」
「ですが、殿下。この件を根本的に解決する方法は、他にないと存じますが……」
「……我々は八百年前、自分たちの手で魔族との紛争を解決するのではなく、信義公という都合良く現れた救世主に、それを委ねました。そのツケは、自分たちで払うべきだとは思いませんか?」
横槍を入れる公爵に、フレイヤさんが反論する。
「それは……」
「僕は、巻き込まれたなんて思ってませんよ」
公爵が口ごもる中、僕はフレイヤさんを見ながら微笑を浮かべた。
正直、最初はそう思っていたが、今は違う。
ゲルズさんを助けたいという望みも、バルファスの怒りを鎮めたいという気持ちも、誰かに押し付けられたものではない。
どちらも僕自身が、自然に抱いた感情だ。
「それに、これ以上憎しみを募らせるのは、バルファスにとっても不幸なことじゃないですか? だから、この方法が一番良いんです」
八百年前のツケはゴッドランドの人々が払うべきだというフレイヤさんの考えは、正論ではあるだろう。
だが、それではあまりにも救いがなさすぎるのではないか。
「ですが……」
「でも、危険で無謀な賭けであるのは確かです。だから……ゲルズさんを解放することに成功したら、ゴーレムと化したバルファスとは、僕一人で向き合おうと思ってます」
フレイヤさんは何か言いたそうな様子だったが、うまく考えがまとまらないようだったので、僕は自分の話を続けた。
実際、バルファスの怒りを確実に鎮められるという保証はないし、失敗したら確実に殺されるだろう。
それなら、犠牲になるのは僕一人でいい。
彼女を巻き込む必要はない。
別に、自己犠牲に陶酔しているわけではない。
僕だって、できれば死にたくはない。
だが、それ以上に――好きな女の子の命を、危険に晒したくはなかった。
「い、いくらなんでも……それは無謀すぎるのでは……」
「そうですね……でも、勝算がまったくないわけじゃないですよ」
フレイヤさんが声を震わせる中、僕はそう言って軽く深呼吸をし、エネルギー弾による攻撃を防御するイメージを描きながら右手を突き出した。
その結果として生成された防壁は、「
「バルファスが相手では、こんなものは紙切れ同然でしょう!?」
「そうかもしれませんけど……ないよりはマシでしょう」
それまで沈んだ表情だったフレイヤさんが急に叫んだことに、若干の驚きを覚えつつも、僕は答えた。
「それを言うのであれば……『
『
故に、ゲルズさんを救出するまではともかく、自らをゴーレムと化したバルファスが相手では、解除されてしまうのは明白なのだが――フレイヤさんはいったい、何を怒っているのだろうか。
「それはそうですけど……でも、それだと失敗した時、フレイヤさんも巻き込んでしまうことに……」
「結人さまは、そのようなことを気になさっていらしたのですか?」
フレイヤさんは笑った後、一転して真面目な表情になった。
「わたくしは確かに、結人さまがバルファスの憎しみを受け止めることには反対です。ですが、それはあなたさまの身を案じているからであって……あなたさまを死地に置き去りにすることは、もっと嫌なのです」
「フレイヤさん……」
彼女が切実な想いを抱いていることは、顔を見ればわかる。
だが、僕はそれでも、まだ迷っていた。
ゲルズさんの存在がストッパーになっていた可能性はあるとはいえ、今のところゴッドランド人を殺してはいないバルファスは、おそらく僕さえ殺せば満足するだろう。
無論、僕だって死にたいわけではないが、どのみち勝算が薄い以上は、失敗した時の犠牲を少なくしたほうが賢明なのではないか――
「地獄の底までお供をさせてください、結人さま」
僕はそう思っていたのだが、フレイヤさんが寂しげな微笑を浮かべながら発したその言葉で、考えを改めるに至り、同時に彼女の怒りの理由も理解した。
一人でバルファスと対峙しようとしていた僕のことを、水臭いと感じていたのだ。
そもそも、僕とフレイヤさんは二人で一人、一蓮托生の存在であり、戦友同士である。
それなのに、最後の戦いには一人で挑もうとするなど、彼女が不満を覚えるのも当然のことだろう。
だが、それでも僕は「バルファスの攻撃によって『
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