第47話 怨念

「黒幕の正体は、古の魔王バルファス……」


「そのようですね……」


 バルファスが去った後、「融合変身メタモルフュージョン」を解除した僕が呟くと、意外なことにフレイヤさんは冷静な口調で答えた。


「驚かないんですか?」


「はい。召喚魔法など使えないはずのお義姉さまの背後に何者かがいることは、以前から予測していましたし……それが信義公に強い恨みを持っているバルファスであれば、お義姉さまが結人さまを亡き者にしようとしていたことにも説明がつきますから」


「でも、バルファスって八百年前に死んだはずの存在なんですよね……? 確か、魂って質量を持たないから、すごく不安定な存在だったと思うんですけど……」


 フレイヤさんから「融合変身メタモルフュージョン」しても魂が混ざらない理由を聞かされた時のことを思い出しながら、僕は言った。


 勇者という存在に対して、あれほどまでに強い恨みを抱いているバルファスが、復讐を開始するまでに八百年もの年月を要した理由は、「自分の器となるのにふさわしい人物が現れなかったから」としか考えられない。


 そしてそれは魂だけの状態で八百年間、現世に留まり続けたということでもあるはずだ。


「通常はそのはずですが……おそらくは魔族を、同胞を皆殺しにされたことによる怨念が、不可能を可能にしたのでしょう」


「………………」


 そう。


 バルファスは自身だけではなく、同胞まで皆殺しにされたのだ。


 その憎しみの深さは、想像を絶するものだろう。


 もっとも、大量虐殺ジェノサイドを行ったのは遠い先祖の信義であり、僕、結人ではないので、バルファスから命を狙われるのは、迷惑な話ではあるのだが――僕は必ずしも、彼の行いが筋違いだとは思わなかった。


 親の罪は子に及ぶものではない、と言うのは簡単だ。


 だが、


 日本でも、今も明治維新を賛美している萩市=長州藩が、会津若松市=会津藩に、「もう戊辰戦争から百五十年も経ったのだから、過去のことは水に流して姉妹都市になろう」と提案するも、「まだ百五十年しか経っていない」と断られたことがある。


 異論は多々あるだろうが、これは会津の側に理があると僕は考えている。


 地域間の対立にしても、個人間のいじめにしてもそうだが、加害者、勝者の側から「過去のことは水に流そう」と主張することほど、「やられた側」の神経を逆撫でする行為はないからだ。


 ましてや、バルファスは自身の命まで奪われたのだから、八百年前の出来事とはいえ、その怨念は、会津人のそれを上回るのではないか。


 だが、それならなぜ、彼はゴッドランドの人々を殺そうとはしないのだろうか?


 一瞬、そんな疑問が僕の中で浮上したが、その答えはすぐに見つかった。


 考えられる理由は二つ。


 一つ目は、バルファス自身が大嫌いな信義と同じになりたくなかった、というものだ。


 ゴッドランドで大規模な民族浄化ジェノサイドを行ったのであれば、自分は信義と同質の存在となってしまい、その復讐は正当性を失う――そう考えのではないか。


 二つ目は、彼が手を貸したゲルズさんに止められた、というものである。


 当初、ゴッドランド人を皆殺しにしようと主張していたバルファスが彼女に説得され、「性欲を奪うことで緩やかに絶滅させる」という方法で妥協したのかもしれない。


 そう考えれば、ゲルズさんが「こちらの弱点を探る」という名目でバッグサーに潜入していた理由も見えてくる。


 おそらく、僕の暗殺を主張するバルファスを、彼女が止めてくれていたのだろう。


 いずれにせよ、バルファスが今まで、ゲルズさんの「ぬるい」やり方を許容していたのは確かだ。


 それはつまり、彼の中にも良心が残っているということの証左ではないのか?


 だったら僕は、どうにかしてその怒りを――


「結人さま、どうなさったのですか?」


 その時、ずっと黙考していた僕に、フレイヤさんが心配そうな顔で尋ねてきた。


「ああ、いや、なんでもないです」


 バルファスとどう向き合うかは、もっと具体的に考えてから話すべきだろう――


 僕が本心を言わずに誤魔化したのは、そう判断したためである。


「なら良いのですが……ひとまず、ゴッドランドへ戻りませんか? お義姉ねえさまを救う方法を考えなければなりませんから」


 フレイヤさんの言葉で、僕は思い出した。


 バルファスの怒りを鎮める方法だけではなく、ゲルズさんを救出する方法も、僕たちは考えなくてはならないのだということを。

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