六章 バルファス

第46話 古の魔王

(バルファス……!?)


 ゲルズさんの肉体を乗っ取った者の名前に、僕は全く聞き覚えがなかったのだが、フレイヤさんは違うようだった。


(フレイヤさん、知ってるんですか?)


(バルファスというのは……信義公に討たれたはずの、古の魔王の名です)


(なっ……)


 その答えに僕は驚きながらも、同時に納得もしていた。


 なぜゲルズさんが自分の命を狙ってくるのか、僕はずっと理解できなかったのだが、彼女自身の意志ではなく、その背後にいた者の命だったのであれば、得心が行く。


 それに、信義に討たれたという話が本当なのであれば――


「…………」


 バルファスが無言のままこちらに向けてくる殺意は凄まじいもので、僕は改めて実感した。


 ゲルズさんには、本気でこちらを殺すつもりはなかったということを。


(結人さま、来ます)


 コンクリートに突き刺さっていた職杖メイスに向かって手のひらを向け、それを引き寄せると、バルファスはそのまま、こちらに向かって突進してきた。


 先程、不意打ちでエネルギー弾を放ってきた時と同じ、一切の躊躇がない動きだ。


 このまま、こちらを撲殺するつもりか――


 僕は初撃をなんとか回避し、続く連撃もひたすら避け続けた。


(結人さま、何をしているのですか!? 反撃なさってください)


(ゲルズさんの身体を、傷つけるわけにはいかないでしょう……!)


 実は僕がバルファスに手を出せない理由はそれだけではなかったのだが、話がややこしくなるのは目に見えていたので、それについては後で話すことにした。


(ですが、このままでは……!)


 わかっている。


融合変身メタモルフュージョン」をしているにも関わらず――いや、まだゲルズさんを救えていないせいで、「二重ダブル」フォームが解けていないにも関わらず、僕は眼の前の敵を怖いと、恐ろしいと感じている。


 それだけ、ゲルズさんとバルファスの動きや表情には差があるのだ。


 これが本当の戦い――殺し合いというものなのか。


 フレイヤさんの言う通り、このまま反撃しなくてはやられてしまうだろう。


 だが、この相手を僕が攻撃していいのだろうか。


 その資格が、僕にあるのだろうか。


 しかし、今の自分は文字通り、フレイヤさんと一心同体なのだ。


 自分自身のことはともかく、彼女の身の安全だけは、どうにかして確保しなくてはならないのではないか……?


 そう考えて、僕が口を開きかけたその時。


 それまでこちらに猛攻を仕掛けてきていたバルファスの動きが、急に鈍くなった。


「…………?」


(おそらく……お義姉ねえさまの魂が、抵抗しているのではないでしょうか)


 状況が飲み込めない僕に、フレイヤさんが言った。


(バルファスは我々のように双方合意の上で意識の受け渡しを行うのではなく、強制的にお義姉ねえさまの肉体を乗っ取りました。故に、このような事態に陥ったのでしょう)


 説明されてもよくわからないが、とにかく、自分のやるべきことだけはわかった。


「ぬ……ぐう……」


「ゲルズさん、負けないでください……!」


 目の前で悶える女性――正確にはその内側の魂を、僕は激励した。


 バルファスが僕の命を狙う理由もわからなくはないが、そのためにゲルズさんの肉体を利用していい、ということにはならないはずだ。


「ゲルズさん……!」


(お義姉ねえさま……!)


「がああああああーっ!!」


 ゲルズさんとバルファス、どちらのものかはわからないが、とにかく、菖蒲色の髪をした女性が、天に向かって野獣のような咆哮を発した。


「はあ……はあ……」


 下を向いて息を切らす女性を、僕は注意深く観察する。


 おそらく、その身体の中で行われていた戦いに決着がついたのだろうが――いったい、どちらの意識が勝利したのか。


「一週間後の二十三時に、空港近くの砂浜まで来い……」


 女性がそう言い残して、職杖メイスを取り出す時に開いていた「穴」に消えていったことで、僕は悟った。


 バルファスは消耗しつつも、ゲルズさんの意識を封じ込めることに成功したのだということを。

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