第44話 日本への帰還
「性根の卑しさと、身分の貴賎に関係はないのですね……」
王城の廊下にて、フレイヤさんがぽつりとそう漏らしたのは、僕たちが応接間を出てから数分後のことだった。
「少し前までのわたくしは、あの図書館であの男たちがわたくしを強姦しようとしたのは、卑しい身分の者だから、そういうことをしたのだろうと思っておりました。しかし、結人さまが連れて行ってくださった、バッグサーの方々は違いましたし……何より、高貴な身分の者でも人間性が腐っている場合はあると、今日、嫌というほど実感させられましたから」
「そう……ですね」
宮廷社会という狭い世界しか知らなかったフレイヤさんの見識は、日本を訪れ、市井の人々と交流することによって広まった。
おそらく、それはゲルズさんも同じなのではないだろうか。
当初の目的はどうあれ、バッグサーで過ごした時間は、彼女の内面に確実な変化をもたらしたはずだ。
あの飲み会の時、僕にだけ聞こえた呟きが、それを裏付けている。
だとしたら、次にゲルズさんと会った時、彼女にかけるべき言葉は――
僕は頭の中に浮かんだそれを
× × ×
僕たちは日本に戻る際、ゴッドランド王城の魔法実験室にて、五人の大魔法使いと転移魔法陣の力を借りた。
三大欲求のバランスが崩れている彼、彼女らに無理をさせたくはないと僕は主張したのだが、フレイヤさんと出会った時のように、すぐに会敵する可能性もある以上、僕たちの魔力は温存しておくべきだと説き伏せられてしまったのである。
それはそうと、今回は二人とも日本の光景を明確にイメージできたためか、上空に出てしまうようなこともなく、元の屋上へと戻ってこられた。
出発した時は朝だったのだが、既に夕方となっている。
一度部屋に戻り、パソコンで日付を確認すると、出発した時から変わっていなかった。
どうやら、良い意味でも悪い意味でも、「日本とゴッドランドでは、時間の流れるスピードが違う」ということはないらしい。
つまり、これまでは僕の憶測でしかなかった、「坂上結一郎信義は鎌倉武士だった」という仮説は、正解だったことがほぼ確定したわけだが――そんなことよりも、今はゲルズさんのことだ。
僕が階段を急いで下り、郵便受けをチェックすると、そこには予想通り、彼女からの果たし状が再び投函されていた。
『坂上結人殿
昨日はこちらから決闘を申し込んだにも関わらず、途中で戦いを放棄してしまったことを深くお詫び申し上げる。
さて、無礼を承知でお頼みするが、明朝の四時に、同じ場所までもう一度来てはいただけないだろうか?
今度こそ、決着を付けたいと思う。
エストリエ』
もはや愛おしさすら感じる律儀な文面を見て、僕は改めて決意した。
彼女を救おうと。
いや、救わなければならないと。
もし、僕が傷心の時に出会ったのがフレイヤさんではなく、ゲルズさんの背後にいる黒幕だったとしたら、僕も彼女のように魔王と化し、ゴーレムを召喚して人々の性欲を奪って回っていたかもしれない。
だから、人との出会いに恵まれた僕には、そうではなかったゲルズさんを助ける義務があるのだ。
この時、僕はそう思った。
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