第43話 「勇者派」と「聖書派」

「ゴッドランドの国教であるノルダン教の派閥の一つで、聖書の記述は全て真理であり、疑うことは許されないと考えている原理主義勢力です。現在の主流である勇者派・・・との争いに破れ、数百年前に衰退したのですが、完全に滅びたというわけではなく、今でもこの国の民の二割ほどは聖書派に属しております」


 フレイヤさん曰く、「救世主として異世界から勇者が現れる」という予言が記されたノルダン教の聖書は純潔を謳っており、婚前交渉を固く禁じていたが、実際に現れた勇者――坂上結一郎信義は、「英雄色を好む」という言葉を体現したような性豪だったという。


 ただし、避妊は魔法でしっかり行っていたので、ゴッドランドには彼の子孫は一人もいないそうだ。


 色欲に傾倒していたにも関わらず、無闇に子供を作らなかったのは、おそらく争いの火種となるのがわかっていたからだろう。


 何を隠そう、遠い子孫の僕にすら、あれだけの力が眠っていたのだ。


 信義の子や孫が、彼自身よりは多少劣るとしても、文字通り一騎当千の強者であったことは想像に難くない。


 おまけに、当時の日本は鎌倉時代――兄弟で殺し合うことが当たり前だった時代である。


 魔族を滅ぼした信義は、平家を滅ぼした後、源頼朝と義経の関係がどうなったかを意識していた可能性が高い。


 それはさておき、信義の人格や行動が預言と一致していなかったせいで、ノルダン教は聖書の記述を重視――というより絶対視する派閥と、実際に国を救った「勇者」の行動や人間性を重視する派閥に割れてしまったらしい。


 そして、勇者に強い憧憬を抱いており、性欲の強いフレイヤさんは、勇者派の筆頭のような人物とのことだった。


「聖書はあくまでも神話、フィクションであるのに対し、信義公が魔族を滅ぼし、この国の危機を救ったことは紛れもない事実です。故に現在、ゴッドランドでは勇者派が正統とされているわけなのですが……」


「別に、正統とされているわけじゃない。多数派なだけだ。そもそも、勇者の正統性を担保しているのは聖書なんだから、聖書派のほうが正しいに決まっているだろう」


 フレイは妹の話を遮り、うんざりとした口調で語った後、「しまった」と書いてあるような顔をした。


 どうやら、口が滑ってしまったようだ。


「……とまあ、こういった調子で、聖書派の人間というのは基本、話が通じないのです」


「そうみたいですね……」


 フレイヤさんは「勇者派が正統と『されている』」と、断定を避けていたのに対し、フレイは「聖書派のほうが正しいに『決まっている』」と、言い切ってしまっていた。


 自分たちが信仰している宗派は無謬むびゅうであり、それを信じない社会の大半の人間は間違っている――そんな考えは、カルトとしか形容しようがない。


「とはいえ、自分の兄がそうだとは思っていませんでしたが……」


 実の妹であるフレイヤさんですら、フレイが聖書派の人間だとは知らなかったようだが、おそらく、それはスノリエッタ公爵も同じだったのだろう。


 そうだと知っていたら、ゲルズさんに性教育・・・など施すはずがないからだ。


「そういうわけですから、私は聖書の通りに行動しない勇者を真の勇者とは認めませんし、あなたや信義・・に影響を与えた、日本の宗教や思想にも興味はありません。もう用も済んだでしょうし、今日のところはお引き取りください」


 聖書派であることがバレてしまった以上、もはや取り繕った態度を取っても仕方がないと判断したのか、フレイは突き放すような口調で言った。


 信義のことを呼び捨てにした辺り、どうやら彼は僕だけではなく先祖のことも、真の勇者と認めてはいないらしい。


「別に、あなたに認められたいとも思いませんけど……国民の二割にしか支持されていない宗派の思想を全面に押し出して、国を治められると本気で思ってるんですか? それが無理だとわかっているから、あなたは今まで――」


「もう一度だけ言います。お引き取りください」


 僕は喉元まで上がってきた、「革命やクーデターを起こされて、殺されても知りませんよ?」という言葉をなんとか飲み込んで、ひどく苦々しいものを感じながら、フレイヤさんと共に応接間を後にした。

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