第37話 ゴッドランドへ

「さて、これからどうしましょうか……?」


 バイクでアパートまで戻り、そこで一晩休んだ後、いつも通りに朝食を取りながら、僕はフレイヤさんに尋ねた。


「一度、ゴッドランドへ赴き、お義姉ねえさまの身の回りを洗ってみるのはどうでしょうか?」


「……ゴッドランドって、行こうと思って行けるものなんですか?」


 フレイヤさんの提案に、僕は首を傾げた。


 ゲルズさんが「須藤すどう江梨子えりこ」と名乗っていた頃の、電車内での発言から推測するに、彼女は親との関係も夫婦仲も上手く行っていなかったはずだから、実家の人間や配偶者に話を聞くことに関しては、僕も賛成だ。


 だが、少なくともあちらの世界からこちらの世界には、フレイヤさん一人しか送れなかったはずだが――


「はい。おそらく、『二重ダブル』フォームに『融合変身メタモルフュージョン』さえすれば、こちらの世界とゴッドランドを行き来することは可能だと思われます」


「ああ、なるほど……」


 二つの世界を繋ぐためにはこれまでは扱えなかった力が必要、ということか。


 今日は平日なので大学は普通にあるが、この状況では「土日まで待ってくれ」と言うわけにもいかないだろう。


 食後、僕たちはアパートの屋上へ移動し、そこで「融合変身メタモルフュージョン」を繰り返して、三回目でようやく「二重ダブル」フォームへと変身することに成功した。


 やはり、この形態への変身は共通の目的となる対象が目の前にいないと、成功率が著しく低下するようだ。


(さて……)


 魔法によって異世界間を移動する際には、転移先に広がっている風景をイメージするのが最も確実で、人や物を思い浮かべることでも転移は可能であるものの、正確性はかなり落ちる、とのことだったので、強大な力が全身を駆け巡るのを感じながら、僕はフレイヤさんに肉体の主導権を譲り渡した。


 フレイヤさんが空から落ちてきたのも、彼女がこちらの世界の景色ではなく、僕が身に着けている「フュージョンクリスタル」を想像していたため、らしい。


 まあ、ゴッドランドの上空にワープする羽目になってしまったとしても、防御魔法を使えば大丈夫だろう――


 僕はそう思っていたのだが、そうはいかない理由が二つあると、フレイヤさんは言っていた。


 一つ目の理由は、異世界転移を行うために必要な魔力が膨大すぎて、「融合変身メタモルフュージョン」を維持できなくなる可能性があること。


 こちらの世界にやって来た時は、多くの魔法使いのサポートがあったので、フレイヤさん自身はほとんど魔力を消耗せず、防御魔法を展開することもできたが、今回も同じように行くかは全くわからないそうだ。


 二つ目の理由は、術者のイメージが曖昧すぎると、危険な場所に出てしまうかもしれないということ。


 フレイヤさんには一応、「フュージョンクリスタル」という道標があったものの、それすらない僕がゴッドランドへ向かおうとすると、最悪の場合、マグマの中や深海にワープしてしまう可能性もあるらしい。


 そういったリスクをわざわざ冒す意味など何もない上、今の僕はフレイヤさんを全面的に信頼しているので、ゴッドランドへの移動は、彼女に一任することにしたわけだが――


「ふんぬぬぬぬぬ……」


 そのやり方は、思っていたよりも力業だった。


 電源の入っていない自動ドアを強引にこじ開けるかのように、空間の一点を両手で掴み、左右に引き裂いたのだ。


「結人さま、成功いたしました」


 魔力切れによって「融合変身メタモルフュージョン」が強制解除される中、フレイヤさんは言った。


「あっ、はい」


 目の前に開いた「穴」の向こうに広がる光景――石畳や噴水の衝撃が大きすぎて、僕は曖昧に相槌を打つしかない。


 無論、フレイヤさんのことを疑っていたわけではないが、こうして実際に何の変哲もないアパートの屋上が異世界と繋がる様子を目にすると、既に何度もありえない体験をしている僕でも、驚かずにはいられなかった。


 というか、これなら間違って変な場所に繋がってしまっても、それほど問題はなかったのではないだろうか。


 一瞬、そんな考えが頭をよぎったが、僕はすぐに気が付いた。


 空間の裂け目から大量の海水や溶岩が溢れ出してきたら、それこそ大惨事になる――僕たち二人が死ぬだけでは済まないということに。

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