第36話 皇太子妃
ゲルズ・スノリエッタ。
それが、エストリエの本名らしい。
「お
埠頭からほど近い、海が目の前に見える公園のベンチに腰掛けて、僕との「
公爵家の令嬢で、王子の妻――おそらく皇太子妃。
古典的な果たし状を出すなど礼節を重んじていたことにも、王女のフレイヤさんと姉妹のように見えたことにも、仮面で素顔を隠していたことにも、納得が行く肩書きだ。
「それがいつの間にかエストリエと名乗り、人々の性欲を奪うようになっていた……と」
僕が確認すると、フレイヤさんは頷いた。
「状況証拠的に、エストリエの正体はその人以外なさそうな気がするんですけど……ゴッドランドの人たちは、誰も気が付かなかったんですか?」
ゲルズさんと親しかったのであろうフレイヤさんですら、つい最近――数日前までは、全く気が付いていない様子だったが。
「お
元々使えなかった魔法が使えるようになり、顔立ちはあまり変わらないが、髪の色や声は大きく変化する。
「『
そう。
それはまさに、僕たちが何度も行っている行為と、完全に合致する特徴を持っていた。
「まさか、そんなはずは……『
「エストリエ……ゲルズさんに、僕とは別の勇者の子孫が手を貸している可能性は?」
その者が彼女に魔王の肩書きを与えた、黒幕なのではないだろうか。
「その可能性は……低いでしょう。『フュージョンクリスタル』は一対しか存在しない上に、『
「でも、『
「それは……あるかもしれません。断定はできませんが……」
俯きながら、消え入るような声で答えるフレイヤさん。
どうやら彼女にとって、エストリエの正体がゲルズさんだったことは、相当ショックなことだったらしい。
四日前の時点である程度予測はできていたはずのことなのに、ここまで落ち込むとは。
祖国を裏切った
「……大丈夫ですよ」
そう感じた僕は、フレイヤさんを質問攻めにするのをやめることにした。
「えっ……?」
「僕たちならきっと、ゲルズさんを助けられるはずですから」
顔を上げるフレイヤさんの肩をそっと抱き寄せつつ、僕は言った。
以前の僕であれば、こんな根拠のない慰めなど口にしなかっただろう。
だが今は、具体的なプランなど何もなくとも、こうするべきだと感じたのだ。
もしかしたら、自分が辛かった時、彼女が寄り添ってくれたことが影響しているのかもしれない。
「結人さま……ありがとうございます。ああ、あなたが勇者で良かった……」
僕の肩に頭を預けながら答えるフレイヤさんの声には、まだ少しだけ不安が滲んでいたものの、先程よりはだいぶ和らいでいた。
「そう……ですか?」
そのことには安堵しつつも、前回の戦闘の後に「勇者らしくない」と幻滅された僕は、少し困惑した。
「はい。もしあなたさまが信義公のように好戦的なお方であれば、わたくしはお
自分がゲルズさんを殺すところを想像してしまったのだろう、フレイヤさんは手を小刻みに震わせながら言った。
暴力によって敵対者を殺しさえすれば、物事が解決するとは限らない――
そのことを彼女に説き聞かせる必要は、もうなさそうだった。
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