第28話 信義の所業

「あなたはどうして、バッグサーに潜入していたんですか?」


 エストリエの誘導に従って、夜の住宅街を徒歩で移動しながら、僕は数歩先を行く彼女に尋ねた。


「……お前たちの弱点を探るためだ」


 振り向きも、立ち止まりもせずにエストリエは答える。


 一聴するとそれらしく聞こえる答えだが、僕はどうも腑に落ちなかった。


 僕がバッグサーに通っていることを知っていた以上、彼女にはこちらのプライベートは筒抜けになっていると考えたほうがいいだろう。


 おそらく、住所もバレているはずだ。


 それなら、「同じサークルに入部して弱点を探る」などという、まどろっこしい真似をするよりも、隙を見て暗殺するほうが、合理的かつ効率的ではないだろうか。


「じゃあ……どうして、このタイミングで正体を明かしたんですか?」


 そう感じたものの、エストリエが素直に本心を明かしてくれるとは思えなかったので、僕は別の質問をした。


「……答える必要はない」


 エストリエの返答は素っ気ないものだったが、どことなく心苦しそうな雰囲気は伝わってきた。


 もしかすると、このタイミングで正体を明かすことは、彼女の本意ではなかったのかもしれない。


 ということは、背後に何者か――黒幕がいるのだろうか?


 エストリエの肩書きは「魔王」だが、その上に邪神や破壊神といった存在がいないとも限らない。


 あるいは、魔族というのは絶対王政ではなく諸侯による合議制で、有力貴族たちに「早く勇者を殺せ」などと急かされた可能性もある。


 いずれにせよ、彼女は僕を殺したくて殺そうとしているわけではなさそうだ。


 個人的な感情としても嬉しいし、和解の余地がありそうなのもありがたい。


 問題は、その糸口をどう掴むかだが――すぐには妙案が思い浮かばなかった。


 せめて、フレイヤさんが協力的であれば、知恵を出し合ってどうにかできるかもしれないのだが――


「がるるるる……」


 歯を剥き出しにして野犬のように唸っている今の彼女を宥めることは、エストリエと和解するよりも困難に思われた。


 仕方がない。


 とりあえず今回はエストリエにゴーレムを召喚してもらい、そいつと戦っている間に撤退してもらおう。


 もし、彼女が本当に「僕のことを殺したいわけではないが、誰かに言われて仕方なく命を狙っている」のだとしたら、そうしてくれるはずだ。


「あの……もう一つだけいいですか?」


 だが、ゴーレムとの戦いに必ず勝てるという保証もないので、僕はあることをエストリエに聞いておくことにした。


「なんだ?」


「あなたはどうして、僕の命を狙っているんですか?」


「……知ってどうする?」


「どうするってわけじゃありませんけど……理由もわからないまま殺されるのは、単純に嫌じゃないですか」


「……私が魔王として認められるためには、この手で勇者の子孫を亡き者にしなくてはならない、というだけだ。別にお前を恨んでいるわけでも、憎んでいるわけでもない」


 僕としてはもう少し、使命と感情の狭間で揺れているような口調を期待していたのだが、残念ながらエストリエの言葉は、どこまでも淡々としていた。


「認められるためには、って……魔族にはそういう風習とかがあるんですか?」


「違う。そういうわけではない」


 やや落胆しながらも僕が尋ねると、エストリエは即座に否定した。


「それはないと思います、結人さま。魔族は信義公がさせたはずですから」


 と、僕たちの会話に口を挟んだのは、先程までよりも少しだけ冷静になったフレイヤさんだった。


「全滅って……文字通りですか?」


「はい。文字通りです」


「…………」


 フレイヤさんの端的な回答に、僕は言葉を失った。


 つまり、伝説の勇者こと坂上結一郎信義は、魔族を女子供に至るまで一人残らず殺した、ということか。


 敵対者の血族を皆殺しにする「族滅」なら、鎌倉武士であれば「それくらいはやって当然」というべき所業だが、特定の種族を全滅させる行為はそれを通り越しており、「民族浄化ジェノサイド」と呼んだほうが適切だろう。



「復讐の芽を摘む」という意味では、それも合理的なのかもしれないが、人道的な観点からは、完全に間違っていると言わざるを得ない。


 だが、それにしては現代の魔王であるエストリエからは、僕に対する憎悪が感じられないのは不可解だった。


 彼女は、魔族の生き残りというわけではないのだろうか?


 ということはやはり、フレイヤさんとも旧知の元ゴッドランド人で、何者かに操られたり、弱みを握られたりしているのかもしれない。


(だったら、尚更助けなきゃな……)


 決意を新たにしながら、僕は開けた場所――河原のグラウンドに足を踏み入れた。

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