四章 エストリエ
第27話 正体
飲み会の翌日。
フレイヤさんが図書館で観た映画の中に出てきた神社に行ってみたいと言うので、僕が放課後、彼女をバイクの後部座席に乗せて、大学の最寄り駅から一駅の場所にある小さな神社まで連れて行くと、そこには江梨子さんが先に来ていた。
「こんばんは、須藤さん」
「こんばんは」
「……あなたたち、まだ気付いていないの? 私が誰なのか」
鳥居をくぐり、挨拶をする僕たちに、境内から呆れた調子で応じる江梨子さん。
最初に会った日から「そうかもしれない」とは思っていたが、やはりそうだったか。
「正直、これまでは半信半疑でしたけど……今の言葉で確信が持てました。あなたが、エストリエなんですね?」
「……その通りだ」
僕に正体を看破された彼女は、金髪のウィッグを外すのと同時に、「須藤江梨子」の仮面を脱ぎ捨てて、エストリエは冷たく言い放った。
ボリュームのある菖蒲色の髪が、ふわりと広がる。
「やっぱり……」
薄暗い神社の境内によく馴染んだ仮面の魔王の姿に、僕は呟いた。
ウィッグ以外は魔法を使って変装していたのか、いつの間にかサングラスが仮面に変わっており、露出度が高かった服装も、肌がほとんど見えない上品なドレスになっている。
「ええっ!? 江梨子さまが、エストリエだったのですか……!?」
パリピギャルが漆黒の魔王に早変わりするのを見たフレイヤさんが、素っ頓狂な声を上げた。
やはりと言うべきか、彼女は全く気が付いていなかったようだ。
「なぜ、あなたがここに……?」
石段の上に佇むエストリエを見上げながら、僕は尋ねる。
「大学の構内で正体を明かせば騒ぎになるし、バイクを運転している最中に攻撃を仕掛けたら、交通事故を引き起こす可能性があるだろう」
「つまり、無関係な人たちを巻き込まないように気を遣って、わざわざ追ってきてくれたってことですか?」
「…………」
この沈黙は、肯定と見做して問題ないものだろう。
一ヶ月前の僕は、彼女がゴーレムに復元魔法を仕込んでいた理由は、「こちらの世界に迷惑をかけたくなかったからかもしれない」という可能性を考慮しつつも、「戦闘の痕跡を残さないのが目的だったのだろう」と推測していたわけだが――どうやら、前者のほうが正解だったらしい。
「昨日の飲み会ではあんなに楽しそうにしていたのに、どうして……?」
「あれは、お前たちを油断させるための演技だ」
嘘だ。
彼女は嘘をついている。
エストリエの言うことを信じたくなくて、現実逃避をしているわけではない。
バッグサーでの江梨子さんは、本当に心から笑っているように見えたのだ。
それに、僕の耳にだけ届いた、居酒屋でのあの呟き。
あれが、演技だったとは思えない。
だから。
どうにか彼女を説得して、戦いを回避しなくては――
「わたくしたちを……騙していたのですね」
僕が必死に知恵を絞ろうとしていると、フレイヤさんが下を向き、拳をわなわなと震わせながら言った。
相当、エストリエの行いが頭に来ているのだろう。
「そうだ」
「結人さま、『
フレイヤさんはエストリエの返答を聞くや否や、自身の黒い勾玉、「フュージョンクリスタル」を取り出した。
「バッグサーの仲間とはなるべく戦いたくない」というのが僕の考えで、当然、フレイヤさんも同じ気持ちだろうと勝手に思い込んでいたのだが、どうやらそれは大きな間違いだったらしい。
彼女はむしろ、「隣人に裏切られたこと」に対して、激しい憤りを感じている様子だ。
僕は猛烈に後悔していた。
不器用でも口下手でもいいから、もっと積極的に、江梨子さんに話しかけていくべきだったかもしれない。
こうなってしまうことがあらかじめわかっていたならば、迷わずそうしていたのだが。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
「この神聖な場で、戦をするつもりか?」
僕が慌てふためく中、エストリエは極めて冷静に、フレイヤさんを咎めた。
「復元魔法を使えば、壊れた建物は元に戻るでしょう……!」
「敵の私が損害を修復してくれる前提で、その私に敵意を燃やしているのか? 滑稽だな……」
「なんですって……!?」
「フレイヤさん、落ち着いてください! この件に関しては、エストリエの言うことのほうが正しいです!」
鼻で笑われて肩を怒らせるフレイヤさんを、僕は必死に
「結人さまは、敵の肩を持たれるのですか!?」
「敵とか味方とか、そういう問題じゃなくって……! ていうか、『誰が言ったか』で物事の善し悪しを判断するのって、良くないと思うんですけど!?」
「っ……」
王族としては耳が痛い言葉だったのか、反論せずに押し黙ってしまうフレイヤさん。
「開けた場所まで移動するぞ。ついてこい」
特に勝ち誇ったような様子もなく、エストリエは淡々と移動を始めた。
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