第25話 鏡映しの境遇
どうやら江梨子さんは学習能力がかなり高かったようで、火曜日と水曜日の放課後、僕を含めた他の部員たちから、バッグモンの育て方やマルチバトルの目的について教わった彼女は、翌週の月曜日には単に強いバッグモンを並べただけではない、コンセプトが明確なパーティを組んだ上で、サークルの活動に参加してくれた。
「へえ、性別不明統一か……」
「タイプ統一とかはよく見ますけど、こういうのは珍しいですよね」
無機物系や伝説のバッグモンで固められたパーティを見て、部長と僕が感想を口にする。
「なんというか……羨ましいと思ったんです。性に関する悩みとかなさそうで……」
江梨子さんは下を向きながら、暗い声で答えた。
なにやら、複雑かつ重ための事情がありそうな様子である。
「あっ、へえ……そうなんだ」
深掘りしてはいけなさそうな雰囲気を察知し、軽く流す部長の横で、僕は心の奥にしまっていた「江梨子さんの正体はエストリエなのではないか?」という疑問が、再び鎌首をもたげるのを感じた。
エストリエはゴッドランドの人々から性欲を奪い、こちらでも同じことをしようとしたわけだが、「何故そのようなことをしたのか」という動機については、僕もフレイヤさんも詳しいことは――いや、全く知らない。
だが、仮に何か、性に関するトラウマがあるのだとすれば、そうした行動に出ることも、共感まではできないが、理解はできる。
どうにか二人きりの状態か、あるいはフレイヤさんも含めた三人の状態で、もう少し詳しく話を聞けないだろうか――
そんな僕の願いを天が聞き入れてくれたのか、翌火曜日は一日中雨だった。
× × ×
サークルの活動が終わった後、大学の最寄り駅近くで送迎バスを降り、私鉄の電車に乗り換えると、バッグサーのメンバーは僕とフレイヤさんと江梨子さんだけになっていた。
大学に通う日は、一週間に五回のペースで授業を取ったとしても年間百六十日ほどで、休みの日のほうが多いのだから、多少遠くても都会に住んだほうが賢明である。
と、僕は考えているのだが、同様の価値観を持っている学生は少ないらしく、ほとんどが大学の近くか、そこから三キロほど離れたここ――最寄り駅の周辺に住んでいるのだ。
「ねえ、前から気になっていたんだけど……二人は付き合っているの?」
電車が駅のホームを離れる中、僕の右隣に座った江梨子さんが尋ねてきた。
ストレートな質問だが、それ故に他の部員たちの前では聞きにくかったのだろう。
「い、いや、付き合っているというわけではないです……けど」
「同居はしております」
僕が言葉尻を濁す中、その左隣に座ったフレイヤさんは正直に答えた。
「フレイヤさん!?」
「……そう」
慌てる僕だが、江梨子さんは特に驚いた様子は見せなかった。
というか、自分から質問をしてきた割には、ずいぶんと淡白な反応だ。
「つまり、セフレってこと?」などと、聞いてきてもおかしくはないと思うのだが。
そういえば、今の僕とフレイヤさんの関係は、どう表現するのがもっとも適切なのだろう。
友達以上恋人未満。
そう呼ぶのは簡単だが、どうにも陳腐な言葉だ。
個人的には、「戦友」や「
「……ところで、江梨子さまはどうなのですか?」
いつまで待っても江梨子さんが言葉を続けようとしないせいで、僕が「そろそろ間が持たなくなってきたな」と感じ始めたタイミングで、そう聞いたのはフレイヤさんだった。
「どう、って?」
「交際中の殿方は、おられないのですか?」
「……いないわ。今は」
「今は、ということは……以前はおられたのですか?」
フレイヤさんが次々に質問をしていく姿を見て、僕は「江梨子さんと二人きりじゃなくて、彼女も含めた三人で話すことにしたのは正解だったな」と感じた。
過去の出来事の影響か、僕は「性別の壁」をかなり意識してしまうタイプなので、女性にこんなグイグイ話しかけていくことはできないからだ。
「ええ。って言っても、親の都合で付き合わされていただけだったし……関係性は最悪だったわよ。付き合い始めた頃から、いつかは破綻するんだろうなってずっと思ってた。まだ正式には付き合っていないのかも知れないけど、正直、今のあなたたちのほうが、よっぽど幸せだと思うわよ」
そう語る江梨子さんの口調は、僕がこれまでに聞いた中で一番、不機嫌そうなものだった。
やはり、バッグモンで性別不明統一パーティを使っていたことには、過去のトラウマが関係していたらしい。
「そう……ですか」
フレイヤさんが気まずそうに相槌を打つ中、僕は考える。
江梨子さんがエストリエかどうかはまだわからないが、「親の都合で好きでもない相手との交際を強要されていた」ということは、権力者の家庭に生まれたことだけは間違いないだろう。
だが、それだけでは性欲を「必要ない」と断言するほど憎むようにはならないはずだ。
ということは、やはり二人は別人なのか。
それとも――その男から、よほど酷い仕打ちを受けたのか。
単に「気が合わない」程度なら、あそこまで嫌悪感を剥き出しにするとは思えないし、その可能性は十分にあるはずだ。
そう考えた瞬間、僕の胸に鋭い痛みが走った。
なんだ、この感覚は。
もしかすると――僕は彼女の境遇を、無意識のうちに自分と重ねてしまったのだろうか?
僕と美幸の関係には親の事情が絡んでいたわけではないし、正式に付き合っていたと言えるかどうかも怪しいものだ。
だが、江梨子さんの過去とは、どこか通ずるものがあるような気がする。
なぜだろう。
細かい差異はあれど、「恋仲だった異性に傷つけられた」という点は共通しているため、だろうか。
しかし、決定的に異なる部分もある。
フレイヤさんのおかげで僕の傷は癒えつつあるが、彼女のそれは違うはずだ。
口ぶりからして、現在進行系の痛みだと思われる。
僕がもっと器用で口が上手い男であれば、対話によってそれを和らげることができたのかもしれないが――生憎、僕は高校生活の三年間、同じ学校の女子と一度も会話をしなかったような人間だ。
下手なことを言って怒らせてしまったり、ますます傷つけてしまったりする可能性を考慮すると、余計なことはせずに、バッグサーの人たちとの交流によって回復していくことを期待して、静観したほうが無難だろう……。
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