第7話 疑念

「そ、それで……この後は、どうするつもりなんですか?」


「どう、とは?」


 気まずさから僕が再び話題を変えると、フレイヤさんは不思議そうに首を傾げた。


「いや、衣食住はどうするのかなー、って……こっちの世界での生活拠点って、ゴッドランドの人たちが用意してくれてるんですか?」


「いえ。わたくしは一人で、こちらの世界に来ましたから」


「ひ、一人で……!? 一国の王女様が?」


 ノブレス・オブリージュにも、限度というものがあるのではないだろうか。


「はい。魔法というのは、三大欲求のバランスが崩れると、うまく使えなくなるものなのです。ですので、国民のほとんどが性欲を奪われた状態では、わたくし一人を送り出すのが精一杯でした」


「…………」


 フレイヤさんの話は一応、矛盾した部分はなく、筋は通っている。


 だが、それが事実だという証拠も、どこにもない。


 先程、荒れ果てた公園が自動で修復される様子は、女児向けの変身ヒロインアニメを連想させるようなものだったが――深夜の魔法少女アニメだと、主人公に変身能力を授けた存在が良からぬことを企んでいるパターンが多いと聞く。


 今のこの状況も、それに近い胡散臭さを感じるというか――実はフレイヤさんとエストリエがグルで、僕をなんらかの計画に利用しようとしている可能性も、ないとは言い切れないのではないか?


 例えば、邪神復活の生贄だとか、世界の均衡を保つための人柱だとか。


 フレイヤさんがエストリエの攻撃から僕を守ってくれた、命の恩人であることは確かだが、それもマッチポンプかもしれない。


 考えすぎかもしれないが、初対面の相手の言うことを全く疑わず鵜呑みにするのも、それはそれで危険だろう。


「……どうなさったのですか、勇者さま?」


 その時、黙考に耽っていた僕に、フレイヤさんが不安そうな顔で尋ねてきた。


 それは無邪気でかわいらしい、疑うことに罪悪感を覚えるような顔だったが――それが逆に怪しいと、勇者の子孫を懐柔するために、そういった風貌の女性が工作員に選ばれたのではないかと思ってしまうのは、流石に疑心暗鬼になり過ぎているだろうか。


 しかし、信頼に足る根拠もない以上、一緒に住むというのは――


 いや、待て。


 こちらの世界に彼女の住む場所がないというのは、考えようによっては好都合かもしれない。


 もし、フレイヤさんが隠し事をしていたり、嘘をついていたりするのなら、共に過ごす時間が長ければ長いほど、ボロを出す可能性は高くなるからだ。


 だが、こちらが疑いの目を向けていたのでは、向こうも警戒するだろう――


「なんでもないです。それより……勇者さまって他人行儀な感じがしますし、名前で呼んでくれませんか? 僕、坂上結人ゆいとって言うんですけど……」


 そう判断して、僕が努めて友好的な態度を取り繕いながら名乗ると、フレイヤさんはこう答えた。


「かしこまりました、結人さま」

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