第5話 使える魔法、使えない魔法

(勇者さま、お見事でした。次は攻撃魔法を放ってみましょう)


 再び、僕の頭の中へ、直接語りかけてくるフレイヤさん。


(どうやるんですか?)


 なんだかゲームのチュートリアルみたいだな、と感じながら、僕は


(身を守るイメージによって防御魔法が発動したのと同様に、敵を攻撃するイメージをすれば良いのです)


(なるほど……ちなみに、フレイヤさんはどういった攻撃魔法が使えるんですか?)


(わたくしが使用できるのは、火炎魔法のみですが……勇者の子孫であるあなたさまなら、『融合変身メタモルフュージョン』中であれば、あらゆる攻撃魔法を使いこなすことができるはずです)


(……わかりました)


 それなら、まずはフレイヤさんも使える魔法を試してみようと考え、パンチを跳ね返されて怯んでいるゴーレムに手のひらを向け、そこから炎が出るイメージをしてみる僕だったが、何も起こらなかった。


「あ、あれ?」


 何度も繰り返してみるが、一向に何も起こる気配がない。


 そうこうしているうちに、ゴーレムはショックから立ち直り、再び攻撃を仕掛けてきた。


「うわっ」


 攻撃魔法を出すのに何度も失敗していた僕は、防御魔法も不発になるかもしれないと判断し、軽く跳躍して、その拳をかわす。


 すると、一秒後にはゴーレムも公園も、玩具みたいなサイズになっていた。


「…………は?」


 いやいやいやいや。


 そんな思いっきり、ジャンプしたつもりはなかったんですけど。


 というか、融合変身メタモルフュージョン中の僕って、空を飛ぶ魔法は使えるんだろうか。


 もし使えなかったら、この高さから自由落下する羽目に――


 なりました。


 最初はゆっくりと、段々速く。


 加速度的に、近づいてくる地面。


 このままでは、十秒もせずに激突する。


 それを――厳密にはその衝撃を――防ぐ手段は、一つしかない。


(頼む、上手く行ってくれ……)


 そう念じながら、僕は先程の感覚を思い出して、両手を前に突き出した。


 瞬時にバリアが生成され、落下のダメージを肩代わりして砕け散る。


「ふう……」


 僕は安堵のため息を漏らした。


 どうやら、防御魔法は安定して使いこなすことができるらしい。


 でも、攻撃魔法は――


(勇者さま、先程はどんな魔法を使おうとされていたのですか?)


 その時、フレイヤさんがそう尋ねてきた。


(えっと……炎を出そうとしていました)


(炎……ですか。この場所には草が生えていますし、周囲には建物もありますから、火事になるのを恐れてしまい、不発になったのかもしれません。他の魔法を試してみたら、うまく行くのではないでしょうか)


 確かに、そういう疑念があると、強烈なイメージというのは抱きにくいかもしれない。


(……わかりました。やってみます)


 僕が着地したのは、ゴーレムから数十メートルは離れた地点だ。


 幸い、どんな攻撃魔法が使えるのか、試してみる余裕はある。


 まずは、二次被害の少なそうな氷――ダメだ、出ない。


 温度変化系がダメなら、生物に対する危害が少なそうな風――これも不発。


 だったら、勇者っぽい感じがする雷――何も起こらない。


 他にも「光」とか「聖」とか、それっぽいイメージはいくつか思い描いてみたものの、どれ一つとして発動はしなかった。


(フレイヤさん、僕はあらゆる攻撃魔法を使いこせなせるんじゃなかったんですか……?)


(お……おかしいですね、『融合変身メタモルフュージョン』が成功した以上、このようなことはないはずなのですが……)


 どうやら、この事態は彼女にとっても不可解なものらしい。


 モヤモヤしたものを感じないことはないが、使えないものは仕方がないと、割り切るしかないだろう。


 今の僕は「融合変身メタモルフュージョン」によって、単に「魔法が使えるようになった」だけではなく、身体能力も飛躍的に向上しているのは、先程の異常な跳躍力の高さから明らかだ。


 だったら――素手での格闘に防御魔法を織り交ぜて、ゴーレムを殴り倒せばいい。


 そう考えて、僕は排気量が大きいバイクを運転する時のように、慎重に、慎重に地面を蹴って、ゴーレムに肉薄した。


 そしてそのままバリアを生成し――敵に向かって全力で叩きつける。


「やあっ!」


 いわゆる、「シールドバッシュ」というやつだ。


 ゴーレムの巨体がよろめく。


 その隙に、僕は拳の連撃を見舞った。


「あだだだだだだだ……!」


 敵が言葉を発さないせいで、どの程度ダメージが入っているのかは、いまいちよくわからなかったが――


 そのまま十数秒ほど殴り続けていると、ゴーレムはいきなり、黒い霧となって消滅し――いや、元のベンチに戻った。


 同時に、桃色のもや――人々の性欲が、すっかり人気のなくなった公園の外へと漂い出ていく。


(あれは……奪われた性欲が、元に戻ろうとしているんでしょうか)


(そのようです)


 僕の質問に、フレイヤさんが首肯する。


 ここまではまあ、想像の範囲内だったのだが――次の瞬間に起きた出来事には、流石に目を疑った。


 ゴーレムと僕の戦いによって、ぐちゃぐちゃに荒れてしまった公園。


 それが、何事もなかったかのように、元の状態に回復したのだ。


 まるで、土砂崩れの映像を逆再生したかのような光景だった。

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