第5話 逃げる勇者
【勇者スラムがリーナスを追放した日の夜】
勇者スラムはとても愚かなことをした。それはフレンとリーナスとミザリアの三人がパーティーから抜けた後のこと。夜中、フレンの代わりにパーティーに入った女の子を、泊まっている宿の自分の部屋に呼び出して、乱暴しようとしたのだ。
最高級の宿なので部屋はとても広く、隣の部屋とは分厚い壁で仕切られているため、多少の物音なら部屋の外へは漏れない。
だが危機一髪、『監視者』が近くの部屋から飛んできて、スラムの乱暴は未遂で終わった。
慌てて逃げるスラム。監視者はすぐさまスラムを追いかけ、宿の入り口まで来た。そしてもう少しで手が届くというところで、あろうことかスラムは偶然居合わせた宿の従業員の女の子を人質にしたのだ。
女の子の首にナイフを突きつけ、じわりと入り口へ近づくスラム。そして入り口にたどり着くと、女の子の腕を切りつけた。傷口からは結構な量の出血が。
それを見たスラムが歪んだ笑顔でこう言う。
「俺を捕まえるかぁー? でもこの女の傷は深そうだなぁー? 俺を追いかける間にこの女に何かあるかもしれんなぁー?」
スラムはそう言い残し夜の闇へと消えた。監視者は女の子の傷を見て、持ち合わせていたポーションを使ったが、量が足りないのか完全には出血は止まらない。
監視者はスラムを追いかけるよりも、女の子の治療を優先した。
こうして勇者スラムは逃げることに成功した。だがその後、スラムは自分が国家指定の捕獲対象になったことを知ることになるのだった。
【スラム視点】
「クソッ! なんで俺がこんな目にっ! 俺は勇者なんだぞ!」
昼であっても陽の光が満足に届かないほど深い森の中で、元勇者のスラムが一人声に出して訴えかける。周りには誰もいない。もはやここがどこなのかも分からない。
女の子に乱暴しようとして『監視者』に追いかけられた夜、スラムは森の中で一晩過ごした。なぜなら敵に回してしまった監視者を恐れているから。
あの監視者は尋常ではない強さ。真正面から戦えば必ず負けることをスラムは分かっている。だからスピードアップの魔法を使いまくって、とにかく遠くへ逃げた。この魔法はフレンに教わったものだ。
そして森にたどり着き、ここなら簡単には見つからないだろうという安直な考えで、奥へと進んで行ったのだ。
国から勇者として認められたという栄光はもはや見る影もなく、今はただ捕獲を恐れて逃げ回るのみ。
(Aランクのくせに支援魔法ばかりで前線に出ないフレンを俺が追放してやった。そして今度はAランクのくせに勇者の俺より強くて目立つリーナスを俺が追放してやった)
(リーナスは確かに少しは役に立つ奴だったが、所詮は俺が強くなるまでの捨て駒にすぎん。俺のパーティーに男はいらねえ)
(それなのにミザリアの奴、勝手にパーティーを抜けやがって。何が「こんなゴミパーティー辞めてやる!」だ! ふざけんな!)
(そういえばリーナスも弁明のひとつすらしなかったな、つまらん。どいつもこいつも俺をナメやがって!)
(でもフレンの代わりにパーティーに入れた女だけは良かったな。いかにも自信が無さそうで、俺がパーティーに入れてやるって言ったらめちゃくちゃ喜んだ)
(だからもっと俺が一緒にいてやろうと思ったのに、あの国選メンバーの不気味な女に邪魔されるとはな……。クソッ!)
さらに時間は過ぎたが、まだ森を抜けられない。逃げ出した日からもはや何日経ったのか分からない。あの時は逃げることに必死だったため、先のことなんて考えていなかった。
『監視者』から逃げて来たスラムは荷物を持ってきていない。あるのは護身用の小さなナイフが一本だけ。当然食べ物も無い。
(た、食べ物……、このままじゃ俺は……)
限界が近づいている。スラムは女の子を襲おうとして、着の身着のまま逃げ出してから、何も食べていなかった。
森の中で食料を調達しようとしたが、虫やよく分からないキノコしかなく、到底食べる気にはなれなかった。
「食い物をよこせーっ!」
そう自然と口から漏れてしまうほどの空腹。心身ともにボロボロになりながらも、ようやく森を抜けたスラムの目に飛び込んできたのは、街だった。そして入り口の近くには屋台がある。しかも美味そうな串焼き肉の屋台。
スラムは屈強な店主の死角へ回り込み、周りの人に気づかれないよう、並べられている肉に手を伸ばす。
「あっ! テメェ何しやがる!」
だがスラムは店主に見つかった。
「ん? その金髪……、指名手配中の元勇者スラムか!? 手配書に書かれてたイラストと同じじゃねえか!」
「なんだって!? あいつを捕まえれば大金持ちだ!」
それを聞いた周りの人たち数人も一斉にスラムに注目した。冒険者もいるようだ。
全員がスラムを捕獲しようと、目の色を変えて追いかける。
(この俺が指名手配だと!? 俺が何をしたっていうんだ!)
この時になってようやく、スラムは自分が追われる身であることを知った。
(クソッ! 何も食ってねえから力が出ねえ……!)
逃げるためにさんざん魔法を使ったのに、魔力回復すらできてないスラムに、もはや全員を相手に戦えるだけの力は残っていない。
だがスラムは最後の力を振り絞り、自分にスピードアップの強化魔法をかけて、さっきの森へと逃げた。リーナスやフレンの協力があったからこそ使えるようになった魔法だ。
(クソッ! 思わず引き返しちまった。それにしてもなんで俺だとバレたんだ! ……そうか、金髪だな。確かに金髪の奴は珍しいから目立つ。だったら……っ!)
スラムはナイフを取り出し、自分の髪の毛を無造作に掴みできるだけ根元で切り始めた。どちらかというと、削ぎ落とすと表現したほうがいいかもしれない。
(これで大丈夫だろ……)
スラムの頭には見栄えなど度外視の、不揃いの長さの短い髪の毛しか残っていない。
(これで俺だとバレて追いかけられることは無いはずだ……)
そう
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