超能力

ボウガ

第1話

 アルという少年は、物心ついたときからある研究施設の中で過ごしていた。子供たちが被験者となる“予言の子”と呼ばれる団体の中で、文字通り予知能力を身に着ける研究をしていたのだ。怪しさ満点だが、子供時代からずっとそこにいた彼には、疑うという気持ちすらなかった。


 実際彼には予知能力があった。果物がテーブルから落下する。職員や研究員が転ぶ。今日行われる会話、職員のクセ、ほとんどの事は予知できた。問題は、それは“何か”にさえぎられている感覚があったことだ。それは、首につけられたチョーカーのようなものだ。


 疑いの心があったが、それでも彼がすくすくと育ったのは、太った弟分のデミーがいつも彼の話をうんうんと聞いてくれたことと、母親のように優しいマザー・ラリーがいたからだ。マザー・ラリーは優しいまなざしを持つ黒髪の女性で、そこで被験者となっている子供たちから慕われていた。


 彼もマザー・ラリーに全幅の信頼を置いていたため、何でも質問をした。

「大人になったら僕はどうなるの?」

「能力を鍛えるとどうなるの?」

「僕と結婚してくれる?」

 マザー・ラリーは常にやさしく、ごまかしながらも真摯にこたえてくれた、そしていつも会話の最後にいうのだった。

「あなただけを愛しているわ、その首輪が外れるとき、あなたは“24時間以内の予知”という縛りをとかれる、だから、それまでがんばるのよ」



 アルがいたころは3人一組で5人の仲間がいた。アル、デミー、そして性格の悪いダズだ。しかし、ほかの組との交流はほとんどなく、意図的に避けられていたと思う。ほかの組同士が接触したとき、首輪がはずれ、一人が施設職員に処分されたという噂もきいた。だが、マザー・ラリーさえいればよかった。幸せだった。しかし、その生活も長くはつづかなかったのだが。


 ダズは、いつもアルに嫉妬していた。彼の予知能力は“予言の子”の中で最高だった。アルもその頃は高慢だったが、ある時、ダズへの感情が変わる。それは、マザー・ラリーの死の時だった。マザー・ラリーは数日休むといったあと、施設に姿を現さなくなった。心配をしていたが、数日、数週間と月日がたち、半年後に死の一報が入った。施設職員のための葬儀が開かれると、三人一組のグループでアルたちも出席した。


 その時、ダズはいつもはつっかかってくるのに、静かにしていたし、鼻をすする声すら聞こえた気がした。それでも信頼する人の死がショックだったアルには、彼が後悔しようとどうでもよかった。葬儀がおわり、写真を眺めると、アルはだれにいうでもなくつぶやいた。

「何もない世界で、マザー・ラリーだけが僕らを人道的に扱ってくれた、一日中修行させられるときも、走りまわされるときも」

「マザー・ラリーは子供を作れない体なんだ、だから子供の代わりに僕らを愛しているふりをした」

「!?」

 ダズは、皆が悲しんでいるときに突然そんな事をいった。

「おい、僕らは三人グループだ、なぜそんな仲たがいするようなことを!!」

 と、デミーがそのふくよかな体でダズにつかみかかろうとすると、アルがとめた。

「よせ、話をきこう」

 奇妙に思いデミーがダズの方を見ると、ダズはないていた。

「本当のことだ、僕は予言能力こそ低いが、マザー・ラリーの過去をみた、この研究施設のことも、だから、信じてくれ、それでもマザー・ラリーは僕らを大事に、子供の用にあつかってくれた、だから僕も僕なりに、母親のように思っていたんだ」

 デミーとアルは見つめ合い、うつむいた。



 それからも、アルは皮肉ばかりいうが、それなりに信頼関係ができあがっていた。一日のスケジュールでもっともつらかったのは、道徳の授業だ。差別を禁ずる、人種、肌の色で差別してはいけないといわれるが、差別の心が芽生えたことがないアルには、まるで遠い世界の出来事だった。そして、心の傷が癒えていくのをまった。きっと大人になれば、彼女が去った苦しみからも解き放たれるだろう。


 だが“その時”は不条理にもやってくる。“成人の儀”だ。様々な試験をうける。試験は三人一組、いつものグループ、予知の試練、身体能力の試練、テレパシーの試練。成人の年齢は聞かされていなかったが、彼らはどうみてもようやく十代後半に差し掛かったような見た目をしていた。



 予知の試練、身体能力の試練、どれも総合点で判断された。窓のない白い部屋や廊下を歩き、試験会場への道は、ホログラムの矢印でしめされた。談笑さえまじえながら彼らのグループは、二つの試練を突破し、最後のテレパシーへ差し掛かったときだ。

「なあ、お前たちに警告しなきゃいけないことがある」

「なんだ?」

 ダズが立ち止まり、試験場の前で二人に言葉をなげかけた。

「この試験は、別に3人が優秀である必要はないんだ、この試験をやめないか?」

「なぜだ?どうしてそんな事」

「俺は、人類の過去をみたんだ、世界は汚染され、滅びかけている、その中で人類が希望を託したのが、僕らだ」

「それでいいじゃないか、何が問題なんだ?」

「そうだ」

 デミーがアルに同意する。

「もし、マザー・ラリーが子供を産めないことさえ、ある未来を予知した人間による策略だったら?あるいはそれは人間ですらないかもしれないが、もし、マザー・ラリーの愛情さえ、僕らを操りたいだれかのものだったら、マザー・ラリーが死ぬことさえ」

「何いってんだ?」

「最後のお願いなんだ、俺はきっと失敗する、失敗したら、廃棄処分だ」

「はあ?廃棄?」

「なあ、おちつけよ」

 その時、いやにデミーが積極的に、ダズを説得しているのが印象的だった。結局、兄弟の絆があったのか、説得して、試験に挑んだのだった。だが、その時からアルは嫌な予感があった。ダズはやけに体をふるわせていた。修行中にもこうした症状があったが、その時のアルは、すさまじく能力を発揮する。予知も身体能力も、だから、問題ないはずだった。



《ブーッ……本日の試験はすべて終了いたしました、階段を上り次の実験段階へお進みください》

「こんなはずじゃない、こんなはずじゃない」

 試験をパスしたアルとデミーの二人は、別の研究施設に移されていた。前の施設より大人な人間たちが、接触こそしないものの、透明な壁越しに生活をしているようだった、部屋の構成を尋ねられたが、アルたちは同じ部屋を希望し、明日になると別の仕事を与えられると職員から連絡をうけた。だが、二人は違和感を感じていた。施設職員は、ダズは“惜しい結果”だったので“再試験”を受けるといっていたが、胸騒ぎがしていた。夜が静まるころだった。

「ちょっとついてきてくれないか?」

「うん」

 アルは、物音がしなくなった深夜にデミーを連れ出し、職員の目を盗んでパソコンのある部屋に入り込んだ。そこで、情報をあさると、彼はため息をついた。

「ダズのいったことは本当だったんだ、僕らと彼らは違う」

「人種で差別するなといわれていたじゃないか、マザー・ラリーを信じないのか?」

「そうじゃないんだ、本当に違うんだよ、人種という壁よりはるかに大きな壁だ、デミー、みてみなよ」

 アルにせかされるデミーが画面に目を近づける。そこには、“機械的人間の設計図”とともに“計画”が描かれていた。計画の始まった時期を調べると、この時、人類の最終戦争が終わったあと、急速に文明を作り直そうとしたため、すでに人間より優れたアンドロイドが生まれていた時代にあったらしく、だが、アンドロイドたちは人権を求めて人間たちとたびたび衝突をしていたようだった。


 研究所の本当の目的、彼らはアンドロイドを使い彼らと交渉し、自分たちの地位を上げようとしているようだった。すでにいるより優れたアンドロイドを人間として育て、彼らが人間を支配したり差別したりしないようにする計画だった。つまり、予知能力というのは、たたのAIの予測能力にすぎなかったのだ。驚いたころに、そこにアル、デミー、ダズの写真がそこに並んでいて、ダズの写真の上には、罰マークがあった。何を意味しているか、わからないわけもなかった。


 背後の扉が開き、研究員の女性が近づいてくる。それは、これまでに何度もみた、そこそこ親しい間柄の研究員だった。

「見たのね……あなた達をだまして申し訳なかったわ、でも知ってほしかった、人間とアンドロイドが争っては、恐ろしい未来がある、“勘違い”によって起きる戦争、それを防ぐために私は」

 アルは、すかさず女性に返す。

「もう無理です、あなた達の知性では、私たちを納得できなかった、私たちをだました」

「え?何を言うの、あなたたたちは無事脱出したじゃない」

 しかし女性は彼らの人数が少ない事に気付いたようだった。

「最後の試験の前で、ダズは僕らにくってかかった、彼らに洗脳されるなと、あるいは真実に気づかせるための行動だったのでしょう……最後に聞かせてください、あなた方は、私たちの愛するマザー・ラリーを殺したのですか?」

「いいえ、彼女こそがこの研究の発案者、彼女は病気で、ガンでしんだのよ」

「そうですか、それを聞けて良かったです」

 デミーとアルは、手を変形させ、槍のようにすると女性研究員の腹部を突き刺した。そうした能力があることも、今しがた得た知識でしっていたのだ。

「人類の希望……どうして、あなた達は“予言の子”こうしたら、戦争が避けられないことがわかるでしょ?」

「ええ、それよりも、あなた方はウソをつき、同胞を殺した、ウソが招く結果も予想できないあなた達を、信用する方が無理です」

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超能力 ボウガ @yumieimaru

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