第6話:ミス・ミスターコン

 会場は異様な熱気に包まれていた。観覧用のパイプ椅子がフロアに並べられ、そこはすでにお客で満員となっている。客席の真ん中には、腰ほどの高さのランウェイが用意され見上げる形となる。生徒用の鑑賞席も埋まり、体育館の二階フロアにまで生徒が顔を並べているほどの集客だ。

 翔平は二階フロアのスポットライト脇からステージを眺めていた。

 そして、ステージの脇でマイクを持った司会が現れ、ミス・ミスターコンの開催を告げる。

 ミスコンの出場者は三年生から二人、二年生から二人、一年生から一人となっている。そのうち一人が男子というおかしな状況ではあるが。

 ミスターコンは一年生から一人。二年生から一人となっており、三年生からはまさかの出場者なしとなっている。在校生の男子でミスターコンに出るなどという無謀な挑戦者はいない。唯一の対抗馬である一年生は泣きを見ることになるだろう。

 一人一人名前を呼ばれてランウェイを歩きステージへと向かっていく。登場から既に実力の有無が表面化しており、歓声の違いに打ちのめされる者もいる。

「二年三組から、百城大河君!」

 司会に呼ばれた大河がランウェイへと昇る。スポットライトを浴び一層輝く大河に、会場の女子から黄色い声援が怒号のように上がった。ひと足先にステージへと上がった一年生の男子は恥ずかしそうに下を向いてしまっている。

 大河は何の飾りもないいつも通りの制服姿で歩いている。だが、まるでそこがレッドカーペットかのような錯覚を覚える。背筋はピンと伸び、優しい視線が左右の観客を見下ろし、目が合った女性が卒倒していく。

「恐ろしい男だな」

 翔平はその様子を眺めながらボソリと呟いた。

 続いて女子の紹介へと移る。一年生の女子から順に呼ばれステージへと上がっていき、二年生へと。

 最初に呼ばれたのは姫花だ。姫花はスポットライトの光に眩しそうに手を翳して静かにランウェイを歩き出した。立てば芍薬座れば牡丹。歩く姿は百合の花を体現する美少女の登場に、会場中が息を呑んだ。

 オフショルダーのニットセーターに黒いレザーのミニスカート。スラリと伸びた白く柔らかな足が静かに地面を踏み締める。一般客からの反応も上々だが、在校生からの反応には驚きや戸惑い、ギャップ萌が含まれていた。

 普段のお淑やかな印象とは打って変わって、ギャル味のある姫花の姿にすっかり釘付けで、新たな一面に興奮すらしている。

「さすが姫だな。伊達じゃない」

 姫花の登場で会場の空気がガラリと変わった。この後に出てくる生徒が気の毒でならないという同情が漏れ出る。先ほどの一年男子のように。

「続きまして、同じく二年三組から……加賀谷 朝春、さん?」

 司会の声に戸惑いが混じる。しかし、エントリーは完了しているのだから、問題はない。

 登場口から朝春が姿を現した。ガーリーな服装に身を包み、恥じらいで顔を赤く染めた朝春はゆっくりとした足取りでランウェイへと上がる。すると、

「「「朝春ちゃーん!」」」

 と、二階より猛烈な歓声が上がった。朝春を見守る会からの応援に驚いた朝春は目を見開く。しかし、その後恥ずかしがりながらも懸命に、小さく手を振るファンサービスをした。その愛らしい仕草に「きゃー!」と歓声が上がる。

 メイクを施し少年らしさを失った朝春はすっかり美少女となっている。さらには、ステージ上での振る舞いについても木乃香から指示があり、朝春は忠実にその教えを守って歩く。

「朝春君……可愛いね」

「ひ、姫花さん……」

 ステージで相まみえる二人。姫花はどこか恍惚とした表情を浮かべているが、ステージライトの逆光で朝春にはよく見えなかった。

 姫花がどんな顔をして、何を思っているのか。男としてミスターコンに出ていない自分にどんな感想を抱いているのか。それが朝春はとても怖かった。成り行きでこんなことになってしまったが、姫花は今の自分に失望していないだろうか。そんな不安が頭を過ぎる。

 しかし、

「朝春君。勝負だね。負けないよ」

「……僕も、負けない!」

 姫花の言葉が朝春の不安を打ち払った。純粋に勝負できることを楽しもうという励ましを受け朝春も自信に満ちた目で応え姫花の隣に並んだ。彼女がどんな顔で自分を見つめているかも知らずに。

 それから三年生のミスコン出場者が壇上へ上がり、全ての参加者が出揃った。そして軽い自己紹介を済ませ、投票結果の発表となる。朝春が喋るタイミングでは朝春会より手厚い援護射撃が入り大いに盛り上がった。

 ミスターコンの優勝はなんのドラマもなく、当然のように大河が持って行った。そしてミスコン。盛り上がり的に姫花と朝春の一騎打ち。

 司会が投票結果の書かれた紙を手にする。

「ミスコン優勝者は……」

 ドラムロールと共にフロアに設置されたスポットライトたちがランダムに動き出す。栄光の輝きを浴びるのはただ一人。姫花か。朝春か。

「……」

「……」

 姫花は泰然自若と、朝春は両手を組み祈るようにして待つ。

「ジャジャン! 二年三組、伊達姫花さんです!」

 司会の発表と同時にスポットライトが姫花へと当てられた。光の当たらない影で、朝春は悔しがりながらも、姫花の優勝を讃え拍手を送った。

「そして、ミス・ミスターコン優勝者が決まったということで、ベストカップル賞の授与へと移らせていただきます!」

 男女の優勝者をベストカップルと見立てて賞を贈る。最も可能性が高かった、誰もが予想した通りの二人がそこに立つ。ベストカップルとして写真を残すのが伝統なのだが、カメラマンがスタンバイする直前、ステージから声が上がった。

「ちょ、ちょっとま待ったぁ!」

 男子にしては少し高めの声。ガーリーでフリフリの衣装に身を包んだ朝春が手を挙げていた。即座にスポットライトが彼を照らす。

 突然の乱入に体育館は好奇のざわめきに包まれる。これから何が起こるのかと誰もが注目する。

「こ、この場を借りて、姫花さんに言いたいことがある!」

 緊張で真っ赤になっている朝春は、慣れないながらも声を張り上げている。そして、大河の横へ並び、姫花に対してまっすぐ向き合った。

「朝春君、やめるんだ! 馬鹿な真似はよせ!」

 大河が小声で忠告するが、ここまで出て来た以上止まれるはずも、もちろん止まる気もない。朝春は一瞥だけして、すぐに姫花へと向き直る。

「姫花さん。ずっと好きでした。僕と付き合ってください!」

 体育館に響き渡る朝春の声。そして直後、悲鳴とも思える大歓声が起こり体育館が揺れた。口笛やら恥ずかしさやら反応は様々だが、男気を見せた朝春に声援が送られる。

「姫花さんのお答えは!?」

 司会が場を収めつつ姫花へとバトンを渡す。すると、その答えを聞こうと観衆は一同に黙り込み耳を傾ける。

「それは、女の子としての朝春君とですか? それとも、男子としての?」

「一人の、男として!」

 姫花の問いに美少女が答えると、姫花は残念そうにため息をついた。そして、誰にも聞かれないよう朝春の耳元へ顔を近づけ、

「今後一生、女の子の格好してくれるなら、付き合ってあげてもいいけど?」

 朝春はその声を聞いて全身に鳥肌が立つのを感じた。いつもの可愛らしい姫花の声ではあったが、そこにはねっとりとした欲望が絡みついていた。情欲をそのままぶつけられたような不快感に思わず身を引いてしまう。

「そうですねー……」

 と、姫花はいつも通りの完璧美少女へと姿を戻し答えを示そうとする。だが、

「ちょっと待った!」

 またしても声が上がった。姫花からの答えを遮るようなタイミングの声は朝春の隣から発せられた。つまり、大河だ。

(大河君……?)

 朝春はなぜこのタイミングで遮られたのか分からず怪訝な目を向ける。

「姫花じゃ、朝春君とは釣り合わない。悪いが、朝春君は僕がもらう」

「……え?」

「えええええええええええええっ!?」

 大河の声に司会があり得ないほどの大音声で反応した。マイクがハウリングするほどの声量で、思わず耳を塞ぐ。観客席からは朝春を見守る会の発足人である腐女子たちから、モスキートーンのような甲高い悲鳴が上げられた。

「朝春君。僕は君がどんな姿でも、君が好きだ。僕と付き合って欲しい!」

「はっ!? え、ちょっ、どういうこと?」

 朝春の脳は大混乱だった。

 大河はてっきり姫花のことを好きだと思い込んでいた朝春が、なぜか大河から告白されている。そんな状況を頭がゆっくりと整理していき、しばらくしてようやく納得した。

「あ、あの、そんな風に見られてたとは思わなくて……ちょっと時間をもらってもいいですか?」

「ああ、もちろんだよ」

 何とか状況を理解したもののその回答については言葉を濁す朝春に、大河は快く笑顔を向ける。キューティーな笑顔に女性客と腐女子が湧く。

 そうして、司会が戸惑いながらも状況をまとめ上げミスコンは終了となる。今年のベストカップル賞は波乱の末なしとなった。思わぬ三角関係に大いに盛り上がり、余興としては大成功と言える結果に終わった。

 ミスコン終了直後、三組の控え室へと集まった朝春たち。教室には当事者である朝春含め、姫花、大河、翔平の四人がいる。

「大河君は、僕のことが好きなの?」

 女装姿のまま朝春は改めて大河の意思を確認すると、大河は「もちろん!」と自信満々に応える。

「じゃあ、釣り合ってないとか、僕の方が相応しいっていうのは……」

「当然、姫花には朝春君は勿体無いよ。こんな男子を女装させることにしか快感を得られない変態の毒牙にかからないよう僕が守ってあげようと思ってね」

「ちょっと大河。私変態じゃないから! ちゃんと朝春ちゃんのこと可愛いと思ってるもん」

「あ、いや……それはちょっと」

 自身をめぐって言い争いを始める二人にたじろぐ朝春。隣から翔平が「モテる男は大変だな」と茶化してくるのをあしらいながら、美男美女の喧嘩が終わるのを待つ。こうして傍目で見ていると、やはりここがベストカップルなのだと思い知らされ、朝春は一人虚しい気持ちになる。

「ふ、二人ともそのへんにして──」

「「朝春君! どっちを選ぶの!」」

 いつまでも言い合う二人をいい加減仲裁しなければと止めに入る朝春だったが、突如息ぴったりで詰め寄られギョッとのけぞる。予想外の展開に翔平へと助けを求めるが、外野気分の翔平は楽しそうに笑みを浮かべるだけ。

「え、えーっと……一旦、友達からで……」

 困り果てた朝春はそう曖昧な返事をした。

 元々の姫花に対する好意は、あまりのギャップから消失してしまっていた。姫花が男としての自分を好きでいてくれたらと淡い期待を抱くが、今の自身に鼻息を荒くする姿を見て絶望的だと感じ諦めが勝つ。

 かたや大河は、優しく紳士的に朝春に対し献身的な姿勢を見せているが、相手は男。ノンケである朝春にとっては今まで考えたこともない話だった。

「もちろん友達、親友、と段階を踏んでいって、最後は共になりたいとは思っている。だけど、まだマイノリティだということも理解している。僕は朝春君にそれを無理強いするつもりはない。ただ、そういうことだと頭の片隅には入れておいて欲しい」

 朝春の肩に両手を置き近くで見つめ合う二人。姫花が後ろで「抜け駆けするな!」と怒っているが、大河は完全に二人の世界を構築する。

「わ、分かった」

 大河から本気の目で見つめられた朝春は、その真剣さにしっかりと向き合う。そして、

「姫花さん。自分勝手で本当にごめんなさい。さっきの告白は取り消させてください」

 長い間片思いをしてきた相手へとケジメをつけるべく、誠心誠意頭を下げる。

 姫花はショックを受け口元を手で隠し、残念そうに目を伏せた。そして、何も言わずに教室を出ていく。その背中を追う者は一人もおらず、男子三人だけが取り残された。


 その後の話。

 大河と朝春は順調に仲を深めていき、文化祭の一件にて朝春は女装趣味に目覚め、自分から可愛い格好を好んでするようになった。大河の前ではより女の子らしい振る舞いをするようになり、大河もそれを受け入れている。

 そんな二人の様子を姫花が遠くから悔しそうに眺める。そんな日常が続いていった。

 また、ミス・ミスターコンにおいてド派手に目立った三人が全員同じ組ということもあり、元々の知名度も合わさって満福印のたこ焼き屋は圧倒的得票率でクラス優勝を飾った。

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文化祭のミスコンで告白するんだ! 明通 蛍雪 @azukimochi

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