第5話:文化祭本番

「朝春君──」

「……翔平、帰ろ」

 その日の放課後。HR終わりに大河が話しかけてくるが、怒り心頭の朝春は無視して教室を後にする。大河の姿を視界にも入れない徹底ぶりだ。

 そんな様子に、まだ話を聞けていない翔平は驚きながらも朝春の後を追う。

 元々、今日はミスコンに向けた準備をすることになっていたため、二人が教室を出て行っても誰も気にしない。片や大河は文化祭の準備予定となっているため、二人を追いかけることができないでいた。

「おい朝春! 何があったんだよ」

 教室を飛び出してから数分後。被服室の近くまでやってきたところで、翔平が朝春を呼び止めた。大股で怒りを露わにしながら歩いていた朝春は肩を掴まれようやく振り返った。

「大河君、めっっちゃ性格悪かったんだよ!」

「はぁ? どういう位ことだよ」

 不満げな顔で翔平を見つめる朝春は先ほどの出来事を詳らかに話し出す。

「姫花さんのことを好きなのか聞いてきたと思ったら、僕じゃ釣り合わないとか、告白はやめておいた方がいいとか、邪魔してやるとか言ってきたんだ!」

「あいつが? まさか……」

「それに、自分の方が姫花さんに釣り合うってまで言ってきたんだよ! 酷くない!?」

「いやいや……」

 朝春の話を翔平は信じられないと言った様子で聞いている。あの大河がそんなことを言うはずがない。という思い込みに関しては朝春と同じようだ。

「でも、何か勘違いがあると思うんだけどなぁ。あいつに限って、そんなこと言うか?」

「本当だよ! 翔平は僕よりも大河君のことを信じるの? 見損なったよ」

「いやいや! そういうわけじゃないんだ! ただ、想像がつかなくて」

 僕の味方はいないのかと悲観的になる朝春を慌てて慰める翔平だが、内心ではまだ半信半疑で、それが表情に出ている。幸い朝春に指摘されることはなかったが。

「とにかく僕は決めたんだ! ミスターコンで大河君に勝って、姫花さんに告白するって!」

「そうか! お前がそこまで決意を固められるなんて、すごいじゃないか!」

 朝春が本当に告白できるか不安だった翔平は、このアクシデントがあって良かったと思う心の中で思った。朝春は奥手で勇気もない。姫花という大きな目的のためにミスコンへの出場を迫っていたが、最後の最後でやりたくないと言い出すのではないかと不安を抱えていた。しかし、大河への復讐、見返してやるという気持ちが芽生えたことで、その不安は拭われた。

「じゃあ、俺も最大限協力してやるから。ミスコン、絶対勝つぞ!」

「うん。頼んだ!」


 そして文化祭当日を迎えた。大河は朝春との和解も叶わずミスターコンでの直接勝負を迎えることとなる。

「朝春。大河とちゃんと話しておかなくていいのか? あいつとんでもないことしでかすかもしれないぞ」

「いいんだ。僕はもう戦うって決めたから」

 文化祭の開催まで残り僅かの朝。店の受付係となっている朝春と翔平は教室の入り口で椅子に座りながら他愛もない世間話に花を咲かせていた。

 顔の広い翔平はクラスメイトである朝春と大河が不仲なまま文化祭が終わってしまうことを危惧している。朝春を焚き付けられたことは幸運だと感じているが、なんとか仲直りさせようと糸口を探している。

「たとえミスターコンに負けたとしても、姫花さんを好きな者同士の、恋敵としては負けない!」

 かつてないほどやる気に満ち溢れている朝春の姿を見て、翔平は説得することを諦めた。このやる気に水を差すのも野暮であり、下手に横槍を入れて無惨な結果に終わることの方が問題だ。たとえ二人が不仲のまま終わったとしたら、その時は自分が仲人を務めれば良いと腹を括る。

「なるようになるか」

「そうそう! 今日まで頑張ってきたんだから、あとは僕を信じてよ!」

「そうだな」

 元気百倍の朝春を見て翔平が微笑んだ時、文化祭の開戦を告げる鐘が鳴った。

「みんな! 戦の始まりだあ!」

 教室の中では満福が仲間を鼓舞する号令を上げた。

 昇降口からは続々とお客さんが入ってきて、入り口でパンフレットを受け取り進んでくる。朝春たちのクラスは入り口から見て最も奥にあるため、導線としてはとても不利な状況だ。しかし、そこは満福印のたこ焼きの出番だ。

 昨年割と有名になって惜しまれながらも一日だけの出店となったこのたこ焼き屋。今年も開かれるという情報がリークされており、一定の集客は見込まれている。そして想定通り、学校に入ってきたお客の一部は他のクラスを素通りして朝春たちのクラスへ向かってきた。

「いらっしゃいませー」

 それを受付で捌いていく朝春と翔平。さらには、混雑時を想定し列整理係や、待っている間に注文を受けられる票とメニューの用意。周到に準備された二年目満福印のたこ焼き屋に死角はない。さらに! 大河と姫花という二大広告塔が学校中を宣伝のため練り歩いている。さらにさらに! 極め付けは、教室の隅に置かれたモニターだ。これは体育館のカメラ係と中継が繋がっており、ステージ発表などを見ながらご飯をいただけるシステムとなっている。

 このクラスは一般科ながら、ステージに出場する生徒が多く在籍している。それを理由に教室で出し物を見れるよう申請を出したところ通ってしまったのだ。このことに気づいた他のクラスからの反感は相当なものだろうが、翔平はそれだけ今回の文化祭に本気を出していた。

「短期間でかなり無理をしたが、なんとか身を結びそうだな」

 初動から客の入りは上々。その客足を見て翔平は満足げに呟いた。だが、文化祭での評価は集客数ではなくアンケートの得票数で決まる。そのため、お客を入れるのはあくまでスタートラインであり、接客や提供するものの質が問われる。質に関しては去年の結果もあり申し分ない。中で仕事をするクラスメイトの活躍を祈るばかりだ。

 それからおよそ四時間働き続けた二人は、昼休憩とミスコン準備のため受付を離れた。ミスコンの開始は十五時からで、メイクや着替えに時間がかかる朝春は急いで被服室へと向かう。

 ミスコンはファッションショーとは違い、エントリーした生徒の多くは制服で出場する。一応、服装自由とはなっているため、私服やコスプレで参加する生徒もいるが、本気で勝ちを狙う場合は制服がほとんどだろう。中には私服がダサくて優勝を逃したという話もある。

「木乃香。頼んだぞ」

「合点承知の助!」

「お願いします!」

 被服室は一般公開されておらず、服飾科の待機部屋として使われているが、ファッションショーに行っており今は誰もいない。心置きなく準備を行える。

「衣装は三パターン用意してきました!」

 木乃香は言いながらキャスター付きのハンガーラックを二人の前に滑らせた。動きに合わせてフリルのついた衣装も可愛らしく揺れる。

「……僕、ファッションショーじゃなくてミスターコンに出るんだけど」

 その衣装を見た朝春は戸惑いの表情を浮かべ木乃香に問いかけた。だが、木乃香は「知ってますよ」と自信ありげな顔で言い、どうなっているんだと翔平の方に首を向けると、「知ってるよ」とだけ言われてしまった。そこでようやく事態に気づいた朝春は青ざめた表情になる。

「僕がこれ着るの!?」

 朝春は思わず叫んだ。ハンガーラックにはガーリーでプリティな服がかかっている。

「一つ目はこちらです!」

 と、状況が飲み込みきれていない朝春を置いて木乃香が説明を始めた。

「ザ・王道! みんな大好きミニスカメイド服です。朝春さんは線が細いので、綺麗な肢体をアピールできるよう半袖となっております!」

「さすが木乃香だぜ」

 朝春だけが取り残された状況の中、翔平と木乃香は意気投合して勝手に盛り上がっている。だが、朝春だっていつまでも呆けているわけにはいかない。

「僕はミスターコンに出るんだ! 衣装がこれしかないなら、普通に制服で出るからいいよ!」

 そう言って立ちあがろうとする朝春の肩を翔平が抑えた。逃げようとももがくが、力が強く抜け出せない。

「お前がミスターコンに出ても、大河には絶対勝てない」

「ミスコンだって姫花さんがいるんだから、勝てるわけないだろ!」

「いいや。ミスコンなら可能性はある!」

 イヤイヤと駄々を捏ねる朝春に対し、翔平はかつてないほど自信満々にそう答えた。ミスコンには圧倒的美少年・美少女である姫花と大河が参加している。普通に考えれば勝ち目などなく、朝春の意見は尤もである。しかし。ミスコンにおいてはそうとも限らない。

「その根拠は!?」

「お前は、一部にとても需要があるんだ」

 翔平が根拠としている理由はそれだけではないのだが。

「なんだよそれ……」

「それにな、姫さんは可愛い男の娘が好きらしいんだ」

「そ、そんな嘘には騙されないぞ! 前は弱っちい感じの、童顔の男子が好みらしいぞって言ってたじゃないか!」

 朝春へのミスコン出場を焚き付ける際についた嘘を持ち出され、翔平は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。二人の口論を木乃香はオロオロとしながら見つめており、どちらに助け舟を出すべきか迷っているようだ。

「僕は、ミスターコンに出るつもりだったのに」

「お前はミスコンに出るしかないんだ。ミスターコンの応募は締め切られてるし、ミスコンにエントリー済みだから」

「そもそも何でエントリーできてるんだよ!? 僕は男子だぞ!?」

 ミスコンに自身の出場が決まっていることに憤慨する朝春。ごもっともな指摘だが、なぜかミスコンへのエントリーが弾かれずにそのまま通ってしまった。

「言っただろ。需要があるって」

「どんな需要だよ……」

 呆れ悲しみの表情を浮かべ項垂れる朝春を慰めるように翔平は優しく声をかける。

「姫さんが言ってたじゃねえか。勝負だねって。お前は姫さんの期待を裏切るのか?」

「…………分かったよ」

 姫花を引き合いに出された朝春は、渋々頷いた。その顔にはまだ不満が残っているが、不貞腐れながらも着替えに応じる。

「それでは衣装の続きですね! もう一着は私服風ミニスカコーデです! ふんわりとしたガーリーファッションで秋にぴったりの装いですね。ロングブーツと合わせてスタイルバッチリ! そして最後ですが、私のイチオシ。網タイツバニーガールです!」

「それだけは絶対ないから!!」

 体の前でハンガーにかけられた衣装を合わせてみせる木乃香に、朝春は強く拒絶の反応を示す。絶叫がこだまする教室で木乃香は残念そうに肩を落とした。

「どっちにするんだ?」

 あまりに可愛らしすぎる選択肢しか残されておらず、朝春は決めかねていた。どちらも足元の露出が高く、それを着た自身の姿を想像して羞恥心から赤くなる。

「安心してください! ペチコートも用意しているので、下着は誰にも見られませんから!」

「そんなこと心配してるんじゃないよ!」

 木乃香から的外れなアドバイスが飛んできたことに腹を立てた朝春は地団駄を踏む。

「そんな暴れたって、どっちかを選ぶしかないんだから。ほら、当ててみろよ」

 翔平は言いながら朝春の目の前に姿見を持ってくる。連動するように木乃香が朝春の体に衣装をあてがう。

「イメージつきづらいかもしれないけど、この後メイクもするんだ」

「ちゃんと美少女にしてあげますんで、安心してください!」

「嬉しくない張り切り方なんだけど……」

 二人の勢いに押し負ける朝春は、散々迷ってから私服風ミニスカコーデを選んだ。パニエ風のふわふわとしたスカートに、トップスも同じくフリルのついたふわふわとしたもので、全体的に少女感が溢れている。

「スースーする」

 股下の不甲斐ない感触に居心地の悪さを覚える朝春は、足をピッタリと閉じて座る。首から下は完全に女の子仕様で、ロングブーツを履けば服の支度は完成だ。

「ごめんなさい。ロングブーツじゃなくて、白のニーハイとパンプスにしましょう」

 と、朝春の姿を見た木乃香がブーツを取り上げハイソックスと黒いパンプスを差し出した。足首の位置でストラップを止めると、一層ガーリーな雰囲気が強くなる。

「完璧!」

 美少女朝春ちゃんの誕生を予感した木乃香は興奮気味に息を荒げながらメイク道具を取り出した。

「俺は先に出てるから。頑張れよ、朝春」

 そんな様子を見届けた翔平はそう言い残して被服室を後にした。


 翔平がその後向かったのは体育館だ。ステージでは現在も発表が続いており、現在は服飾科のファッションショー。その後ミス・ミスターコンとなっている。そして、入口ではクラスメイトの数名がビラを配っていた。

「この後のミスコンにて、ぜひうちの朝春をよろしくお願いします!」

「お疲れ!」

 ビラを配る生徒に合流した翔平は紙を受け取って同じように宣伝する。廊下が賑やかな喧騒に包まれており、その中で声を張り上げお客にビラを渡していく。ビラには、朝春への投票を促す内容と、下部には満福印のたこ焼き屋割引券となっている。

 このビラ配り隊はクラスの動きとは別で、翔平が勝手に用意した有志の部隊だ。その名も朝春を見守る会。文化祭を回る時間を朝春に捧げているのは数名だけだが、実は会員数が一学年分に及ぶほど存在している。

 翔平が『ミスコンなら勝てる可能性がある』と話した根拠の一つだ。むしろこれが主な根拠と言ってもいいだろう。当然投票には外部のお客さんからのものもあるため、確証はないが、それでも学校の三分の一近い票が確定していることを考えれば、朝春のミスコン優勝も夢ではない。

 後は、満福の割引効果がどれだけ働くか。また、朝春が観客の心をどれだけ掴めるかにかかっている。

 それからおよそ三十分後。ミスコンが開始となる。

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