第4話:恋敵、一触即発

 文化祭まで残り三日。いよいよ準備も本格的に始まり、校内への装飾も施されてきた。廊下や玄関、体育館なんかも壁が可愛らしく彩られ、文化祭独特の異様な空気感に当てられた生徒たちはソワソワと浮き足立っている。

 朝春も当然その内に入っており落ち着かない様子で日々を過ごしていた。

「おい、告白の言葉は考えたか?」

「はぁ!? ちょっ、何言ってるんだよ!」

 トイレ掃除中の朝春と翔平。誰もいないのをいいことに、当たり前のように話し出す翔平に掴み掛かる。

「そそそそ、それは、考えないようにしてるんだから! 話に出さないで!」

「考えないって……アドリブができるほど器用じゃないだろ」

 朝春が文化祭に対して浮ついている理由は、主にこちらが原因だ。ミスコンに出るか否かの話をした際、朝春は姫花への告白も決心していた。だが、実際のその日が近づくと落ち着かず、居ても立っても居られない状態だった。そのため考えることをやめ、今の今まで忘れ去った気でいたのだ。

「告白しなかったら、姫さんから意気地なしって思われるぞ」

「そ、それは……」

「俺も一緒に考えてやるから、諦めるなって」

 怖気付く朝春の背中を押す翔平に感激を目を向ける。

「何パターンか用意しておいた方がいいな」

「そ、そうな?」

「そりゃお前、シチュエーションに合わせてしっかり言葉を選ばないと!」

 翔平の言うことも一理あるかと納得した朝春は、まず告白のシチュエーションから考える。

「どのタイミングがいいかな?」

「優勝コメントで告白するのがいいんじゃないか?」

「やっぱりそこだよね」

 ミスコン優勝者にはもちろんコメントを求められる。朝春たちが通う高校ではミスターコン優勝者による公開告白が以前にも何度か行われている。告白のタイミングとしては王道だろう。

「でも、それって優勝前提の話だよね」

「じゃあ、負けたパターンも考えよう」

「えぇ、負けたのに告白するのってダサくない!?」

 朝春はそちらの方が確率は高そうだ。と思い素直に呟いた。誰もが大河の優勝を信じている。朝春自身もそうだ。万に一つ自分が勝てるとは、未だ思えていない。

「負けたのを理由に逃げる方がダサいと、俺は思うけどな」

「そう言われちゃうと……」

 逃げ道を塞がれた気分の朝春だったが、翔平もそこはきちんと考えた要で、

「ちゃんと負けても映えるような作戦を考えてやったから。任せとけって!」

 朝春とは対照的に自信満々な翔平に、「他人事だと思って……」と朝春は不満を漏らした。だが、翔平の強引さがなければ姫花と話すことも、告白しようという気すら起こらなかっただろう。その点には朝春も感謝をしている。

「朝春君いる?」

「おぉ?」

 と、翔平が敗北時の告白パターンについて話そうとしていると、トイレの扉が開かれ一人の男子が入ってきた。高身長で背景に花が似合いそうな美少年。噂をすれば影がさす。件の百城大河がやってきた。

 朝春に用があるようで、「ちょっといい?」と手招きをしてトイレから朝春を連れ去った。

 男子トイレを後にする二人の背中を、翔平は何事かと見送った。星飛雄馬の母のように扉の隙間から顔を覗かせながら。

 そのまま大河は綺麗な姿勢で歩いていき、西棟の階段へと向かう。ここは屋上に繋がる唯一の階段で人気がない。密談をするにはもってこいの場所だが、一体何の用件だろうかと朝春が考えを巡らせていると、大河がゆっくりと振り返った。

 屋上へと繋がる扉は施錠されており、踊り場で向かい合う二人。大河から熱い視線を向けられた朝春はドキリと胸が鳴るのを感じた。

「朝春君。君は、姫花のことが好きなのか?」

 朝春よりも十センチは高い位置に大河の顔がある。斜め上から見つめられた朝春は、美顔の圧を受けたじろぐ。逃げようにも、壁際に追い詰められてしまいこれ以上下がることもできない。

「ど、どうして、そう思うの?」

 大河に詰め寄られた朝春は、好きな人がバレていることについても気恥ずかしさを感じながら問い返した。

「最近よく話しているから、そうなのかなって。君が、あまり人と関わるタイプじゃないのは知っていたから」

 朝春をじっと見つめる大河はそう答えた。

 朝春からして見れば、だからどうしたという話ではあるが、あまりにも大河が真剣な顔をするため、朝春はその真意を勘繰ってしまう。

「それを確かめて、どうするの?(まさか、大河君も姫花さんのことを……)」

 一問一答を続ける朝春に、大河は意を決した様子で口を開いた。

「君を止めたくて」

(やっぱり……!)

 その答えを聞いて朝春は納得すると同時に、もやもやとした気持ちを抱えた。

(こんなイケメンが相手じゃ、僕なんて……)

 とネガティブな思考に陥る。今までは二人が関係を否定していたこともありなんとか希望があったが、大河が本気で姫花を狙っているとなれば話は変わってくる。真っ向から勝負をしてこのハイスペイケメンに叶うはずもない。

「君と姫花じゃ、釣り合わない。僕の方が相応しい。君もそう思うだろ?」

「なんで、そんなこと……」

 朝春の中で大河のイメージが崩れ去っていく。誰にでも分け隔てなく接する外見も内面も完璧なイケメン。それが、こんな人気のないところで他人を否定するような人間だったなんて。

 そんな裏切られたような感覚にショックを覚えた。それだけではない。単純に姫花との関係を完全否定されたことにも腹が立っていた。男なら、そんな嫌味を言わずに真正面から勝負をしたらいいだろう。そんな感情が芽生える。

「もし文化祭で告白するつもりなら、僕は全力で君を止める」

「なっ!?」

 大河はトドメを刺すようにそう告げた。

 宣戦布告だ。朝春はそう受け取った。

 真っ向から告げられた言葉に朝春は驚愕し開いた口が塞がらない。遠回しの否定をした上での宣戦布告に、なんて下劣な。と朝春の胸に憤怒の情が湧き起こる。

「それにあいつは──」

「なんで君にそこまで言われなくちゃいけないんだ!」

 なおも言葉を紡ぎ続ける大河の声を遮り朝春は叫んだ。普段の温厚な朝春からは考えられない動きに、大河も驚きギョッと目を剥いて仰け反った。

「僕は負けない!」

 朝春はそう言い残して踊り場を後にした。階段の下では今の叫び声を聞いた生徒たちが何事かと好奇の目を向けてくるが、そんなものは意にも介さず朝春は廊下を駆け抜けた。

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