第3話:ミスコン出場に向けての準備

 それから数日。朝春はたこ焼きシェアの件もあり姫花と話せるようになっていた。その要因として、姫花から話しかけられることが増えたからだ。

「朝春君、のり取ってちょうだい」

「はい!」

 文化祭まで一週間と少し。教室内の装飾作りを少しずつ進めるクラス内に手、朝春は姫花と共に壁面の作業を行なっていた。折り紙や切り絵を青色の画用紙に貼っていく。店内のモチーフイメージは蛸に準えて海だ。薄青色の画用紙には美術部の女子が海っぽい絵を描き込んでおり、その上に装飾をつけていく。他の生徒も同じように作業を行なっている。

「朝春! ちょっといいか!」

「翔平! なんだよー」

「せっかく姫さんと作業してるところ悪いな」

「ちょちょっと!!」

 二人の元へやってきた翔平に声をかけられた朝春は、唇に指を当てながら翔平の体を押し遠ざける。姫花の方を振り返ると、幸いにも聞かれてはおらず作業に没頭していた。

「姫さんや。こいつちょっと借りてくよ」

「はーい」

 翔平は事も無げに姫花へと声をかけ朝春を連れて教室を後にする。

「ちょっと! どこに行くんだよ。せっかく姫花さんと話せるようになったのに」

「悪いな。だが、ミスコンに向けても準備をしなきゃいけねえだろ? 勝つには万全の体制で望まないとな」

「本当に僕で、あの大河に勝てるのかな……」

 学校一のモテ男である大河がミスターコンに出場することは決定事項だ。他薦で既に参加が決まっており、さらに大河は、去年のミスターコンでも一年生ながら優勝を果たしている。来年は受験生ということと、実力が認められていることもあり、今年も優勝した際には殿堂入りとなることも決まっている。

「大丈夫。お前は俺が優勝させてみせる」

「それで、どこに行くの?」

「被服室だ」

 翔平に連れられやってきたのは、服飾学科が主に使用している教室だ。ミシンやら糸やらと家庭科で使うようなものが置かれた教室で、今も多くの服飾科生徒が使っている。

「知っての通り、服飾科はステージでファッションショーを行う。そのついでにお前の衣装も作ってもらおうってわけだ」

「え! でもあと一週間しかないんだよ!? 大丈夫なの?」

「既に出来上がっているものを調整してもらうだけだから、大丈夫だ」

「そうなんだ」

 翔平の準備の良さに驚きつつ、そんな話を受けてくれる人がいるのだろうかと疑問も浮かぶ。

「紹介する。服飾科の椹木 木乃香だ」

「どうも」

「え、どうも……」

 翔平は被服室の角へと向かうと、そこにいた女子生徒を紹介した。三つ編みおさげの丸メガネをした、おっとりとした地味目の女子だ。厚い前髪で目が少し隠れ気味だが、かなり度が強いメガネをかけているのが分かる。

「話は聞いています」

 少し低めの声で喋る木乃香がぺこりと頭を下げたため、朝春も反射的に礼を返す。

「朝春さんの衣装は私に任せてください。素晴らしいものに仕上げてみせます」

「あ、ありがとうございます」

 なんでこんなにやる気があるんだろう。と疑問に思わないでもない朝春だったが、服を作るのがそんなに好きなんだな、と結論付けた。

「では、採寸をさせていただきますので、制服を脱いでラフな格好になってください」

 木乃香に言われるがまま、朝春は制服を脱ぐ。木乃香は採寸用のメジャーを音を鳴らしながら取り出すと、じゅるりと涎を飲み込んだ。

(じゅるり?)

 それを不思議に感じる朝春だが、採寸は普通に行なってもらい、それ以上気になることはなかったため放念することにした。

 木乃香は手際よく終えると、記録をメモして頷いた。

「朝春さんの衣装は既に何点か作成済みなので、サイズ調整のみですぐにできると思います」

「それは助かる」

「え、衣装作られてる希?」

 木乃香と翔平の会話にまたもや気になる言葉が出てきて、朝春は思わず会話に割り込む。

「ああ、いえ、こちらの話です」

「既製品がってことだ」

「そ、そう」

 何か腑に落ちない違和感を覚えた朝春だったが、自分のためにここまで協力してくれている二人を疑うのも良くないと思い、朝春は追求することなく飲み込んだ。

「じゃあ、また当日に」

「はい。任せてください!」

 翔平から衣装制作を託された木乃香はやる気満々の返事を返しミシンへと向かった。

 その後二人は教室へと戻りクラスの文化祭準備を手伝う。まだ他のクラスメイトも作業をしており、それは姫花も例外ではなく教室に残っていた。

「やあやあ姫さんや。お疲れさん」

「牧君、お疲れ様〜。用事は終わったの?」

「おう。ばっちりよ」

 翔平が気さくに姫花へ話しかける様子を羨ましそうに半歩後ろで眺めている朝春。会話に入りたく思っているが、翔平のようなコミュ力もなく、好きな人相手で緊張もしてしまい、その場にいるだけの人形と化してしまう。

「朝春なんだが、文化祭でミスコンに出るんだよ。応援してやってや」

「そうなの!? 応援するする! あ、でも私もミスコンに出るから負けないよ!」

「いや、僕は男子だからミスター混んで、姫花さんとは戦わないよ?」

「ああ、そうなの……」

 なぜか残念そうにする姫花を見て、朝春はほっこりと微笑ましい気持ちになる。

(姫花さん、ちょっと天然で可愛いなぁ)

 翔平が話を振ってくれたおかげで自然と会話にも参加でき、朝春は嬉しさで顔が緩む。ちびまる子ちゃんに出てくる中野さんくらい緩んでいる。

「ミスターコンなら、大河と戦うんだね。あんな奴ぶっ飛ばしちゃって!」

「う、うん。頑張る!」

 姫花の激励を受けた朝春は、(大河君とは、意外と仲良くないのかな?)なんて思い、僅かに安心しつつ一層ミスコンに向けてやる気を漲らせた。

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