第2話:たこで繋がる
文化祭準備期間は、部活動に所属していない生徒が主となって準備に当たる。朝春たち三人組の中では、翔平だけがテニス部で抜けるため、満福と二人で文化祭準備に参加していた。
「料理長! こちら味見をお願いします!」
「うん。熱々、紅生姜も効いていて二重丸。形が少し不揃いなのは愛嬌ってことで。完璧だよ!」
教室の角で、コック帽を被った満福が差し出されたたこ焼きを頬張り嬉しそうにサムズアップする。その傍にはホットプレートと、たこ焼きの生地と格闘するクラスメイトの姿が。黙々と上がる湯気は全開の窓に流れていくが、良い匂いの流れ弾が鼻腔をくすぐり、朝春は涎を飲み込んだ。飾り付けを作る手が止まり、お昼を食べたはずなのに空腹で腹が鳴ってしまい、誰にも聞かれていないかと恥ずかしそうに周りを見て俯いた。
料理長、と呼ばれている満福は、実は大食漢なだけでなく料理にも精通している。休みの日は家でスパイスからカレーを作るほどには料理も好きである。
文化祭にて、朝春たちのクラスはたこ焼き屋を開くことになり、満福が料理長へと立候補した。その理由は主に試食が目的であろうと決めつけて朝春は笑った。そして予想通り、満福がたこ焼きができたそばからバクバクと口に運んでおり、クラスメイトから怒られている。
「ごめんごめん。みんなの分は僕が作るから」
べしべしと叩かれる満福は楽しそうに笑いながらたこ焼き器と向き合う。しかし、竹串を握るとその表情が一変した。修羅の如く形相を浮かべる満福はたこ焼きの状態を鋭く観察し、千手観音かのような手捌きでたこ焼きを返していく。金だこにも劣らない綺麗なたこ焼きを皿に盛り付け、
「おあがりよ!」
ドン! とテーブルに皿を叩きつけた。たこ焼きの上で鰹節が踊っている様子に、そして満福の圧巻の手際にクラスメイトたちは歓声を上げた。
「磯部がたこ焼き作る所だけでも十分見応えあるじゃん!」
「もはやショーだね」
「いやあ……照れるなあ」
クラスメイトからベタ褒めされた満福は頬を染めながら頭を掻く。このクラスのマスコット的存在の満福はみんなに囲まれながら、そろりとたこ焼きに手を伸ばすが、「食べ過ぎ!」と副料理長兼学級委員長に手を叩かれていた。
満福印のたこ焼き屋は昨年も開かれており、アンケートにて一位を獲得している。今年も優勝の座を狙うため、朝春たちのクラスは手段を選ばずにたこ焼き屋を選択した。
「そうだ。伊達さん、これ朝春に持って行ってあげて」
「うん、良いよ!」
と、そんな様子を朝春が遠巻きに眺めていると、満福は小皿にたこ焼きを取り分けクラスのマドンナである姫花に手渡した。
艶やかなロングの黒髪を靡かせながら姫花が朝春の元へ向かってくる。スカートからスラリとした長い足が伸び、タックインされたワイシャツを豊かな双丘が押し上げている。完璧なスタイルの上には小さな顔がちょこりと乗っており、目鼻立ちの整った顔で朝春の方を見据えている。
突如として訪れた姫花との接触機会に、朝春はドキリと肩を震わせ赤面する。姫花越しに彼女の背後を覗くと、満福がにっこりと笑顔を浮かべながら親指を立てている。
(ものには順序ってのが……)
姫花とは授業などの事務的な会話以外したことのない朝春は、緊張で硬直する。心臓がバクバクとうるさいくらいに早鐘を打って降り、それは姫花が一歩近づく度にBPMを上げる。
「朝春君、これどうぞ。磯部君が作ったたこ焼きだよ!」
姫花は小皿を朝春の机に置くと、そのまま去っていくかと思いきや彼の隣に座った。椅子を引いて朝春と肩が触れるか触れないかほどの距離まで詰め寄ってくる。そんな挙動に朝春はギョッとしてたこ焼きを見つめることしかできない。たこ焼きの香りと、その合間を縫うようにして姫花の女子特有の良い匂いが香ってくる。朝春の精神状態はすでにキャパオーバーで、脳内はショート寸前だ。
(何を話せば……というかなんで僕の隣に座ったんだ!? みんなのところに戻るべきじゃないのか!?)
「この席良いよね。みんなの様子が見えて」
「えっ!? あ、ぁあ、良いよね! うん。そうそう!」
姫花は朝春の机に肘をついて手のひらに顎を乗せながら、感傷に浸っているような表情で呟いた。朝春は突然振られた話にしどろもどろになりながら返す。
「朝春君も、もっとみんなのところに混ざったら良いのに」
「え、いやぁ、僕なんかが言っても、何もできないし」
「……何かをしなきゃいけないとか、ないよ? ただ、同じ時間を共有するだけでも十分価値のあることなんだから」
姫花はクラスメイトたちへ向けていた視線を朝春へと向ける。隣で首を振っているのが分かり、朝春は恐る恐る横を振り返る。
タレ目がちの二重はくりっとしており、その大きな瞳は薄茶色に輝いている。柔和な笑みを湛えた美少女(片思いの相手)が自身を見つめている状況に、朝春は言葉も出ずみるみると顔を赤くしていく。
「ふふ、トマトみたいだよ」
イタズラっぽく笑うその言葉がトドメとなり、朝春の脳が爆発した。
「だ、だだだ、伊達さんは、み、みんなのところに戻らないんですか?」
「なんで? 朝春君と話したいからここにいるんだよ?」
「はぅ!? そそ、そうなんですね」
幸か不幸か、一度キャパを超えたことにより一周回って話せるようになった。噛みまくりでみっともない話し方になってしまっているが、だんまりよりはマシだろう。
「朝春君って、普通に良い子っぽいのにあんまり人と関わってるところ見たことないから、なんでだろーって思って。朝春君のこと知りたくなったの」
「そ、そうですか。でもなんで突然……」
「うーん、なんとなく!」
姫花はそう言いながら、朝春のことを知りたいと質問攻めを始めた。趣味はなんだとか、休日は何しているか、犬派か猫派かなど、とにかく問い詰められまくり、そのおかげもあって朝春の緊張も徐々にほぐれていった。
今度は逆に、朝春も勇気を出して質問してみることに。
「伊達さんは、す、す、好きな──食べ物はなんですか!?(今じゃない今じゃない! 好きな人を聞くのは絶対今じゃない!)」
テンパった朝春は何を血迷ったか、姫花の好きな人を聞こうとし、寸前でなんとか軌道修正を果たした。
「ねぇ。敬語じゃなくていいよ? それに、伊達って可愛くないから、気軽に姫花って呼んで?」
「ヒィ、ひめ、ヒメヒメ、姫花……さん」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。深呼吸した方がいいよ」
過呼吸気味になってしまった朝春を心配する姫花に背中をさすられ、普段は猫背の朝春だが、背筋がまっすぐに伸びた。そして言われるがまま大きく深呼吸をする。
「落ち着いた?」
「は、はい……」
顔を覗き込まれ、またもや気が気でなくなる朝春だったが、これ以上の醜態は晒すまいと気合いで持ち堪える。
(姫花さん……可愛すぎる。こんなに話せるなんて、ありがとう満福!)
心の中で親友に感謝を述べながら朝春は姫花と向き合う。端正な目鼻立ち、薄い唇は見るだけでも柔らかく、ほんのりと赤みがある健康的な頬は思わず突きたくなる誘惑に駆られる。遠目では気付けない魅力を至近距離から浴びせられ、朝春はダウン寸前。
「ねぇ、たこ焼き一個もらってもいい?」
「あ、あぁ、どうぞ」
「やった!」
姫花はそう言って、朝春の目の前にある皿からたこ焼きを一つ取っていく。一つしかない爪楊枝で美味しそうにたこ焼きを口に放り込み、ハフハフと味わっている。
「朝春君も食べなよ。これすっごく美味しいよ!」
「あ、あぁぁあ、うん」
姫花は爪楊枝をたこ焼きに刺すと朝春にも食べるよう促した。爪楊枝は朝春の分しか乗せられていなかったため、これはつまるところ、
(間接キスッ!?)
朝春は赤面しながらも、突如見舞われた幸運に手を伸ばさずにはいられなかった。
『朝春! ダメよ! 間接キスと分かっていながら好きな人の爪楊枝をねぶるなんて下衆な真似しちゃ!』
と、朝春の脳内に一人の天使が現れた。
『朝春。これは千載一遇のチャンスだぜ。その爪楊枝を味わっちゃえよ。どうせバレやしないんだ』
今度は反対側に悪魔が現れた。快楽殺人鬼のように爪楊枝を舐める悪魔を見て、朝春は決心した。
「い、いただきます」
『ダメよ朝春! アサハルー!』
天使の叫びも届かず朝春は爪楊枝を手にたこ焼きを口へと運んだ。そして、爪楊枝には触れないようたこ焼きのみを口の中へ放り込んだ。
(これなら、気持ち悪さもなく食べられる!)
『朝春! 見事よ!』
天使も感涙しながら拍手をしている。朝春の起点により、間接キスを避けながらもたこ焼きを食すことに成功した。
「あ、ごめんね! 私が使った爪楊枝じゃ嫌だよね……。すぐ新しいの持ってくるね!」
「えっ、いやそんんなことは! そんなことはないですぅ!」
朝春の食べ方を見て察した姫花は、席を立って行ってしまった。朝春の制止も届かず、自分の行動が裏目に出たことを憂い心の中で涙を流した。
その後、姫花は爪楊枝を朝春の元に持ってきてくれたが、もう朝春の隣には座らずクラスの輪へ戻ってしまった。
(僕のバカァぁあああああ!)
後悔の念に苛まれる朝春は机に突っ伏した。
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