文化祭のミスコンで告白するんだ!

明通 蛍雪

第1話:文化祭準備

「文化祭に向けて、言いたいことがある」

 とある高校の昼休み。男子三人で集まったところで、そのうちの一人が厳かに話し出した。短髪を掻き上げた髪型の、よく焼けた肌の美丈夫である牧 翔平は、他の二人を見回す。教室の左後方の席に固まる三人の会話には、誰も興味を示しておらず、ガヤガヤとした喧騒が流れている。

「どうしたの?」

 翔平と向かい合った席に座り、コンビニで買ったおにぎりの包みを剥がしていた少年、加賀谷 朝春がのんびりとした表情で返す。こちらは翔平とは対照的に白く焼けていない肌をしており、体も少し華奢で弱々しい印象だ。

 そして、朝春の隣に座る磯部 満福は二人の話も聞かずに惣菜パンを頬張っている。寸胴体型でムチッとした満福は見た目通りの大食いで、机の上には夥しい量の昼食が用意されている。

「俺たちも来年は受験。となると文化祭を本気で楽しめるのは今年が最後だ」

「そうだね」

「伝説に残るような文化祭にしたくないか?」

 翔平の提案に、朝春は「伝説?」と疑問を返す。

「みんなの記憶に残る文化祭にしたいんだよ」

「具体的にどうするのさ」

 おにぎりを小さく咀嚼しながら朝春は具体的な説明を求めた。だが、翔平は頭を悩ませているような表情を浮かべる。

「それを考えるのを手伝って欲しいんだよ」

「何も決まってないんだ……」

 翔平の思い立ったが吉日の性格はいつものことで、やりたいことは思いついても計画の具体性はなく、いつも朝春と満福を頼っている。呆れ笑いを浮かべる朝春は、それでも翔平の悩みに手を貸してしまう。

「しょうがないなぁ。友達として力を貸してあげるよ」

「サンキュー! 朝春! お前ならそう言ってくれると思ってたよ! 満福、お前は?」

「僕はご飯がいっぱい食べられればなんでもいいよ」

 翔平と朝春の視線を受けた満福は、机上の食べ物を半分以上平らげながらそう答えた。

「三人寄ればもんじゃの知恵って言うしね」

「文殊の知恵な? お前は一旦食べ物から離れろ」

「なっ!? 僕から食を取ったら何も残らないじゃないか! 無食のニートになっちゃうよ!」

 満福の満たされない欲求に翔平と朝春は揃って笑い声を上げた。

「そうと決まればなんだが、何かいいアイデアはないか?」

 翔平はルーズリーフを取り出しメモを取る用意をし二人と顔を突き合わせる。

 三人が通う高校の文化祭は十月初旬に行われる。準備期間は一ヶ月あり、本番までは残り二週間ほどしかない。すでにクラスでの出し物も決まっており、何か意見を出すには遅すぎるタイミングではある。

「ステージ発表はどう? まだ締め切り過ぎてないよね。明後日とかじゃなかったっけ?」

 朝春は文化祭のしおりを机から引っ張り出し予定表を見て意見を出した。クラスの出し物とは別に、演劇部や軽音楽部による発表、クラスで演目を披露する組もあり、有志での参加も可能なため、ステージ利用への申し込みは締め切りが遅めに設定されている。

「ステージかぁ。今から準備して間に合うか?」

「内容によるんじゃないかな。僕たちに何ができるかなんて、たかが知れてると思うけど」

「ステージなら、ミスコンとかが良いんじゃない。僕は出られないけどね」

 昼食をほぼ食べ終わった満福は、空きができた机の上を見て悲しげな表情を浮かべている。しかし、そのおかげで朝春が用意した予定表に目が行き、ミスコンの文字を見つけた。

「ミスターコンか。男子の枠でエントリーするには、ネームバリューが弱すぎるよな」

 翔平は二人を見つめてそう呟いた。もちろん自身を含めて。三人ともミスターコンに出られるほどの知名度やイケメンではない。かろうじて、朝春が童顔なため行けないこともないだろうが、少し男らしさに欠ける。さらには内向的な性格のため、ステージに立つのは難しいだろう。

「あ! 良いこと思いついた」

 未だゆっくりとおにぎりを食べている朝春を見つめていた翔平は、目を見開いて手のひらを拳で打った。

「朝春。お前がミスコンに出るんだ」

「……え、嫌だけど」

 咀嚼していたおにぎりをしっかり飲み込んでから、朝春ははっきりと拒絶した。だが、翔平もそれで諦めるはずもなく、朝春を説得するため身を乗り出した。

「ミスコンで優勝すれば──」

「加賀谷。そのおにぎり食べないなら僕にちょうだい」

「満福はほんと食いしん坊だなぁ。良いよ」

 翔平の話を遮るようにおにぎりの受け渡しをする二人。朝春はこれみよがしに翔平の話を無視しようとしている。

「満福! 俺のパンをやるから話を遮るな!」

「やったあ。ありがとう牧」

 おにぎりとパンを受け取った満福は嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、意気揚々と食べ始めた。

 邪魔が入らなくなり、翔平は再び話を戻す。朝春は嫌そうに顔を顰めながら翔平と向き合った。

「ミスコンで優勝すれば、内気なお前も主人公になれるぞ」

「主人公ってなんだよ……。大体、僕がステージに立ったって、カカシになるのがやっとだよ」

「主人公になったら、お前が好きな伊達の姫も振り向いてくれるかも知れないぞ」

「なっ!? そんな、僕は、好きだなんて……烏滸がましいにも程があるよ!」

 翔平の言葉に耳まで真っ赤にして否定する朝春は手をブンブンと振って慌てている。

 伊達の姫とは、このクラスのマドンナ的存在である美少女、伊達 姫花のことである。高校入学時から朝春が片思いをしている相手であるが、内気で初心な性格も相まって未だ接点なし。告白どころか、プライベートなことについては話すことさえできていない。

「それに、伊達さんにはお似合いの相手がいるじゃないか」

 朝春はそう言いながら視線を横に映す。教室の対角の位置に座する陽キャグループのど真ん中。そこには文武両道の高身長イケメン、百城 大河がいる。流麗な茶髪を靡かせる姿は女子の全てを虜にし、流れる汗はフローラルな香りを放ち、浮かべる笑顔は花も恥じらう甘いマスク。この学年のミスターコンはこの男が総なめすると決まっている。

 そんな大河と姫花は小学校からの幼馴染で、両親同士も仲が良く、本人たちは否定しているがもはや衆知のカップルとなっている。

「そう弱気になるなよ。本人たちが付き合ってないって言ってるんだ。この文化祭を利用して、伊達の姫と接点を作っちまえよ」

「でも……」

「それに、ここだけの話だが、伊達の姫はお前みたいなちょっと弱っちい感じの、童顔の男子が好みらしいぞ」

「えぇ!?」

 自身の耳元で囁かれた情報に朝春は目を剥いて驚く。その顔には嬉しさがわずかに滲んでおり、翔平はもう一息で落とせると確信した。ちなみに、嘘である。翔平が今口にした話はでまかせで、適当にでっち上げた嘘である。しかし、お人好しかつ恋愛話に疎い朝春には気付けない。

「ミスターコンを取れれば、ベストカップル賞も狙えるはずだ。そこで告白しちまえよ!」

「うぅ…………、分かった! その船に乗ってやる!」

「よしキタァ!」

 翔平の説得により覚悟を決めた朝春は二人で手を組んだ。おにぎりとパンを食べ終えた満福も二人に協力すべく、拍手を送っていた。

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