第7話 ブラッディ永田
七、ブラッディ永田
土曜日の夜は一週間で一番楽しい時間だ。
昼までは仕事だが、日の高いうちに帰れるのが楽しいので私はやっぱり社畜なのだと思う。
社会人の義務を果たし、昼食は近所の人気ラーメン屋でガッツリ食べて買い物をして帰宅。心ゆくまで夜更かしをして、朝は死ぬほど寝る。これを贅沢と言わずして何を贅沢というのか。
そして大した予定のない今週もその贅沢を満喫して、日曜の朝は三度寝をしていた。多分十時頃だと思うけどまだまだ寝れる。
日曜日の朝も嬉しいけれど、どことなく一夜の夢から覚めてしまったような寂しさが切なくていつまでも起きたくなくて十二時ごろまで寝てしまうこともザラだ。
カーテン越しに部屋の中に入ってくる日の光が気持ちよくて、また布団に潜り込む。
世の中の人は天気がいいと出かけたくなると言うが、天気がいいから外に出たいとはあまり思わない。
そりゃあ出かける時に雨が降っていると服や靴が濡れて気持ち悪いので晴れてくれる方がいいけれど、私は天気がいい日ほど家でゴロゴロしたいのである。
しかし、私のそんな贅沢な日曜日を邪魔する不届き者がいた。
耳元でけたたましく鳴るスマホである。間違ってアラーム設定してたか? と忌々しく思いながらぼやける視界で画面をタップするとスマホは静かになった。
四度寝を楽しむか、と布団をかぶり直した矢先、スマホがもう一度けたたましく鳴る。
どういうことだと開かない目を開けて画面を見ると着信画面で、なぜか晴久の名前が表示されていた。
「……もしもし」
『悪い、起こしたな』
「本当にな」
ここで「そんなことないって」とか言うような間柄ではない。
「で? なんで家でわざわざ電話?」
『いや、俺今外出てるって。一応声掛けて出たけど、やっぱり気付いてなかったんだな』
「マジか。ぜんっぜん分からんかった……」
そういえば今日は社内サークルの活動日だって言ってたような言ってなかったような。
一人暮らししていた時も大雨や地震が夜中にあっても全く気付かず爆睡していたので、寝ている間に何かあれば十中八九生き残れない。結婚して生存確率上がった点である。
『起き抜けに悪いんだけどさ、ちょっと忘れ物届けてくれないか。取りに戻ってると間に合わなくってさ……』
「おーいいよ」
今日は特に予定もないので特に深く考えず頷いた。
忘れ物届けた帰り道にちょっと贅沢な朝食か昼食でも食べに行けばいいかと、その時はのんきに考えていたのである。
晴久の忘れ物というのはバレーボールシューズだった。シューズ袋のまま持ち歩くのは少々抵抗があったので、適当な大きさの紙袋に突っ込んで行く。
行きの電車の窓から満開を迎えた桜の木が何度も見えて、それだけで気分が華やぐ気がした。日常の風景にいつもはない色が入るだけでなんでこんなにウキウキするんだろう。私にも日本人の血が流れている証拠なのだろうか。
道中の桜を楽しんでいると、あっという間に体育館の入り口にたどり着いた。
体育館の玄関にある「本日の催し」と書かれたホワイトボードに晴久の会社名を確認する。どうやら他社のバレーボールサークルと合同でメインコートを借りて練習試合をしているらしい。
スマホで晴久に電話をかけると、三コールもしないうちに電話に出た。
「もしもし? 今体育館の玄関着いたけど」
『すぐそっち行くわ!』
バタバタと慌ただしい物音がスマホ越しに聞こえてくる。
『透子!』
スマホから聞こえる声と実際に耳に聞こえる音が交わった。
数ある扉の中の一つから晴久がひょっこり顔を出している。重そうな扉を押し開いて、こちらへと走ってきた。
「本当悪い!」
「寝てただけだし別にいいよ」
シューズの入った紙袋を渡すと、晴久は両手を合わせて拝んでくる。
「いや、シューズのこともだけど、他にちょっと問題が発生したというか……」
「問題?」
しどろもどろしている晴久を妙に思って眉間にシワを寄せて顔を凝視する。
「あ! 永田先輩! 奥さん来られたんっすね!」
バーン! と晴久が出てきた扉が勢いよく開かれて、笑った顔が定型なのかと思うほど全開の笑顔で駆け寄ってくる。
「奥さんはじめまして! 自分、
「は、はじめまして」
山田くんとやらは晴久の隣に並んで自己紹介をはじめる。圧がすごすぎて二、三歩後ずさった。十メートル以上離れた所から叫んでるように至近距離で話されるので鼓膜が破れそうだ。
「いやー! 噂の奥さんにお会いできて光栄っす! 俺、電気ネズミの写真見てから奥さんのファンで……!」
「ああ……ありがとうございます……?」
山田くんの隣の晴久は眉間のシワを右手で揉んでいる。
おそらくシューズを私が持ってくるとでも口を滑らせたのだろう。この見るからに好奇心の強そうな後輩くんが興味を持たないはずがない。
それにしてもやはり晴久のスマホのデータを早急に検閲する必要がありそうだ。
「よかったら試合見て行ってください! 先輩めちゃくちゃかっこいいんで!!」
前のめりすぎる後輩の山田くんにほぼ押し切られる形で試合を観戦して行くことになったのだが、これがまた大きな判断ミスであった。
「永田さんの奥さん!?」
会場はバレーボールコートが三面が余裕で張れるような広さで、観客席が設けられている立派な体育館だった。
学生の時に公式の試合で使ったことが何度かあったが、練習試合でここを使用できるのはさすが社会人と言ったところか。
観客席の方では晴久の会社の奥様や子供達が多数応援に来ていて、別の所で固まっているグループは他社のご家族だろうか。
世間話に花を咲かせていた集団に、山田くんが私を放り込んだせいで集団はより一層騒がしくなる。ライオンの檻に放り込まれた草食動物の気分だ。
率直に言って怖い。
女特有の相手を品定めするような目で、頭のてっぺんから足の爪先まで査定されているのが嫌でもわかる。しかも十数人分の視線だ。二億四千万にも勝るとも劣らない。いや、それは言い過ぎか。
スキニージーンズに白シャツという無難中の無難という格好だが、危うくTシャツにしかけていたので命拾いしたという他ない。おつかいの後で寄り道する予定を立てた自分グッジョブ。私にも多少の見栄というものもある。
私を獣の群れに放り込んだ張本人の山田はさっさと退散して、すでにコートでパスをしていた。あいつ機動早過ぎだろ。
仕方ないので空いている端の席に腰掛けた。一試合見たらとっととズラかろう。
「はじめまして」
「は、はじめまして……」
隣に座っている人がニコニコと笑いながら挨拶してくれる。茶色の髪がふわふわとやわらかく波打っていて、ニコニコ笑顔と相まってとても優しそうな印象だった。落ち着いていそうだが、多分私より年下っぽい。
「山田です。永田さんには主人がいつもお世話になっています」
「永田です……え、山田?」
流されるように挨拶をしたが、流せない単語が聞こえてきて思わず聞き返してしまった。
「はい。さっき永田さんを引っ張ってきた山田朝日の妻で、
何がどうなってそうなった。
あの山田にまさかこんな可憐な奥さんがいるとは。
「えーと、梨花さんはこういうのよく来られるんですか?」
「たまに来ますよ。あっちゃん……旦那さんが見にきて欲しいって土下座してくるので」
「土下座」
山田よ、土下座が安過ぎないか。
いや、奥さんにいいところ見せたいのは分かるけど、男としてのプライドはないのか。
「あの人他にも色々スポーツをやっているんですが、バレーボールだけはルールが分かるので見に来てるんです」
他にも色々ってどんだけ元気なんだ。その元気こっちに分けて欲しい。
なんか目の端にチラチラと映り込むなと思っていたら、コートの中から噂の山田がブンブンとこちらに向かって手を振っている。梨花さんは穏やかに笑って手を振り返していた。
ああ、すげぇなリア充。場違いすぎて肩身が狭いどころの話じゃない。早く家に帰って漫画が読みたい。
「永田さん、永田さん」
「え、あ、はい」
「旦那さん、見てますよ」
梨花さんに言われてコートの中に目を走らせる。長身の晴久は周りよりも頭一つ抜きん出ていて見つけやすいので、こういう時すぐ見つけられて助かる。
目が合った晴久は周りの方に小突かれながら、なんとも生ぬるい笑顔でこちらを見ていた。
私が現実逃避していたことが完全にバレている。
それでも晴久の顔面に耐性のない周りの奥様方は、高い声で歓声を上げていた。おそらく彼女たちはアイドルや俳優を見ているような気持ちなのだろう。
既婚でこれなのだから未婚の時は相当大変だっただろうなと改めて思った。
しかもアイドルなんかより下手に距離が近いのが厄介だ。いっそのこと殿上人になってしまった方が身の安全は確保できたのかもしれない。いや、絶対数が多くなるだけで危険度は変わらない可能性もあるが。
試合が始まるとみんなコートに夢中になるのでそこまで視線は気にならなかった。
晴久はというと、学生の時と変わらない機動力でコート内を跳んで走り回っている。週に五日も働いているのに、休日の日まで動き回れる体力があることが素直にすごい。
ただ試合を見ているのでも面白いが、こんなことなら資料撮影したかった。そもそも学生時代にバレー部に入ったのも、当時バレーボールをテーマにした少年漫画にハマっていたからである。
フォームや癖の見直しと称して動画や写真を撮りまくって同人誌の資料に使わさせていただいていた。一回生の時、初めての合宿の夜に徹夜して原稿を仕上げていたのを目撃されて派手にオタバレした。
私がオタクということを薄々気づいていた先輩や同級生もいたらしいが、晴久は全く気づいていなかったクチだ。
それどころか二回生になるまでオタクと信じてくれなかった。以前晴久も永田家の面々に対して「周りにオタクがいなかったせいで、晴久の中のオタク像はバンダナを頭に巻いてリュックを背負い、チェックシャツをインした古代のオタク像である」と言っていたが、その当時の晴久のオタク像もまさしくそれだったらしい。その時もさすがにアップデートしろよと思った。
部活を引退してから七年経つが、晴久の動きを見る限りスパイクやサーブのフォームはほぼ現役の時のままだ。
しかしその晴久以上に目を引く存在がいる。山田朝日だ。
レシーブもトスもスパイクも少し素人感が出ているが、どんなボールも最後まで追いかけているのは彼だ。それにフォームはめちゃくちゃだが、味方が捌きやすいよう完全に勢いを殺したボールを上げる。
落ちそうなボールを何度もあげて、チームメイトや観客を沸かせていた。
山田の大活躍のおかげでチームは辛くも試合に勝った様である。
「山田さんすごい動きますね……」
「朝晩五キロ走ってるので」
「五キロ」
「ご飯もすごく食べるのでやりくりが大変なんですよねぇ」
梨花さんが苦笑を浮かべる。
そりゃあそれだけ運動して仕事もしていたら腹も減る。いや、元気なのは良いことだが、大量のご飯を作るのは一苦労だ。
「山田さんの旦那さん、いつも本当元気よね」
「バーベキューの時とかも率先して準備してくれていつも助かります」
前の席に座っていた他の奥様方が話に混ざってくる。あの人懐っこそうな山田ならイベント系には強そうだ。
「子供達の面倒もよく見てくれるし、将来はきっと良いお父さんになるわよ。山田さんのところも早く子供作らないとね」
顔には出さなかったけど、うわ、と思った。
世間話の中ではよくある言葉だが、大して親しくもない人が突っ込んで良い領域ではないと私自身は思う。人にはそれぞれ事情があるのだ。
現に梨花さんは少し困ったように笑っていた。
自分に向けられていなくても、他者にそんな無神経な言葉を掛けているところを見るだけでムカムカする。
しかし私がしゃしゃり出るのもどうかと思い、話をなんとか別のことにそらそうと考えるがアニメや漫画ネタしか出てこない。だめだ。
自分の情けなさに絶望していると、ズボンのポケットに入れていたスマホが震え始めた。発信者は晴久で、コートに目を向けると晴久がスマホを持ってこちらを見ている。
この場で電話する勇気はないので、席を外して通話ボタンをタップした。
「どうしたの。今こっちプチ修羅場で大変なんだけど」
『お前なにしたんだよ』
いくら距離を取ったからと言ってこの場で話すのはよろしくないので、ロビーの方へ向かって歩きながら小声で状況を説明する。
『あー、じゃあちょうどいいか』
「なにがちょうどいいのさ」
『あぶれたメンバーで即席のチーム作ろうってなったんだが、そうするとちょっと審判が足りなくなってさ。山田の奥さんと一緒に審判やってくれないか』
梨花さんが審判をできるのかは分からないが、まぁ練習試合だしそこまでシビアに見ないだろう。ここから離脱できるならなんだっていい。
晴久との電話を切り、席に戻って事情を説明すると梨花さんは二つ返事で話を受けてくれた。他の奥様連中に何か言われるかと思ったが、豪速球のボールが飛んでくるような危険地帯に足を踏み入れたくないのか快く送り出してくれた。
梨花さんがカバンからスマホを取り出してカーディガンのポケットに入れる。その瞬間、スマホケースに付いているストラップが目についた。
「……あの」
観客席から離れ、階段を降りているときに耐えきれず口を開く。
「『コートの神様』お好きなんですか?」
コートの神様とは私がハマったバレーボール漫画である。
作品の名前を出した瞬間、それまでのゆっくりとした動きが嘘のように勢いよくこちらに振り向いた。
顔には『なぜそれを』とでかでかと書かれている。
「スマホのストラップが去年のイベント限定のものだったのでそうなのかなと……」
梨花さんがつけているストラップはパッと見オタクグッズとは分からないリボンストラップだ。作品をイメージした青の生地にキャラクターのイメージカラーの生地を合わせたもので、オタグッズでは稀に見るオシャレさにファンは大興奮していた。
最近では一般人にも分からないくらいオシャレなグッズも増えてきたが、まだまだオタク全開なグッズ展開をしているジャンルもある。一般社会に紛れ、かつ推しを主張できるオシャレなグッズは社会人のオタクにとって必須アイテムだ。
私も欲しかったのだが、イベントには参加できたものの、物販戦争に負けて手に入れらなかったのでよく覚えている。
梨花さんのものは青とオレンジの配色なので、主人公の相棒であるスパイカーの彼が推しだと分かる。
私自身の行動から分かるように、オタクは好きなものに対しての知識を貪欲に求める人が多い。基本的なルールなら一般の方より知っている可能性が高いだろう。
それにお互いあのイベントに参加していたということは、それなりの情熱を持ったオタクということだ。
「まさかこんな所で同志にお会いできるなんて……」
「これから夫共々改めてよろしくお願いします」
私たちはアリーナへ続く扉の前で力強く握手を交わした。
アリーナに入ると晴久が走り寄ってくる。
「何から何まで本当助かる。梨花さんもありがとうございます」
「いやいや、君たちのおかげで貴重な出会いを得ることができたのでこちらがお礼を言いたいくらいだ」
「……次は何のキャラにハマったんだ?」
芝居がかった私の言葉に晴久はきょとんとした表情を浮かべ、梨花さんはクスクスと楽しそうに笑っている。
梨花さんはスカートを履いていて審判台に上がるのが難しいので私が主審、梨花さんが副審をすることになった。公式戦ではないものの線審もいないので主審としての責任の重さを感じる。
「おおー、これが噂の永田の嫁さんかー」
「えっ、あの電気ネズミのお嫁さん!?」
試合前の整列の時に一切の遠慮なくジロジロと見られる。女の値踏みより怖いものではないが、今度は動物園の動物にでもなった気分だ。というかあのイロモノ写真をどこまで見せて回ってんだ晴久の奴は。
いちいち反応せず、全部笑顔で流して淡々と試合を進めて行った。
審判台によじ登り、選手達がそれぞれのポジションについたのを確認する。久しぶりの視点の高さに思わずワクワクしてしまう。
観客席で見ていた時も思ったが、アマチュアの社会人チームとはいえ、ボールのスピードはなかなか速い。まぁ審判にボールが当たるなんてことは現役の時もあまり見たことないから大丈夫だろうけど、ヒヤヒヤはしてしまう。
梨花さんはタッチネットやオーバーネットを的確に教えてくれる。予想通りバレーボールのルールは一通り勉強したそうだが、実際の試合で審判をするのは初めてとのことなので初めてにしてはすごい。
試合は白熱しているが、今の所問題は起こっていない。なんとか役目を全うできそうだと胸をなで下ろしている時に、問題というか事故が起こった。
山田にサーブが回ってきたのである。この時点でなーんか嫌な予感がしていたが、まぁ気にしすぎだろうと思って深く考えずホイッスルを吹いた。
それまでの山田のサーブを見るに、肩が強いようでなかなかの威力だったが、コントロール力はないようなので博打みたいだなと思っていた。
さて、今回の博打は吉と出るか凶と出るか。
山田がサーブトスを上げて右手で力強くボールを打つ。
「!!?」
そしてなぜか打ったボールが私めがけて飛んでくる。
こっちに向かっていると分かっても、避けるスキルが無かった。あ、と思った瞬間には顔面にボールが直撃していた後だった。
「透子!!」
「永田さん!!」
「うわああああああ!!??」
晴久と梨花さんの驚いた声が遠くで聞こえる。
ノーコンだが威力だけは凄まじくて首がもげるかと思った。なんとかこらえてネットの支柱にしがみついて審判台から落ちるのだけは防げた。
あまりの衝撃に思わず審判台の上でしゃがみこんで、痛みが過ぎるのを待った。
「大丈夫か!?」
「永田さん大丈夫ですか!?」
「すすすすすみません!!!! 大丈夫っすか!?」
血相を変えた晴久と梨花さん、他の選手達も心配して駆け寄ってくる。
「っ、」
大丈夫、と言いたいところだったが痛みのためうまく言葉が出てこない。
「あ」
つぅ、と鼻の下を水の様なものが伝ったので、まさかと思って触れてみたら鼻血だった。
マジか。
周りの温度が一気に下がったのが分かった。
晴久が無言で駆け出して自分のタオルを持って帰ってくると、有無を言わせずタオルを顔にあてる。
自分でタオルを持って鼻を押さえる。まだ鼻血は出ているものの痛みのピークは過ぎた様に感じた。
「すみません、私は大丈夫なので試合続けましょう」
「いやいやいや」
「奥さん正気か?」
「あとは私が審判やりますし、永田さんは休んでください!」
晴久を始め周りの人にも止められるが、あと少しだし鼻血も止まっているのでキリのいい所まで終わらせておきたい。
最初は止めていた周囲もやがては折れて、試合が続行された。
そのあとは大きな事故もなく、試合を終えることができた。
「ほんっとうに申し訳ありませんでした……!!」
試合が終わると山田夫妻に平謝りされた。
「いえいえ、事故ですし仕方ありませんよ。気になさらないでください」
もう血も止まっているので、鼻周辺のファンデーションが剥げているくらいだ。
それでも山田夫妻は気まずそうにしているので、私はとある提案を思いつく。
「では代わりといってはなんですが、梨花さんと連絡先を交換したいんですけど」
私の提案に他の三人はキョトンとした表情を浮かべている。
「お前、そんな漫画のナンパみたいな」
「ぜひ!」
私の奇行を止めようとした晴久の言葉に被せながら、梨花さんがスマホを取り出す。手際よくメッセージアプリの連絡先を交換してホクホクする。
そのあとは心配する晴久と山田を振り切って観客席に戻り、今日はもう帰らせてもらうことにした。よほど強烈な絵面だったようで、他の奥様方は化け物を見るような目で「お大事に……」と言って見送ってくれた。
梨花さんも私を家に送り届けると言う名目で一緒に帰った。
帰り道は推しトークが大いにに盛り上がった。結局我が家に着いても止まらなかったので、我が家に上がってもらい、練習試合を終えた晴久と山田が来るまで話が尽きることは無かった。
帰ってきた男二人によると、山田渾身のサーブを顔面に食らい、鼻血を流しながらも審判を続けた私のことを「ブラッディ永田」と呼んで恐れていたそうな。
売れないプロレスラーみたいなあだ名を付けられて非常に不本意である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます