第6話 オタク合宿




「出張?」

「そう、来週の土日に仙台」

「えっ、牛タンじゃん! いいなー」

「お前な……遊びに行くんじゃないんだぞ」

 今日の夕飯は鍋だ。野菜も肉も取れるし切って煮るだけなので楽で良い。シメもラーメンとおじやの二種類を食べられるところも良いところだ。

 一人暮らしの時は鍋をすると二、三食は鍋になり、さすがに飽きることが多かったので二人暮らしになって嬉しい利点の一つでもある。

「仙台の牛タンまじで美味しいから毎日三食食べたいくらい」

「まぁ三食は言い過ぎだけど気持ちが分からないでもないな」

 今肉を食べているのに口の中が牛タンになってしまって辛い。

 ああ、美味しい肉を食べながら推しの円盤を見たい。いっそのことその日は私も家でステーキでも焼くか?

 どこでどんな肉を買うか、どの円盤を見るかを考えていると、ふとあることを思いついた。

「あ、じゃあ友達とうちでお泊まり会してもいい?」

 一人暮らしの時はよくオタク友達とお泊まり会を開いて、夜通し円盤を観たり、推しについて語り明かしたりした。

 晴久と結婚してからは色々とバタバタしていたこともあって最近はできていなかったので、久しぶりにやりたいなとふと思った。

「おおー、別にいいぞ。積もる話もあるだろ」

「まぁねぇ。相手が晴久とはいえ人と暮らしてると電話とかも気使うし」

「相手が俺でも気を使えよー」

「へいへい」

 一人暮らしの時は朝の四時くらいまで電話していたこともある。部屋が分かれているとはいえ、話が盛り上がったらどうしても声が大きくなってしまうし気になるだろうから、長電話も極力控えていた。

 晴久には悪いが、週末は久々のオタク合宿で羽根を伸ばさせていただこう。




 オタク友達であるれいちゃんに週末お泊まり会をしないかと連絡をしたら、すぐOKの返信がきた。

「じゃ、お泊まり会楽しんでな」

「晴久も気をつけて。あと牛タンよろしく」

「分かってるって」

 牛タンを忘れないよう釘を刺すと、晴久は苦笑を浮かべながらスーツケースを引っ張って言った。

 出張の話を聞いてからというものの、どうにも口の中から牛タンの味が消えないので晴久におつかいを頼んだのだ。今月の自分の給料とも相談してとりあえず三食分。

 晴久を見送った後は友達を招くためにお菓子やご飯の買い出しに行ったり、お客さん用の布団を出したりしているとあっという間に約束していた三時になっていた。

 マンションのロビーに到着したと連絡が入ったので、サンダルを引っ掛け、スマホと家の鍵を持って一階まで迎えに行く。

 小さな旅行鞄を抱えた友人がガラス扉の向こうで待っているのが見えた。向こうもこちらに気付くと、ひらひらと手を振ってくれる。

 すらりとしたスレンダー長身に、サラサラと背中に流れる長い髪。ワインレッドのペンシルスカートに少し大きめのグレーのニットを合わせており、足元は黒の9cmピンヒール。にじみ出る「いい女」オーラが相変わらずすごい。 

 玲ちゃんとは以前一人で舞台を観劇に行った時、隣の席同士だったという縁で仲良くなった。今ではなんでも話せる親友の一人だ。

「玲ちゃん!」

「透子ー!」

 ガラス扉をくぐると、オタ友こと玲ちゃんとひっしと抱き合った。ああ、めっちゃいい匂いする。

 しかし晴久といい玲ちゃんいい、私の周りはなぜか美人が多い。私自身は平々凡々だというのに。

 前にそのことを玲ちゃんに言ったら「透子ってめちゃくちゃ派手ってわけじゃないけど、それが故になんか人の心にぬるっと……失礼、スルッと入ってくるのよね」と言われた。褒めているのかどうか微妙なラインなのはこの際放っておく。

 ずっと連絡は取り合っていたものの、実際に会うのは三ヶ月ぶりくらいか。

 結婚するまではイベントの頻度にもよるが、多い時で週一ペースで会っていたくらいの仲だったので、ものすごく久しぶりな気分だ。

「元気そうでよかった。いきなり結婚するって言い出すからなんか変な物でも食べたんじゃないかって心配してたのよ」

「私って玲ちゃんの中でどういうキャラなのか小一時間くらい聞きたいところだけど、結婚のことについてちょっと説明することがございまして」

 玲ちゃんは私の言葉に片眉を跳ねあげて怪訝な表情を浮かべる。

「え、なに、どういうこと?」

「まぁ色々と事情があるので、とりあえずうちに行こうか」

 自分の鍵でオートロックを解錠し、エレベーターに乗る。

「お邪魔しまーす」

「どうぞー」

 我が家に案内し、玲ちゃんが荷物を整理している間にお茶の準備をする。と言っても頑張るのは私じゃなくて電気ケトル様だが。

「この間のミュージカル行けなくて本当ごめん」

「いいよいいよ。インフルエンザはしゃーない」

 マグカップにお湯を注いで紅茶を作っていたら、玲ちゃんが深々と頭を下げた。玲ちゃんがお土産で持ってきてくれたケーキをお皿に移し、紅茶と一緒に運ぶ。ケーキはイチゴのタルトとザッハトルテ。イチゴは玲ちゃんの好物で、チョコは私の好物だ。わざわざ聞かずとも取り分はすでに決まっている。

「というか私の代わりに旦那さんが一緒に行ってくれたってマジなの?」

「そうだよ。パンフとペンラとランブロ買ってた」

 私の報告に玲ちゃんは飲んでいた紅茶を吹き出しかけた。

「えっ、旦那さんってこっち側の人だっけ?」

「まさか。バリバリの一般人。好奇心の塊でコミュ力おばけだから適応力が半端なくて」

「あー、たまにいるよね、リア充でやたらと適応力のある人」

 非オタの人は大体オタクと言うのを知るときょとんとした表情をして、いかにも触っちゃいけないものに触ったようなリアクションをする。晴久のような人種は本当に稀だ。

 拒絶されたり引かれたりするよりかはいいが、純粋に感心されたり、オタク用語や不文律を真っ向から聞いてくるのでこちらがタジタジになる。

「結婚式の写真とかあるの?」

「あるけど……見てもそんなに面白くないよ」

 記念写真なんて全く欲しくなかった。そんなものくれるなら推しのブロマイドをくれと思った。けれど、写真屋さんがせっかく作ってくれたので、受け取らざるをえない。革張りの表紙の上等すぎるアルバムはリビングのテレビ下に置いてある。

 写真屋さんからもらったっきりしまいっぱなしだったアルバムを引っ張り出して開く。アルバムを開いた瞬間、玲ちゃんがくわりと目を見開いた。

「なんっじゃこりゃ!! なにこの男!! ウェディングモデル!?」

 そういえば玲ちゃんには晴久についてよく話はしていたものの、写真を見せたことはなかったなということを思い出した。

「横をご覧ください。残念ながらこれ以上もない一般人が写っています」

「合成したんじゃなくて!?」

「そりゃあちょっとはいじってるだろうけど、新郎は合成ではありません」

 玲ちゃんは写真をいろんな角度から見て検分するが、しばらくすると合成ではないと納得してくれたようでようやく顔を上げてくれた。

「一体どんなミラクルがあってこんな超優良物件と結婚したの。しかも結婚に全く興味のなかったアンタが」

「そのことについても、今日ご説明させていただきたいのです」

 私は正座をし直して玲ちゃんと向き合う。

 実を言うと今日のお泊まり会が決まってから、玲ちゃんにだけは本当のことを言おうと心に決めていた。

 リスクを最小限にするためにも事実を知っている人は少なければ少ない方がいい。

 それは理解しているが、本当のことを誰にも言えないのは息が詰まる。それにずっと仲良く推しを追いかけてきた玲ちゃんにだけは隠し事をしたくなかった。

 晴久に相談して玲ちゃんにだけは本当のことを言いたいと言えば、快く了承してくれた。「お前が信頼する相手なら大丈夫だろう」とまで言ってくれた。

 ことの経緯を説明すると、玲ちゃんはなるほどねぇ、とさっきまでの動揺が嘘のように納得していた。

「突然あんたが結婚するって言い出した経緯が腑に落ちた。確かにこの歳になってオタクやってるといろんな圧力があるよね。でも経緯と意図はどうであれ、理解あるいい人と結婚できてよかったじゃん」

 玲ちゃんの中でうまくハマっていなかったピースの数々がピッタリとハマったようで、落ち着いた様子で紅茶の入ったマグカップで指先を温めている。

「あれだけ結婚は嫌だとか男に興味ないとか言ってたから、相手の男に騙されてるか弱味でも握られてるのかと思って心配してたのよ。でも普通に結婚っていうより今の結婚の形があんたらしいわ」

「玲ちゃん……」

 こんな突拍子もない話を信じてくれるのかとか、心配されないだろうかとあれこれ考えていたからホッとしてしまった。

 そして思っていた以上に心配をかけてしまっていたようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「私はいい人がいたら結婚したいけど、何が何でも結婚したいとは思わないからさ。あんたの気持ちはよく分かってるつもり。そういうのもひっくるめて結婚できる相手がいるのって純粋に羨ましいよ」

 私と晴久の結婚は世間の結婚の定義からは大きく離れてしまっているが、今の生活はなかなか楽しいから気に入っている。

 だから、それを認めてもらえて素直に嬉しかった。他の人に言えば、後ろ指を指されそうなことだったから余計に。

「それに、そう言う事情なら私も遠慮することないかなって気が楽になったわー」

「うん?」

「いやー、新婚さんの時間を邪魔しないように遠慮は一応してたのよ。長電話しすぎないようにとか、ライブとかイベントとか何回か誘おうと思ったんだけど、グッと我慢して一人で行ってたし。電話の時に旦那さん大丈夫なのって聞いても透子は軽い感じで『大丈夫大丈夫』としか言わないからさ、違う意味で大丈夫なのかとも思ってたけど、そう言うことなら心配して損したわー」

 しれっととんでもないことを言われて、今度は私がくわりと目を見開いた。

「いやいやいや、なんで誘ってくれなかったの!? 私たちの友情は不滅じゃなかったの!? 結婚という形にとらわれるほど薄いつながりだったの私たち!」

「すんごい面倒な絡み方する彼女かよ。いやいや違う違う、それぞれのライフスタイルの変化に柔軟に対応し、節度を保ったおつきあいが必要だと思ったの。長くおつきあいするためには適度な距離感、大事でしょ」

「きいいい! なんでそういう時だけ大人なの!?」

「実際大人だからねぇ」

 さすが超がつくクールビューティーの玲ちゃんである。

「それにしても友情結婚ってどっかの少女漫画か同人誌でよく見た展開よね」

 勘の良さも相変わらずだ。

「出典は私の持ってた同人誌だからあながち間違いではない」

「えっ、あんたから友情結婚しようって言ったの?」

「私の部屋のベッドの下に隠してた同人誌を読んだ晴久が言い出した」

「隠し場所がエロ本じゃん」

 思わず眉間にシワを寄せながらカミングアウトする。母親とかに見られるのよりはマシだが、事故的に隠していた本を読まれるのは恥ずかしい。

「お約束なら恋に落ちない約束で結婚したのに恋しちゃって、すったもんだの末真実の愛を見つけて本当の意味で結ばれるってやつだけど実際どうなんですか」

「ないないない。友情はあっても愛情は一ミリたりともない」

「……すっごいフラグ立ってるけど大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。私達の場合フラグは折れるためにあるから」

 私も晴久もお互いにこの距離感が気に入っている。遠くもなく近くもないよき隣人のような距離感が。

「実際友情結婚してみてどうなの?」

「いやー、楽だよね。自分のことは自分で。困った時はなるべく助け合う。シンプルだけどやりやすいよ」

 籍は入れているものの実際は赤の他人の友人だ。当たり前だが友人なので常時一緒に居たいとは思わないし、お互いのありのままの性格は熟知しているのでそこらへんの不一致もない。

「恋愛関係じゃないから自分を良く見せようって気持ちがないのから楽なのかもね」

「本当それ。相手よりどれだけ面白いことを言えるかの方に心血注いでる」

「あんたら何歳よ。というか彼がこの顔でそんな面白いこというの想像がつかないんだけど」

 写真に写った晴久をつつきながら玲ちゃんが首を傾げるので、最近の晴久の面白話を披露する。

「この間は冷蔵庫に入ってたドレッシングを水と間違えて持って行って会社で大笑いされたって言ってた」

「旦那さん意外とドジっ子だった」

「でも昼のサラダにお気に入りのドレッシングかけられて嬉しかったなどと申しており」

「タダではおきないハングリー精神」

「そして周りの人にもドレッシングを貸して布教したらしい」

「オタクもそれくらいの強靭な精神を持って布教に臨みたいね」

 私は職場でオタクということを隠していないが、職場でスマホの音を切り忘れてゲームの音を大音量で流してしまった時はめちゃくちゃ恥ずかしかった。もしオタクを隠していたのにリア充たちにオタクだとバレたら、瞬時に社会的死を覚悟する。まぁドレッシングとオタバレでは少し重みが違うかもしれないが。

「それで今は結婚独身貴族を楽しんでいるわけですか。まさにいいところ取り」

「晴久に好きな人ができたら結婚生活終わっちゃうけど、離婚しても一度結婚した事実があれば結婚前よりは生きやすいかなと思いまして」

「本当独り身には世知辛い世の中よ。結局世界で頼れるのは自分一人なのにね。世の中の大半は親や伴侶や子供を当てにしすぎじゃない?」

「しかし我々オタクは親より伴侶よりは電波を頼りにしすぎている節がある」

「ネットと接続切れたら終わったと思うし実際何もできないよね、オタク」

 昔はスマホなしでも生きてこられていたのが嘘のようだ。今はスマホがないと身動き一つ取れない。

「結婚しないのか攻撃は終わっても、旦那さんがあれだけハイスペックだと他にも色々言われるんじゃないの」

「結婚しないのか攻撃はなくなったけど、若いうちに子供産まなくちゃね圧力は感じる。あと、それこそ頑張らないと愛想つかされるわよって言われるけど、私たちは別につきるような愛想はもともとないので素直に聞き流せる」

「そう言う人たちって子供作ったら作ったで子供の育て方に口挟んでくるんだろうなぁ」

「もういっそ私の生き方にする場合は口出し一回千円とかで金取りたい。私は他人のアドバイスなんざ求めてねぇ。私が求めてるのは同人誌における誤字脱字の指摘のみ」

「そういえばこの間の新刊誤字あったよ」

「今その情報は聞きたくなかった……!」

「めんどくさっ。でもみんななんでそんなに他人の人生に興味津々なんだかって思う」

「本当それ。私の人生の動向より世の中もっと面白いこともあるだろうにって思う」

「でも顔見知りのすったもんだほど面白いものはないもんねぇ。まぁ何回も話されるのは面倒だけど」

 嬉しかったことも腹が立ったことも何度も言いたくなるのは人の性だが、そんなに興味のない話を何度されても困る。ドラマの再放送の方が何倍もマシだ。

 ちなみにオタクは推しが格好いい、可愛いシーンを永遠に繰り返しがちであるのでお前が言うなとは言われそうである。

「いや、正直そのお気持ちも分かりますけど、それで人の不幸を聞いて『私ってまだマシだな』って思うんでしょ。人の不幸はテメェの幸せを測るための物差しじゃねぇっつーの」

「推しの幸せを願って頑張れー! って応援してる方が人として健全よねえ。私は知り合いの行く末より漫画の新刊の行く末の方が気になって仕方ないわ」

「それよ」

 人間として色々欠陥があるように思えてならないが、人の不幸に群がる人も人間としてどうかと思うのでお互い様だと言うことにしておこう。

「あとは仕方ないことだけど、大学時代の友達に『やっぱり晴久のこと好きだったんだね』とかしたり顔で言われるとスッゲー腹立つ。友達として好きなんだよっていちいち訂正したくなる。誤解されても仕方ないことしてるのはこっちなんだけど、お前の目は節穴だからな!? と声を大にして言いたい」

 そう言うことを言ってくる相手は大抵関係が希薄だった人たちだ。在学中から何度も探りを入れてこられてウンザリしていた。やっぱり私が言っていた通りじゃない、と言いたげな顔に「いや、全然的外れですけど」と思いっきり言い切ってやりたい。

 仲の良かった友人たちは「お前らマジで結婚すんの……?」と疑いの眼差しを送ってくるし、「破れ鍋に綴じ蓋だねー」とか失礼極まりないことを言ってくるがまさにその通りなのでそれこそ何も言えねぇ。

「何かを得るためには何かを捨てなくちゃならない。『独身の自由』と『誰かと暮らす安心』を得るために『友人の立場』を捨てる。普通の夫婦なら喜んで捨てるんだろうけど、あんた達はそうもいかないから難しいわね。他人の全てを理解するなんて不可能だし、理解してもらうのも不可能ってことよ。これもお互い様。でも夫婦間で価値観が一致してることこそが幸せなんじゃない?」

「玲ちゃんとも価値観が一致してることがマジで嬉しい」

 今日話すまでどんな反応が帰ってくるか分からなくて怖かった。

 大事な友人を失うことになるかもしれないと思うと、何も言わずにいる方がいいのかもしれないとも思った。

 話したいことに共感してもらえて、ホッとしてようやくお土産のザッハトルテにフォークを入れる。

「それは私のセリフよ環境が変われば人は変わるものよ。他の知り合いじゃそういうのが多いし。彼氏ができたり結婚した途端上から目線でアドバイスしてくる人」

「自分たちが幸せだったらいいじゃんってこっちは思うけど、向こうは幸せのおすそ分けしたくて仕方ないんだろうね。余計なお世話の極み」

 幸せな時ほど我を失うことが多い。

 恋愛と結婚は冷静でない時にしかできないと言ったのは誰だったか。本当それだわ、と思う。

「さて、君にも人生の伴侶についての報告があったように、私からも君に大事な報告がある」

 玲ちゃんが一息つき、マグカップを置いてスッと背筋を正す。

 キリッとした表情は何か重大なことを告げようとしている雰囲気をいかにもかもし出しており、ドクドクと心臓が跳ねた。

 えっ、もしかしてリアル彼氏ができたとか……!? 嬉しい気持ちと、ぽっと出の男に玲ちゃんを掻っ攫われる寂しさが一気に胸の中でせめぎ合う。私、今どんな顔すれば正解なの!?

 ドキドキしながら玲ちゃんからの言葉を待っていると、玲ちゃんはカバンをガサガサと探って取り出したものをスッとこちらに差し出してきた。

「……天神の愛娘」

 出てきたのは前シーズンに話題になっていたアニメの円盤だった。私も気になってはいたものの、録画をミスって1回目を録画できなかったので見る気力がなくなってしまい、それ以来見る機会を逃していた作品である。

「もーね! このアニメに今超ハマってて……! 菅原道真様がサイッコーに渋くてイケオジパパなのー! 漫画原作でそっちも素敵なんだけど、アニメも作画が超綺麗でね! 今日はお試しに一巻観てみない!?」

 さっきまではクールに世界を達観していた玲ちゃんが、新しい推しについて語り出した途端我を忘れてマシンガントークで推しについて熱く語り始めた。

 オタクは常に楽しいけど、推しが見つかってすぐが一番楽しい時期だと思う。姿を見るだけで胸が熱くときめくし、気を引き締めておかないとすぐに顔が緩みそうになるくらいには浮かれる。

 一説によると恋人ができてすぐの時のラブラブな時期とよく似ているらしい。知らんけど。

「よっしゃ、今日も夜通し鑑賞会しよ!」

 お泊まり会の時は大体大鑑賞会を開催している。円盤一本見る間に自分たちのお気に入りのシーンを何度も巻き戻すので、一本見るのにとてつもない時間がかかる。

 好きなものを見て、好きなものを食べて、好きな人と話す。

 なんて事のない日常がとても楽しい。これだからオタクはやめられないのだ。

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