3 鍵はモンティ・ホール問題?

『ネストホールゲーム』ルール


①参加者はA・B・Cの三つのドアから一つを選ぶ。ドアの先にある通路を進んで、ゴールの部屋までたどり着けばゲームクリアとなる。ただし、三つの通路の内、二つには熊が放たれている。


②参加者はまず暫定的にドアを一つ選択する。主催者は選ばれなかった二つから、熊のいるドアを一つ明かす。その後、参加者は改めてどのドアにするか最終的な選択をする。


③ゲームをクリアした参加者それぞれに一千万円が支払われる。また、クリア者はゲームから解放される。



          ◆◆◆



 モニターに表示されたルール通りに、ゲームは進行していた。


 自分たち参加者は一回目の選択でAのドアを選んだ。主催者側のハルペリはBのドアに熊がいることを明かした。また、もう一度ドアを選び直す機会を与えてきた。


 すると、真里野はある言葉を口にしたのである。


「モンティ・ホール問題って?」


 聞き覚えがなかったから、凛藤はオウム返しに尋ねる。


 この質問に、真里野は質問で答えてきた。


「凛藤さん、もし選ぶドアをAからCに変更したら、当たりのドア――つまり熊のいないドアを引く確率はどうなると思いますか?」


「変わらないんじゃないか」


「どうしてですか?」


「一回目はドアが三つで当たりが一つだから、当たる確率はどれも1/3。二回目はBのドアが消えたから、当たる確率はどっちも1/2だ。

 だから、一回目の時よりも当たる確率が上がったってだけで、AとCの当たりやすさに差はついてないと思うんだが」


 おそらくドアを選び直す云々のくだりは、二人の合意の上でドアを選ぶことや、はずれを選ぶと熊に食い殺されることを、実演形式で説明するためのものだったのだろう。ゲームの内容自体とは無関係だったのだ。


「実は二回目の選択の時にドアを変更した方が、当たる確率が上がるんですよ」


「えっ」


 真里野の言うことは、凛藤にはとても信じられなかった。どんな計算をしたら、そんなことになるんだろうか。


「一回目の選択で、当たりのドアを引く確率はいくつでしたっけ?」


「だから、ドアが三つで当たりが一つだから1/3だろ?」


「はずれを引く確率は?」


「2/3」


「正解です」


 確かに数学は大の苦手だが、これでも一応大学生である。その程度の問題なら、さすがに俺にだって分かる。凛藤は渋い顔を浮かべていた。


 しかし、高校生の真里野の方が、ずっとよく分かっているらしかった。


「まず一回目に選んだドアが当たりだった場合を考えてみましょう。凛藤さんが当たりのドアを選んだあと、選ばなかった二つのドアからハルペリがはずれのドアを一つ見せます。この時、ドアを変更したらどうなりますか?」


「残った一つははずれだから、はずれるだろ?」


「そうです。一回目に当たりを選んだ場合、ドアを変更すると必ずはずれを引くことになるんです」


 そもそも一つしかない当たりのドアを最初に引いたのだから、選び直したらはずれるのは当然といえば当然のことである。


「では逆に、一回目に選んだドアがはずれの場合はどうなるでしょう。凛藤さんがはずれを選んで、ハルペリがもう一つのはずれを見せるので、残りは必然的に当たりのドアだけですよね? ですから、ドアを変更すれば今度は当たりを引けることになります」


 これも順序立てて考えれば当然のことだろう。特に異論はなかった。


「このように、

 それでは凛藤さん、一回目の選択ではずれを引く確率はいくつでしたか?」


「2/3だ……!」


「その通り、一回目ははずれている確率の方が高いんです。よって、二回目でドアを変更した方が当たりやすくなるというわけです」


 理屈は分かったが、いまいち釈然としなかった。なんとなく真里野の話術に騙されているような気がする。


 気がするのだが、何度考え直してみても、凛藤は誤りを見つけられなかった。


「もし納得いかないのでしたら、トイレットペーパーでも使って実際に試してみますか? 三つのドアを二つに減らすところを、十個のドアを二つに減らすルールでやればすぐに理解できると思いますよ。ドアを変更した時に当たる確率が9/10まで上がるので、結果に露骨に差が出ますから」


 いつまでも悩んでいるのを見かねたように、真里野はそんな提案をしてきた。そこまで言い切るくらい自信があるなら、彼女の主張を信じてもいいのではないだろうか。


「よくすぐに解けたなぁ」


「単に知っていただけですよ。結構有名な問題ですから」


 そういえば、「これはモンティ・ホール問題ですね」と真里野が言ったのが、そもそもの話の発端だった。


「じゃあ、よく知ってたなぁ」


「条件付き確率の代表的な例として挙げられることも多いんですが……聞いたことありませんでしたか?」


「俺はまずその条件付き確率を知らないから」


「高一で習う内容ですけど……」


 真里野の目つきは照れから呆れに変わりつつあった。


 ともあれ、モンティ・ホール問題に関して――ネストホールゲームと同じ形式のものに関して、真里野は知識を持っているのだ。その点から言っても、やはり彼女の主張に従うべきだろう。


「それじゃあ、Cのドアに変えるってことでいいかい?」


 参加者たちの相談がまとまったと見て、それまで黙っていたハルペリが口を開いた。



 そう答えたのは、他ならぬ真里野自身だった。


「えー、そういう流れだったじゃないか」


 ハルペリは不満げに口を尖らせる。さらに「今までの長ったらしい講釈は何だったのさ」などと文句を続ける。


「どうしてダメなんだ?」


 凛藤もそう尋ねずにはいられなかった。


 しかし、真里野は何も気まぐれを起こしたわけではなかったらしい。


 彼女はモンティ・ホール問題についてすでに知っていた。だから、ネストホールゲームに応用できるかどうかまで、よく考えていたようだった。


「ドアを変更した方が当たりの確率が上がるというだけで、必ず当たりを引けるわけではないですから」

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