2 『ネストホールゲーム』ルール説明
モニターに映ったのは、CGで作られたキャラクターだった。
真っ黒な毛、丸まった角、横長の瞳孔。「ごーともーにんぐ!」という挨拶といい、ヤギをマスコット風にデフォルメしたものらしかった。
「二人とも今回は『ネストホールゲーム』に参加してくれてありがとう。ボクは司会進行のハルペリ。よろしくね」
この施設に連れてこられたのは、やはりゲームをさせるためだったようだ。ハルペリとやらの言葉に、
そして、それ以上に不安を覚えていた。
一体、自分たち二人に何をさせるつもりなのだろうか?
「気になって仕方ないと思うから、早速ゲームのルールを説明するよ。といっても、ごくごく簡単なものだけどね。
キミたちの目の前に、A・B・Cって書かれた三つのドアがあるよね? その中から一つを選んで、ドアの先にある通路を進むんだ。そして、ゴールの部屋にたどり着くことができたらゲームクリア。たったそれだけ。
それなのに、クリアしたらすっごい報酬が出るんだ。ゴールに到着した人全員に、なんと一千万円ずつプレゼントしちゃうよ」
報酬の話は参加者募集のメールにも記載があった。しかし、改めて額を聞かされて、凛藤は体をぴくりと震わせていた。
また、同じように真里野も目を大きく見開いていた。どうやらお互いにまとまった金が必要な立場らしい。
「た・だ・し」
こちらの期待を見透かしたように、ハルペリは遅れて説明を付け加えてきた。
「三つのドアの内、二つはネストホール、つまり巣穴に繋がっていてね。ゴール前の通路に熊がいるんだ。しかも、しばらく何もあげてないから、キミたちを見たら餌だと思っちゃうだろうね」
小さいせいで分かりづらいが、よく見ればハルペリの背中からは、コウモリのような翼が生えていた。ハイリスクハイリターンなゲームで誘惑してくるだけあって、本当は
ゲームに負けた時の処遇も、あらかじめ知らされてはいた。しかし、メールを受け取った時と違って、今は主催者が平然と拉致や監禁を行うような相手だと分かっている。そのせいで、ハルペリの「ゲームオーバー=死」という言葉が、はるかに現実感を伴って聞こえたのだった。
「キミたちの気持ちは分かるよ。選択ミスをしたら死んじゃうかもしれないのに、すぐにどのドアにするかなんて決められないよね。だから、試しに一度選ばせてあげるよ。好きなドアを一つ言ってみて」
今度はこちらの恐怖心を見透かしたように、ハルペリはそんな提案をしてきた。
ただそう言われたところで、凛藤は何も答えられなかった。A・B・Cのプレート以外に、三つのドアには見た目にまったく差がない。そのせいで、熊がいないドアを選ぶための判断材料がなかったのである。
「あくまで試しなんだから、ほら早く早く」
「……じゃあ、Aで」
二人で一つのドアを選ぶというルールから、ハルペリは「Aでいいんだね?」と真里野の意思も確認する。彼女も異論はないようで頷いていた。
「Aのドアの後ろは……なるほど。あはは、なるほどねー。そう来たかー。
どうなってるか気になる? でも、それを教えちゃったらゲームにならないからなー」
最初から教えるつもりなどなかったのだろう。ハルペリの顔にはマスコットらしからぬ
かと思えば、不意に「そうだ!」と声を上げるのだった。
「Aのドアは無理だけど、代わりにBを見せてあげるよ」
凛藤が押しても引いても動かなかったのは、機械で制御されていたからだったらしい。ハルペリの発言の直後、ドアは自動で内側に開き始めた。
Bのドアの先には、この部屋と同じようにコンクリートでできた通路があった。また、その先にはさらにもう一枚同じようなドアがあった。おそらく、あの二枚目のドアの向こうがゴールなのだろう。
しかし、Bのドアの先には、熊の姿もあった。
ハルペリの説明通り、しばらく餌を与えられていなかったようだ。体長自体は2メートルをゆうに超える大きな個体だが、体つきは動物園などで見るよりも痩せ細っていた。
そのせいか、こちらを目にした途端、熊は本能のままに襲いかかってきた。
獲物を逃がすまいと凄まじい速度で脚を動かす。多くの肉を食い破ろうと大きく口を開く。露わになった牙は、剥き出しの食欲そのものだった。
だが、その牙がこちらに届くことはなかった。
ドアのすぐ後ろに、アクリル製の仕切りが設置されていたらしい。透明な壁に衝突して、熊はよろめいていた。
けれど、仕切りがあると分かったあとも、熊は何度も体当たりやひっかきを繰り返す。どうも力ずくで突破しようとしているようだ。それほどまでに飢えているのか、もしくは興奮剤の類でも投与されているのかもしれない。
今回、ハルペリはあくまでも向こう側を見せる目的でドアを開けただけだった。参加者が最終的な選択をする時には、ドアと一緒に仕切りも開けることだろう。そうなれば、同じように凶暴化した熊が、今度は部屋にまで侵入してくることになる。
「そんなに怖がらないでよ。僕はヒントをあげたんだから。これで熊のいるドアが一つ分かったでしょ?」
すっかり血の気の引いた凛藤たちに、ハルペリはそう声を掛けてきた。親切ぶってはいるが、明らかに
ただ、これでAかCかの二択になったのも確かだった。
「今、キミたちはAのドアを選択中だけど、これは試しに選んでもらっただけだからね。Bを見て考えが変わったなら、選び直してもいいよ。
だけど、ドアを選ぶチャンスは次で最後だ。だから、Aから変更するのか、しないのか、二人でよく話し合って決めてね」
ハルペリはルールの書かれた看板を地面に突き立てる。また、その看板に腕をついてもたれかかると、それ以上は何も言ってこなくなる。
どうやら相談する時間をやるということらしい。トイレが用意されていたのも、話し合いが長引いた場合のためだったのだろう。
しかし、真里野はすでに結論を出していたようだった。
「これはモンティ・ホール問題ですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます