デス・モンティホール問題

蟹場たらば

1 デスゲームの始まり

 目は覚めたはずなのに、まだ夢を見ているような気分だった。


 視界に飛び込んできたのが、まったく見覚えのない光景だったからである。


 床から壁、そして天井に至るまで、すべてがコンクリートで覆われている。その上、ベッドやテーブルはおろか、イスの一つさえ見当たらない。まるで生活感がなく、無機質さしか感じられなかった。


 また、壁に窓は存在せず、天井にもわずかな照明が灯っているだけである。先程の無機質さもあいまって、薄暗いというより薄気味悪い。夢占いをしたら、「あなたは心を病んでいます」とでも言われそうな部屋だった。


 しかし、やはり夢ではなかったらしい。


 すぐそばに見知らぬ少女がいた。


 それもごく自然な――反応をする少女だった。


 自分と同じように、彼女も今ちょうど目が覚めたばかりなのだろう。固い床のせいで痛めた体を気にしながら起き上がる。周囲を見回して、部屋の様子を確認する。


 そして、こちらの姿を目にした瞬間、あとずさりをしたのである。


「俺は凛藤りんどう。気づいたらここにいたんだ」


 彼女も同じ状況だとすると、「目覚めたら知らない場所で知らない男と一緒になっていた」ということになる。恐怖心を抱くのは当然だろう。警戒を解いてもらうために、とりあえず名乗ってみることにする。


「年は十九歳。大学二年」


 凛藤はさらにそう自己紹介を続ける。加えて、危害を加えるつもりはないことをアピールするために両手を挙げる。


 それでやっと少し安心してくれたようだった。


「私は真里野まりのといいます。高校二年生です。私も目を覚ました時には、すでにこの部屋でした」


 ブレザーにローファーという、いかにもな制服姿だったので、中学生か高校生だという予想はついていた。表情が大人びているから、多分後者だということも。


「学校を出たところまでは記憶があるんですが……」


「俺も同じだ」


 入学したての頃はその都度着替えていたが、今では平然と陸上部のオリジナルジャージで登校するようになっていた。かばんがない以外は、大学をあとにした時と同じ格好で間違いないだろう。


 つまり、自分も、彼女――真里野も、帰宅する途中で何かがあったということになる。


「もしかして、以前にメールを受け取りませんでしたか? 〝『ネストホールゲーム』に参加しませんか?〟というタイトルの」


「ああ、来てた来てた」


 もう一ヶ月以上は前になるだろうか。ある日突然、「ゲームの参加者を募集する」という趣旨のメールがスマホに届いたのだ。


 メールを熟読するのはもちろんのこと、ネットで検索もしてみたが、ゲームの内容や主催者に関する詳しい情報は見つからなかった。そのため、名前や住所などを入力させて、個人情報を収集しようとしているのかとも疑った。けれど、思うところがあって、最終的には参加することに決めたのである。


 メールの話を持ち出すあたり、自分と同じものを真里野も受け取っていたのだろう。いや、参加に同意していたのだろう。


「じゃあ、ゲームをさせるために俺たちを連れてきたってことか」


「おそらくはそうでしょう」


 そう頷くと、真里野は改めて周囲を見回した。


「『ネストホール』というのは『巣穴』という意味ですから、何かの巣穴であるこの部屋から脱出するゲームということかもしれませんね」


 連れてこられた部屋は、完全にコンクリートの壁で囲われているというわけではなかった。


 垂れ壁や下がり壁と言っただろうか。一ヶ所だけ、抜け穴のように壁がなくなっていた。他の部屋へ移動できるようになっていたのだ。


「俺が先に行くよ」


 二の足を踏む真里野を見て、凛藤はそう切り出す。


 くだんのメールには、「ゲームの参加者には大きなリスクとリターンがある」という意味合いのことが書かれていた。だから、危険な役割は男や年上がやるべきだという配慮もあったし、先にクリアした方がいいかもしれないという計算もあった。


 脱出させないための罠はないか。もしくは脱出するための手がかりはないか。注意しながら通路を進んでいく。


「これは……」


 何事もなく次の部屋にたどり着けたというのに、凛藤は絶句してしまっていた。


「トイレだ」


 洋式便器の設置された個室が一つ。鏡つきの洗面台が一つ。トイレ以外の何物でもないだろう。


 一応、何かないか二人がかりで調べてみた。けれど、便座の裏に暗号が書かれていたり、蛇口からメモが流れてきたりするようなことはなかった。便器も洗面台もごく普通のものだったのである。そのせいで、真里野も「トイレですね」とコメントするしかないようだった。


 しかも、そのトイレを通じて、また別の部屋に行けるというわけでもなかった。壁にはドアはおろか窓さえついていなかったからだ。


 これ以上長居しても時間の無駄に違いない。そう考えた凛藤たちは通路を引き返して、最初にいた部屋へと戻る。


 ぱっと見の印象と変わらず、左右の壁は詳しく見てみてもただの壁だった。隠し通路や隠し部屋へ繋がっている気配はない。


 ただ二人の本命は、最初から正面の壁だった。いかにも何かありそうだったから、あえて後回しにしていたのだ。


 正面の壁には、ドアが三つ並んでいた。


 ドアはどれも同じデザインで、金属特有の鈍く重々しい色をしていた。また、向かって左から順に、A・B・Cと無味乾燥なプレートがつけられていた。


「……開けてみるか」


 例の配慮と計算から、今回も凛藤が先陣を切る。順番的にAのドアを選ぶと、ノブに恐る恐る手を伸ばす。


 だが、何も起きなかった。


 ノブは回るものの、ただそれだけだった。見たかぎり内開きのはずだが、ドアを引くことができない。自分の勘違いかと思ったが、押すこともできない。だから、ドアの向こうへ行くこともできなかった。


 それはBのドアに関しても同じだった。やはりノブが回るだけで、ドアを開けることはできない。


 もう概ね予想はついているものの、凛藤は念のため、残ったCのドアについても確かめることにする。


 その最中、甲高い機械音が聞こえてきた。


 反射的に凛藤はドアから離れる。遠巻きに様子を見ていた真里野は、さらに遠ざかろうとする。


 しかし、音はドアから聞こえてきたものではなかったらしい。


 ドアそばの天井から、モニターが下りてきたのである。


「ごーともーにんぐ!」


 異様な状況に似つかわしくない、不自然なほど明るい声が部屋に響き渡った。

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