第三話

 天井が見える。

 隣には祐樹くんが居る。彼とは高校の頃からの付き合いだ。とはいっても私が教師で彼は生徒。いわゆる禁断の恋愛というやつだ。十九歳になった彼は車を購入した。N‐BOXを軽井沢まで運転した。こんな遠くまでわざわざ車で来なくてもいいのにと思った。彼との交際きっかけは単に元カレとのDV被害だった。見えるところを殴らない彼ではあったが別れたと言うか、逃げたという方が正しい元カレは地元を離れた場所へもストーカーする人だった。それを、意外と武闘派な祐樹くんが助けてくれた。そんなのがきっかけではない、でも一応きっかけでもある。詳しくは何処かで朋美ちゃんにも話すけど、それが祐樹くんと付き合うきっかけになった。

 祐樹くんはね不良ではないけどあの見た目で結構喧嘩っ早いんだよ。表は優等生で裏では不良未満の不安定な子だった。彼は表のストレスを裏で発散する人だった。でも、理不尽じゃない。なんでも、ほとんどは優等生してるのに、たまに不良同士のいざこざと言うか一般生徒と一般生徒のいざこざになった時に彼が出る立ち位置だった。不良同士でそういう棲み分けが暗黙のルールになっているらしい。

 「祐樹くんはね一般生徒と不良の間の存在だったんだ」

 そう秋穂さんは言う。

 そのくせ祐樹くんは麻薬もやらなかった。ドラッグは嫌い。ヤクザにありがちな硬派なスタンスだけど半グレにはない。それでもヤクザでも半グレでもない祐樹くんはジャンルとしては一般生徒だった。だけど祐樹くんの立ち位置は一般生徒と言うには一般生徒だけど、不良と言うには一目置かれすぎていた。

 「よ、成田」「元気か成田」「頼むぜ成田」そう不良から好かれていた祐樹くんは、こう見えて生徒会会長だった。高三の頃だがそうして静かに祐樹くんは学校を統治していた。成田祐樹。それが彼の名前だった。

 隣で朋ちゃんが静かに聞いてくれている。私は話しを続ける。

 「結城くんが私を開放してくれて、秘密に私を護ってくれていた。一年、卒業してこれから朋ちゃんに紹介しようって話しの軽井沢旅行が最後の思い出だった」

 泊まったホテルは軽井沢でも一流のホテルだった。

 結婚前の独身旅行というわけだ。吹き抜けのロビーに大浴場があるホテル。ビッフェ形式の夕食が自慢のホテルだ。

 「奮発しすぎたかな」

 流石に身の丈以上だと思った祐樹が言う。

 「そんな事無いよ、これからたくさん稼ぐんだから」

 そう言って秋穂は結城と一緒に部屋に向かう。最上階の和室。ベランダからは渓谷が見える。下を見ると高くて少し足がすくみそうだった。

 ベランダに出た祐樹が隣りに来た。

 「俺、二十歳になったら朋美に秋穂の事紹介する」

 「うん、嬉しい」

 秘密にする意味はもう無いけど、二十歳というのは彼なりの区切りらしい。二十歳からようやく大人。胸を張って付き合える。そう感じているらしい。

 


 出会った頃、祐樹くんは優等生の皮を被った不良と言うよりはトラブルに首を突っ込む人という感じだった。

 始めに出会った頃、彼は屋上で立っていた。周囲には倒れた不良達が居た。十人前後の不良相手に傷も負わずに立っていた。

 「何してんの!?」

 そう言った私に祐樹くんは寂しそうに静かに言う。

 「別に、正当防衛だよ」

 そう言った。実際正当防衛と言えばそうだったのだろう。屋上に呼ばれた祐樹は反撃しないと最初に約束して不良たちの攻撃を全部交わしながら、向かう不良に反対側から向かってくる不良にぶつけるように上手く身を交わしながら戦っていた。噂では普通に喧嘩も強い祐樹くんらしいが、実際に手を使うことはほとんど無いらしい。

 「来て!」

 とりあえず祐樹くんを屋上から連れ出して一応、救護室に連れて行った。この時間無人だったけど鍵は閉められていない。

 「怪我してないよ」

 「そうね」

 「大丈夫、喧嘩はしないよ。今日みたいに上手く交わしていくだけ」

 「なんでそんな事してんの?」

 「俺んちさ祖父母の家庭で育てられてて、卒業したら生まれた家に戻ろうと思うんだ。だからなるべく早く就職したくって」

 「お父さんとお母さんは亡くなったの?」

 「ああ、交通事故でね」

 「そう……悪いこと聞いちゃったね」

 「もう六年も前の話だよ」

 話しを聞いたら年の離れた妹が居るみたいでその子のためにも早く働きたいらしい。

 「じゃあ、喧嘩に誘われるような話しも乗らないことね。そうじゃないと素行不良の烙印押されるよ」

 「ああ、そうだね」

 そう言いながら祐樹くんは煙草に火を着ける。秋穂はそれを奪った。

 「言った傍から!」

 そう怒ると祐樹くんは少し驚いたような顔をしたあと、可笑しそうに笑った。

 「変な子」

 そう言いながらも秋穂も笑った。大人びているのに子供っぽい祐樹は不安定な少年という印象しか当時はなかった。でも、次第に彼のそんな不思議な魅力にも惹かれるようになっていった。




 「私も子どもだったなぁ、普通なら教師と生徒の関係なんてご法度なのに。……この関係も」

 そう言いながら裸の秋穂は結婚指輪を眺めながら私を見る。

 「好きな人の妹と身体の関係になる。まだまだ私も充分子どもで充分悪い子ね」

 そう自虐的に秋穂が言うが私は秋穂の頭を撫でた。

 「そう言うなら私も悪い子だよ。兄の好きだった人と寝たんだから。同罪で共犯者」

 「共犯者か……いいね共犯者! 気に入った」

 そう言って秋穂は笑った。

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