CANDY BOX [零越春ヰ短編集]

零越春ヰ

RAINY RUN

 サーーッと小雨が降り続く。

 止むことを知らない様に。

 学校の玄関口で空を見上げていた俺は、

 たった今、決意した。

 最寄りの駅まで、

 全力で走って向かうことを…。


 そもそもの原因は、天気予報を見ておくのを忘れてたとか、今日に限って折り畳み傘を入れとくのを忘れたとか、いろいろ思いつきすぎて、少し呆れてくるような、そんな感じ。まあ、結局は自分の不注意で、もしかしたら天気予報が外れたのかって思ったけど、道行く人たちのほとんどは…いや、これみんな傘さしてるな。じゃあ、傘持ってないの俺だけ?なんだよもう…みんな、ちゃんとニュースとか見てんのかな?でもその時間はアニメが面白いからなあ…最近のゴールデンタイムはあなどれないぞ?

 とにかく、帰らなきゃいけないことはいけないんだけど、雨が止むまで待てばいいとか、そういう問題じゃあない。学校の門限はまだまだ先だ。他の奴は部活とかもあるし。じゃあ急ぐ理由は何だ?というと、姉と約束してるから、だ。撤回しておくと、もうそろそろ大人になるというのに姉に甘えてるとかじゃなく。ただ怖いから。あいつ本気で殴ってくるもん。あんな馬鹿力、もう食らいたくないね。今度約束破ったら、バーベル投げてくるかもなあ…そんなわけで、一刻も早く帰宅して、命の危険を回避したい。


 この学校は制服みたいなのは全くなく、ほぼ自由にコーディネートできる。学校にふさわしい服装っていうのが前提だけど、俺から見たら全然守ってなさそうに見える。なんかひらひらしたもんつけてる。ちなみに俺は普通のコーディネートだと思っているが、半袖のシャツにメッシュ付きの長ズボン、フード付きのパーカー。夏仕様というのもあり、濡れてもすぐに乾きそう。

 ん…そろそろ人通りが少なくなってきたな。走る前にウォームアップを軽くしておこう。まあ、駅まで歩いて5分だけど、俺、気持ちから入るタイプだから。さあ行こう、と体を屈めてひざを曲げ、右、左を見て確認。道順を定め、右足を――

「あ、佐々木ささきくん」

 …出しかけ、ギリギリその場にとどまった!危ない…もう少し遅かったら、すっ転んでたところだった。

「って、かしわさん?」

 柏さん。柏百地ももち。同級生で、学級委員を務める。背は小さいが、やると言ったらやる、そこそこ融通が利かない人だ。

「どうしたの?もしかして、しこ踏んでた?」

「ち…ちげえよ」

 ただ、なんとなくズレてる。微妙に価値観が違うのか、何なのか…まあ、そんなとこがかわいいというか…ちなみに、しこ、四股というのはお相撲さんが足を高―く上げて下ろす、あれだ。

「今から帰るところ?一緒に帰る?」

「ん…!いや、姉貴の連絡待ってるから…」

「ふーん。そうなんだ。じゃ、また明日」

「そうだな、また明日」

 そんなことを話した後、柏さんは歩いて行った。もちろん彼女は傘をさしていた。学級委員の雰囲気には似合わない、ピンクのハート柄。

 ここで一つの疑問が浮かぶだろう。柏さんに事情を説明して、傘に入れてもらって帰ればいいのでは?と。仮にそれを実行したとして、柏さんの目にはどう映るだろうか。『傘を忘れてかっこ悪い』…少なくとも、そうは思われることだろう。それが嫌だからだ。それと、ファンシー全開の相合傘に入りたくないというのもある。いや、相合傘は憧れるが、ハート柄の傘の中でいいわけではない。

 一つ注釈を入れるなら、彼女のファッションセンスが悪いわけではないということ。名前は知らないけど、あったかそうな白いシャツに、黒い袖なしワンピースを合わせた感じ。絶対に聞いたことあるんだよなあ…なんだっけな。

 とかなんとか考えてるうちに、柏さんの姿は見えなくなった。念のためもう少し待ってみるか。鉢合わせるのはなんとなくいやだ。小雨で見えない道の先をじっと見ていた。いまだ鳴り止まない雨音を聴きながら。


 実際、こんな所で心象に浸ってたって1ミリも前に進みやしないので、もう一度ウォームアップして、意味はないけど軽く跳ねて、腰を落として、目線を据えて、道順を組み立て

 On Your Marks ?

 地面を蹴り上げ、アスファルトから水滴が跳ねた。

 全身に雨が降りかかり、パーカーに水玉模様が増えていく。

 雨音を切り裂いて、涼しい風が体にぶつかって流れる。

 雨の中を走る俺の体がちょうどよく冷やされた。

 そういや俺、こんなに息切れしないで走れたんだ。どうでもいいけど。

 視界に、やや大きめの水たまりが映った。

 瞬間、軽くペースを上げ、スピードを上げる!

 水たまりの際で踏みしめ、思いっきり地面を蹴り飛ばす!

 ダッ!

 その時、初めて空を飛んだダチョウのような感覚になった。

 ダチョウは飛べないらしいけど。

 タ、っと地面に着き、少しよろめくも、間もなく走りすぎる。

 この地点で徒歩三分圏内。走ればそんなに掛かんない。

 俺のパーカーも水玉を演出している。

 ふと顔に当たる雨粒が増えだした。

 まずい、ここにきて降り出してきやがった。

 ここで降られちゃ、走ってきた意味がない!

 俺の全速力を振り絞って、最寄りの駅まで突っ走る!

 走れ!佐々木団護だんご

 自分で自分の激励をするのもおかしいけれど。


 駅に着いたとたん、ザーーーッと降り出してきた。このまま洪水になるんじゃないかって程の豪雨だ。それで思い出したが…いや、思い出したくはないが…いつだったか、姉と一緒に出掛けた(出かけさせられた)帰り、とんでもない豪雨に襲われ、ベッタベタに濡れた。パンツまで濡れた。本当だぜ?それで姉が少ししおれていたので、励ます意味も込めて、少しからかってやった。結果、本気でぶっ飛ばされた。確か金属バットで…

 とにかく帰ろう。遅かれ早かれ、それ以上の恐怖が近づいてきてる。

「お疲れさまだね。佐々木くん」

 急に声を掛けられ、反射的に振り向いた先には、階段の上から見下げてる柏さんが立っていた。いたずらな笑みを浮かべながら。

「って柏さん?!先に帰ったんじゃ?」

「なんか、佐々木くん挙動が不審だった、というか」

 えー。どのあたりだろう?結構いつも通りにしたはずなのに…

「それで、あそこの駐車場の看板の裏でこっそり観てたの」

「…そんなこと本当にやるのはお前くらいだよ」

「えへへ」

 褒めてねーよ。呆れてんだよ。

「ああ、それだ。佐々木くんの態度だよ。なんかいつもと違ったんだよ」

 …?ああ、それか。いつも柏さんと話すときは、もう少しフランクだったっけ?いや、結構いつも通りだったよ?たぶん。ていうか、全部見られてんじゃん。恥ずかしっ。

「傘無いなら無いって言えばいいのに…」

「どーもすいませんね。急いでたんでー」

 …フランクだったっていうより、話してるとついついそういうふうになっちゃうんだよな…

「…さっきからにやにやしてるけど、止めてくれねーか?そういうの結構ダメージ来るんだよ。」

 柏さんは、少し頬を赤らめて、

「…だって、ちょっとかっこよかったもん」


 オマケというか、今回のオチ。

 あれから柏さんと別れたが、思いがけない一言を受けて、駅のホームで2、3分、ぼーーっとしてしまった。これじゃ、走ってきた意味がパーである。んで、なんとか早めに家に帰れましたとさ。

「おー!我が弟よ!ご苦労であったな!」

「今度は何のキャラの真似だ?んで、用件は?」

「つれないな、我が弟よ」

「なんでもいいけど、我が弟だけはヤメテ」

「はいはい。団護、我の背中を揉め」

「承知しましたー」

 ちなみに、普通のマッサージだ。

「あー、そこそこ、疲れがとれるぞい」

 キャラ崩壊してんぞ。ぞいってなんだよ。ていうか、俺がマッサージされたいんだけど。今日は余計に疲れてんだよ…柏さんのせいで…


  ちょっとかっこよかったもん――――好きになっちゃう♡(幻聴)


 えへへ。

  ぐりゃっ!

 あ。力加減ミスった…

「いっでぇぇぇぇぇ―――――!!」

 夜長に姉の悲鳴が轟き、寝技を4発食らった。

(笑)

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