第11話 砂漠の旅路②
荷物を見ていろと言われた手前、岩の陰から離れられず、ハラハラしながらカイルの背中を見送った。
獣の群れと聞いても彼の表情はいつも通りだったから、きっと戦うのも慣れているか、問題なく倒せる自信があるに違いない。だから大丈夫だ、と自分に言い聞かせてカイルの姿を目で追う。
馬車を囲う獣は数を減らしていたが、まだ数頭残っている。最後に残った狼はどれも大きくて、襲撃にも慣れているのか傭兵達は手間取っているように見えた。
傭兵の剣が狼の牙に当たる高い音と、獣の咆哮がセナのいる場所にも聞こえてくる。
残った狼の群れは一箇所に集まると、次の瞬間一人の傭兵に向かって一斉に飛びかかった。襲われた傭兵の男性は持っていた大ぶりの剣を振り回し、二匹を同時に薙ぎ払う。
「リト!」
少し離れたところにいた別の傭兵がそう叫んで、仲間を助けようと横から飛び込み、獣を一匹切り捨てた。
すると獣の中でも一番身体が大きい狼が、二人の隙をついて馬車の側面に回り込む。俊敏な動作で地面を蹴ると、獣は馬車の幌に齧りついた。
「ひぃっ」
という男の叫び声が中から聞こえた。
傭兵達が焦った顔で馬車を振り返った直後、ドスっという鈍い音がする。
馬車に牙を立てた巨躯の狼が、どおっと地面に倒れた。その頭には短剣が突き刺さっている。
慌てて獣を追い払おうとした傭兵達が、馬車の後方に立つカイルを見つけた。カイルはそのときには狼に接近していて、振り上げたダガーで地面に倒れた獣の喉をためらいなく突き通す。狼がくぐもった唸り声を上げ、動かなくなった。
リーダーが倒されたことを悟ったのか、残りの狼達は馬車から距離を取ると一目散に逃げ去った。
カイルが危なげなく獣を倒したのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
やっぱりカイルは強かった。怪我をしなくてよかったと安堵しながら、彼が傭兵達と何か話しているのを見守った。
傭兵の一人が轍の先を指し示して、カイルは頷くとセナの方へ帰ってくる。
「カイル様! お怪我はありませんか」
カイルが近くまで戻ってくるとすぐに飛んでいって、彼の身体に異変がないか周りをぐるりと一周して確認した。
セナの慌てた声に笑って頷いたカイルは、動き出した馬車を指差しながらセナを見る。
「大丈夫だよ。荷物を見ててくれてありがとう。すぐ先にオアシスがあるらしい。一緒に休憩しようと誘われたから、セナも行こう」
さっきの馬車の一行と約束をしてきたらしい。カイル以外の人間と話すのは緊張するが、カイルは疲れただろうからオアシスで休んだ方がいい。そわそわしながら一緒にオアシスに向かった。
「セナ、飛んだりしないで人間のフリをしてね。どうやらあれは商人の馬車みたいで、セナに興味を持たれたら厄介だから」
「わかりました」
カイルに念を押されて、不自然に見えないように注意深く足を動かして地面を歩いた。
砂漠に現れた樹林の端に、馬車が一台停められていた。林の中に入ると、日射しが和らいで気温が下がったのを感じる。暑さが減ったのかカイルが短く息を吐いた。
少し奥に進んだ先にあった木陰に、商人と思われる小綺麗な服を着た男性が一人、付き人なのか痩せた男性を二人伴って地面に敷物を敷いて休憩していた。先ほどの傭兵は半分馬車に残っているのか、木陰に立っていたのは二人だった。
「やぁ。さっきは助かったよ。ありがとう」
カイルに声をかけたのはリトと呼ばれていた若い傭兵だった。日に焼けた顔に逞しい身体つきの彼は、カイルとセナを見つけると手招きした。
「皆さんの実力なら手助けは不要だと思ったんですが、差し出がましいことをしました」
カイルが柔和な笑み浮かべて丁寧な口調で言うと、座っていた商人の方が口を開いた。もう老いがみえる壮年の顔には不機嫌そうな皺が寄っている。
「そんなことはない。君が助けてくれなければ、もう少しで幌を破られるところだった。あんな獣にてこずるなんて、傭兵まがいの冒険者はこれだからなっていない」
強い口調で文句を言った商人を見下ろして、リトは肩をすくめた。傭兵だと思っていたら、彼らは冒険者でもあるらしい。不満そうに眉を寄せる商人に向かってリトは宥めるような声を出す。
「ですから、ラクサまでの砂漠には獣の群れが出ると言ったんです。群れに囲まれたら四人では時間がかかりますよ、と申し上げたじゃないですか」
「知らん! 時間を無駄にしたうえに依頼主を危険に晒すなど、護衛としての力量が足りない証拠だろう!」
鼻息荒く怒鳴った商人の勢いにびくっとして、カイルの後ろで小さく飛び上がった。大きな怒鳴り声にすくみ上がる。
セナが怯んだのを察したのか、カイルが身体をずらしてセナをしっかり背中に隠してくれた。どうやら商人と傭兵達の関係はあまりよろしくないらしい。
ふん、と鼻を鳴らした商人がカイルに話しかける。
「旅のかた、本当に助かったよ。この者達はなかなか融通がきかない。やはり冒険者を傭兵として雇うのは失敗だった。お礼と言ってはなんだか、馬車に積んである食糧や水は必要な分を分けてあげよう」
ため息を吐きながら、商人はカイルに向かって愛想のいい声を出した。
「本当ですか? ありがとうございます」
気前のいい申し出に驚いたカイルに、商人は得意そうに答えた。
「二人で歩いて砂漠を越えるなど、まだ若いのにすごい冒険心だ。私たちは宝石や貴金属をラクサに売りに行く途中でね、品物が小さいから食糧は十分に積んでいる」
「ありがとうございます。お金は払いますから、分けていただけると助かります」
「いや、いいんだ。二人で砂漠を旅しているなんて、お兄さんは相当な実力があるんだろう。先ほどの身のこなしもただ者ではなかった。一緒にいるのは弟さんかな? 可愛いね」
そう言って商人は座ったまま身体をずらしてカイルの後ろに隠れているセナを覗き、はっと目を見開いた。
「おや、君は先ほど空に浮いていなかったか」
そう言われてびっくりして固まってしまった。馬車の様子を見るために空から近づいたとき、もしかしたら幌の隙間から見られていたのかもしれない。
硬直してすぐに否定できなかったセナを見て、商人の目がギラリと光った。カイルとセナを観察するように、不躾な視線が上から下まで動く。舐めるような視線を感じて不安になり、カイルの背中に身を寄せた。
「そうか。つまり、君は精霊かジンということか。お兄さん、そうなんだろう」
興奮したような商人の声を聞いて、傭兵と商人の付き人の二人の男性も驚いた顔でセナを見た。
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