第10話 砂漠の旅路①

第三章 砂漠の旅路



 馬を手に入れ損ねたカイルとセナは、砂漠を歩いて旅することになった。

 セナのおかげで思ったよりも資金があるからと、カイルは旅に必要なものを少し買い足してから、その日のうちにセナと一緒に街を出て州城のあるラクサに向かって出発した。

 カイルを抱えて飛ぶことはできなかったが、荷物くらいは持てる。カイルに頼んで新たに買い足した小さめの背嚢にコップや服などの嵩張るものと食糧を入れてセナが背負った。カイルも真新しい背嚢に旅の道具を詰め、薄くて暖かい毛の毛布を一枚くるりと巻いて背嚢と一緒に背負っていた。


 ラクサに至る砂漠は、セナが人間の本を読んだときに挿絵で見たような砂丘のある砂漠ではなかった。どちらかというと、緑のない硬い地面にごつごつした岩がたくさん転がっている荒地だ。細かい砂が風に乗って舞っているから、もしかしたら近くに砂丘もあるのかもしれない。

 最初に砂漠を見たときは歩いていくには大変そうだと思ったが、カイルは少し辺りを探してから地面に残った轍を見つけて指差した。


「隊商の跡を追っていけばいいよ。大きな岩もないし、道が慣らされているから歩きやすい。跡を見失わなければラクサまで無事にたどり着ける」


 カイルの説明を聞いて感心した。轍を先まで見据えると、確かに轍の上には岩もない。自分達で道を見つけるよりはずっと楽そうだった。

 カイルの傍に浮かんでお喋りしながら、時々轍を先まで飛んで異変や危険がないか確かめた。休憩できそうな岩の影や平らな場所を見つけて戻るとカイルはとても喜んでくれたので、それがセナの大事な役目になった。

 暑い季節ではないから、昼間の日射しは強いがそれほど暑くないのが幸いだった。夜は冷えるのでカイルには毛布をかぶってもらい、寒いのが苦手なセナはランプの中に戻った。ジンはそこまで長く眠る必要はないが、一人でうろうろするとカイルが心配して起きてしまう。大人しくランプの中に入ってカイルの毛布の中に一緒に入れてもらった。


 そうやって砂漠を進んでいたら、街を出てからあっという間に数日経っていた。


「セナのおかげで驚くほど順調に砂漠を進んでいるよ。この分だとそろそろオアシスについて、ラクサの街にも謁見前には着きそうだな」

「本当ですか? よかった」


 平らな地面で休憩しながら、カイルが明るい表情で隣に座ったセナを見た。褒められて嬉しくなり、セナは破顔する。魔法が使えれば、きっともっと楽に砂漠を越えられただろう。でもカイルは「セナとお喋りしながら歩くのは楽しいから」と歩いていくことをちっとも気にしていない。

 水を飲んで携帯食を齧りながら、カイルはセナに預けた背嚢の中から乾燥した果物が入った袋を取り出した。


「はい、セナのおやつ」


 当然のようにセナにも食べ物を分けてくれる。砂漠の中では貴重な食糧だから、食事が不要なセナはいらないと言ったのだが、カイルは毎回セナにもご飯をくれる。


「一人で食べるのは気分が出ないし、それにセナが食糧を持ってくれているから食べ物は多めに持ってるんだよ」

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですよ。カイル様の大事な食糧なので」


 デーツという乾燥した木の実を一つもらいながら、セナが恐縮するとカイルは苦笑した。


「それはセナのために持ってきたようなものなんだ。乾燥してて味気ないかもしれないけどね。それにセナは携帯食好きじゃないみたいだし、俺はこっちを消費するから。まだいっぱいあるんだ、これ」


 そう言ってカイルはパンをぎゅっと押し潰したよ

うな平たい形の焼いた黒パンを食べている。

 最初にカイルにもらってセナも味見したが、携帯食は好きにならなかった。甘くないし、粉っぽくてあまり美味しいとは言えない。セナが微妙な顔をしたのでカイルは噴き出して、それからセナに勧めてくることはなくなった。


「僕、パンってもっと柔らかい食べ物だと思っていたんです」

「そうだね、焼き立ての普通のパンは柔らかいよ。これは乾燥しているし、俺は気にならないけど味はいまいちだよね」

「僕、甘い味の方が好きです」


 カイルの言葉に頷くと、彼は口元を緩めてデーツを齧るセナを眺めた。


「普通の料理も美味しいよ。街ではあまり食べさせてあげられなかったから、ラクサに着いて時間があったらトマトと牛肉の煮込みスープを作ってあげる。俺の煮込みは絶品だって母からも太鼓判もらってるから」


 牛肉というのは動物の肉だと思うが、トマトというのは何だろう。カイルの笑顔を見て首を傾げた。


「カイル様は料理ができるんですか? 自分でご飯を作れるなんてすごいです」

「うん、最近はしなくなったけど、幼い頃は俺と母が口にするものはできるだけ自分で作るようにしてたんだ。母も料理が上手な人だったから、色々教わったよ」  


 カイルが手ずから作ってくれると聞いて嬉しかったが、少し陰の射した目元が気になった。カイルは育ちがよさそうなのに、自分で食事を作っていたというのも不思議な気がする。


「あの」


 思い切って尋ねてみようとしたとき、遠くで爆発音がした。

 はっとしたカイルが轍の先に視線を送り、素早く立ち上がる。セナも口の中に残ったデーツを飲み込んでふわりと浮かび上がった。

 先の方で煙が上がっている。


「何だろう。セナ、様子を見てきて」

「はい」

「地面に下りたら駄目だよ。空の上からね」


 広げた荷物を急いでまとめながら、カイルがセナを見上げて言った。その言葉に頷いて、すっと煙が上がった方へ飛んでいく。

 今日はあまり先の方を見に行っていなかった。昨日遠くに馬車のような影が見えたから、もしかしたらその馬車に何かあったのかもしれない。獣の群れにでも遭遇したんだろうか。

 近くに獣がいるときは、カイルが遭遇しないようにセナが迂回路を示している。しかし馬車は慣らされた道を行くしかないから、獣に襲われたら戦うしかない。

 馬車で砂漠を越えるときは、普通なら傭兵や護衛の冒険者を雇って荷物を守ってもらうのだとカイルが教えてくれた。だとしたら、さっきの爆発音は護衛の持つ道具か何かだろうか。

 煙の近くまでそうっと滑空していくと、やはり一台の馬車が止まっていて、その周りを獣の群れが取り囲んでいた。獣は黒い毛の四つ足で、口が大きくて牙がある。

 なんというんだったか、昔図鑑という本で見た。犬、というよりは狼という動物に似ているような気がする。

 狼の群れは馬車を襲っていたが、護衛の傭兵と思われる四人の男性が馬車の周りで剣や槍を振り回して獣の襲撃を撃退している。すでに半分近くの狼は倒されていて、肉が焦げつくような匂いもした。先ほどの爆発音はやはり武器か道具の音だったらしい。

 狼達は注意深く馬車に攻撃しているが、傭兵達も冷静に獣を対処しているように見えた。

 とりあえず、状況をカイルに伝える必要がある。そう思って身を翻し、荷物を背負って轍の上を走っていたカイルと合流した。


「カイル様、昨日見つけた馬車が獣に襲われていました」


 そう報告すると、カイルは走りながら眉を顰めて前を見据えた。


「獣に? 中の人は無事?」

「はい。傭兵のような人達が狼みたいな獣と戦っています。怪我した人はいないように見えました」

「そうか。とりあえず様子を見に行ってみよう」


 セナの説明を聞いてカイルは頷き、速度を緩めずに馬車の方へ走った。

 馬車が見えるまで近づくと、カイルは少し離れた岩の影に荷物を下ろした。セナのランプだけは鞄から出してズボンのポケットに押し込むと、短剣と旅の前に買い足したダガーを荷物の中から取り出す。


「セナはここで荷物を見ていて。獣が近づいてきたら大声で俺を呼ぶんだ」

「はい。カイル様は大丈夫ですか?」

「うん、あの傭兵の動きを見ると問題なさそうだけど、念のため手を貸した方がいいか見に行ってくるよ」


 そう言うと、カイルは身軽な動きで馬車の方へ走っていった。

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